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誰しも必ず「そうだったらいいのに……」ということが、往々にして思考の変貌を遂げ、「そうに違いない」に変わっている。――だから、人間は面白いのだ。





 1


初めから望んでいたことなんてなかった。私が最初に持った希望は伽藍のように脆く崩れていった。 


 


 人間は残酷だ。


 


 ……そう知ったのは、9歳の時。わたしの左目はエメラルドグリーンに変色していった。医者にもその原因がわからなかった。3か月もしないうち、完全に両目が緑に変わった。それから学校では異端児として常に揶揄われた。誰の遺伝かは分からない。あるいは、突然変異なのかもしれない。


 とにかく、変色した眼球が幼い私にはイヤでたまらなかった。


 いやで、イヤで……。


 ――リカ? って、霧華? ねぇ、大丈夫?


 「うぅん?」


 とてつもなく、眠い。目が乾燥したみたいに萎む感じがした。睫毛をゆったりと開く。目前に最近では珍しいおかっぱの黒髪をした千歳ちとせが私の顔を窺うように机の上に顎を載せている。どうやら、授業中から休み時間まで眠り続けていたらしい。


 「ん? どうしたの?」欠伸がこらえ切れない。


 あんた、と飽きれを含んだ声音で頬を膨らませ、ため息をつく。そのしぐさと様子がどことなく可愛らしい。


 「お昼よ。」


 「もう? 早いね。」


 「違う。霧華が長く眠ってただけ。」


 鉛みたいに重い頭を上げると、周囲の生徒たちは談笑に興じている。それに、揚げ物だの、菓子パンの甘い匂いだのが鼻腔にくる。


 「おいしそう。」


 千歳は顎を机から離すと肩を竦める。小柄な体格で愛らしいこけしのようだった。しかし、その眼は「あなた、弁当は?」と訊ねているようで、実際その通りの意だった。


 「実は……忘れてしまいました……。」


 人差し指をツン、ツン、と合わせ目を逸らす。直接今視線を交わすのは憚られた。なんせ相手の反応がわかりきっているから。


 「やっぱり。いつもじゃない。」呆れを通り越し、諦めの境地に達しているようだった。「すいません……。」


 千歳はスタスタと自分の席に戻り、やがて2つ弁当箱を抱えてやってきた。


 ――はい。


 と、冷淡に私の机に置いた。藤色の包みを開くと二重の弁当箱があらわれた。


ありがとう……と、言いながら私は箸を掴んで弁当を開けた。中はスタンダードな惣菜が入っている。卵焼きは無論、大根の御浸し、鮭の塩焼き。小松菜の胡麻和え。白米に私の好きなふりかけがかかっていた。

 「えへへ、悪いね。」

 「本当はそんなこと思ってないくせに。」

 「もぐもぐ、んっぐ。思っているよ。」

 目を細めて千歳は私を冷ややかに見下す。

 「まず、感謝より食べる方を優先してる時点で誠意を感じない。」

 垂涎の卵焼きを箸の先端で切り分ける。すごくやわらかい黄色が食欲を誘う。一口、含んだだけで卵焼きの甘さが舌にひろがる。

 小さな鼻から、「しょうがない」というように再び千歳は嘆息した。

 「そんなにおいしそうに食べられると、悪い気分はしないわ。」

 呟くようにおかっぱ頭を振る。

 「――うん? どうしたの? 食べないの?」

 ええ、と応じて千歳は私の目前の席でスカート端を直しながら腰掛ける。

 よいしょ、と千歳が言いながらキビキビとした動作を見てると和む。高校1年の時から友人の彼女。事あるごとに悪態をつくけど、根はやさしい。だけど、若干何を考えているのか分からないときもある。人間関係のあまり上手くつくれない私以外と、千歳が話してる様子を余りみたことがない。

 「霧華、うなされてたけど何かあったの?」

 「……さっきまで、私の眼のことをちょっと思い出してた。」

 へぇー、と棒読みで水筒を取り出し麦茶を注ぎ、私の手前に置いた。

 「勿体無い。緑の眼ってかっこいいのに。」

 「え? ホント?」

 実は高校で私はダークブラウンのカラーコンタクトをして隠していた。その事実を知っているのは千歳と先生と、あと数人だけだ。

 「でも、あんまり気にしなくてもいいと思う。」千歳は自分のコップで麦茶を啜る。

 


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