桜日和 『花火と浴衣』
「――聞いてますか?」
「えっ、ごめん何だっけ」
今日は桜と二人で花火大会に来ている。春日高校の側を流れるこの神戸川では毎年花火大会が開催される。全国的に見ればそれほど規模は大きくないが、春日町の住民のほとんどが訪れるので、そこまで広いわけではない河川敷は人であふれかえる。屋台もそれなりの数が設置されるので盛り上がりに欠くことはない。
「むー。なんでもないです」
そう言いぷんと顔をそらし、そのまま早足で歩いて行ってしまう。黒を基調にした浴衣に身を包んだ今日の桜は、いつもより少し大人びて見える。
「ごめん、次はちゃんと聞くから!もう一回お願い」
そんな後ろ姿に必死で謝ると、カランという下駄の音とともに桜は振り返る。
「もう」
頬は膨らんだままだが、一応僕の隣に戻ってきてくれた。
「少し疲れたので、一回どこか座れるところで休憩したいんです」
「ああ、なるほど」
それから少し歩き、喧噪から少し離れた場所に腰をおろした。先ほど屋台で買った焼きそばを取り出し、二人で手を合わせる。
「こういうところで食べる焼きそばってどうして美味しく感じるんですかね。冷えちゃってますし、味付けも特別美味しいわけではないのに」
「確かになあ」
海の家とかプールとかで食べる焼きそばもまた格別である。もしかしたら普段とは違う非日常な環境の中で食べる高揚感が、そうさせているのかもしれない。そんな他愛のない話をしながらも、また僕は違うことを考えていた。
そして意を決し、僕はついに口を開く。
「あのさ――」
と、その時。
――ドーン!!
夜空が爆発した。
やがてその眩しさに目が慣れると、そこには色鮮やかな花々が幾重にも重なって咲き乱れていた。ただその華やかな迫力ある光景に圧倒されるばかりだった。しばし僕らは沈黙し、花火の音だけが鳴り響いた。
そして再び静寂が訪れ、煙だけが花火の余韻として夜空を漂っていた。
きっと花火が人を魅了する最大の理由である儚さ、それに夏の終わりが重なることによる切なさでいっぱいになり、僕はそこから視線を外し隣を見ると――。
そこには桜がいた。
きっと同じく切なさを噛みしめているであろう桜の横顔は、本当に美しかった。ふとその視線に気づいた桜がこっちを見た。そしてにこっと笑った。その笑顔に僕は――。
もうすぐ夏が終わる。またひとつ季節が過ぎていく。
それでもまたその次の季節を僕らは一緒に過ごしていける。きっと。そう思った。
「――聞いてますか?」
「えっ」
ふと我に返ると、そこには頬を膨らませた桜がいた。
そのあと小一時間桜は返事をしてくれなかったが、必死の謝罪の末、チョコバナナとりんご飴、わたがしを買ってあげることを条件にお許しをもらえることになったわけだが、桜の話が耳に入ってこなかった理由を言えない小心者にとって、それは造作もない条件であった。