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喧嘩伝  作者: 小森
8/14

 

 自室に戻ったら膝にどなた様のパンツを広げた王子2が、私のベットに座ってにたにたと笑っていた。110! 110! と心中で唱えながら、私は努めて冷静に振舞う。

「やあ」

 まずはフレンドリーに挨拶。おはよう、おやすみ、やあ、こんにちは。挨拶は心の武装だ。ここで動揺を見せたら負ける。私は片手を掲げてスマイリーな聖女を心がけた。

「おかえりせーちゃん!」

 そんな私の動作のあとに、王子2はあごにパンツを当て、右目をつむってウインクを飛ばした。罪悪感もなんにもなさそうな、天使のにやにや笑いがその顔にのせられている。パンツを離せ。私は嘆息しつつ、部屋の中を見渡した。目立つ異常はないが、勝手にバルコニーへつづく扉を開け放っているらしい。カーテンが揺れ、涼やかな風が部屋を循環していた。

「愛と血反吐の濃密な夜へようこそ!」

 天使のように清廉な顔をした破廉恥クソ王子が、腕を持ち上げ、愛らしくガッツポーズをとった。私も負けじと笑顔でガッツポーズをとる。

「よおしっ! 帰れっ!」

 お互いに引かないのは目に見えていた。が、ここで諦めたら人生詰んだも同然である。これから先の未来のため、私は両足に力を入れてふんばった。負けるわけにはいかぬ。王子2はベットから立ち上がると、私との距離をあっさり詰めた。そうして言い募る。

「今日は僕ひかないぞッ」

「私も引かないぞッ。出てけッ」

 対抗し、私も足を踏み出す。押してだめなら引いてみろと昔の人は言った。というわけでまずはゴリ押しからいこう。私は王子2の肩を両手で物理的に押した。

「出、て、けッ」

「…………」

「出ッ、てッ、けッ」

「…………」

 沈黙がその場を支配する。王子2の身体はびくとも動かず、私は二人なのに一人相撲状態におちいった。それでも腕をつっぱっていると、突如として王子2は。

「ぁあああせーちゃんのそういうところ凄く好きぃいい」

 と叫び、私の胸を突然に揉みしだいた。

「もっ」


 揉んでる。

 揉みしだいてる。

 神はいないのか。

 いい加減にして。


「揉あああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「好きです」

 ここで動揺してはいけないと私の中のなにかが叫んでいるがなにがなにやら分からない私はとにかくワアイ神よこいつに死の鉄槌をお頼み申すと願い奉りながらリリースできそうな言葉を思い浮かべてそのまま口に出した。

「セクハラはよくないと思うんだよねぇ」

「うん」

 もう一度、自戒する。ここで動揺を見せたら負ける。だから私は王子2の肩をそっと叩いて反省をうながすにとどめた。揉む王子2。私は肩を叩いて停止を求める。かまわず揉む王子2。私は肩を叩いて停止を求める。それでもかまわず揉む王子2。

「やめろッ」

 我慢できず、私は王子2の清廉な顔をぶったたいた。

「うん」

 王子2の頬が見る間に腫れた。

 胸は揉まれつづけている。


 うんじゃねーよ。






 ………………………………………


「出て行かないのかよォオオオオオオオ??」

 私は部屋のベットの上で小さめに叫んだ。その隣に陣取っているのは王子2である。結局なあなあなまま部屋に居座られてしまった。

「あったりまえだよぉ。僕とせーちゃんは一心同体。唯一無二の雌雄体ッ」

「韻を踏むな」

「うん」

「返事だけは素直なんだよなぁ」

 私は頭を抱えた。この不思議思考の持ち主に勝ちうる言語を未だに模索中である。死ぬまでには見つけたい。私は顔を上げ、隣で溶けかけのアイスクリームのようににこぉと笑う王子2を見た。

「んで? ここまでして出て行かないってことは、なにかしら報告があるんだよね?」

「まあね」

 王子2の顔が更に溶けた。にやにやとして締りがない。王子2は腕を伸ばし、人差し指を私の目の前に突き出した。親指は立てて、その他の指は丸まっている。拳銃のポーズだ。ばーん。そう言葉を吐いたあと、王子は宣言した。

「今度ねぇ。ひとり死ぬ!」

 覚悟しといたほうがいいね。と彼は言う。意味が分からなかった。

 仕方なしに、数秒、考える。まるで決まっているかのような口ぶりだ。これはつまり、誰かしらの能力で判明した、現実のスケジュールなのではないのだろうか。つまり、予言。つまり、未来予知。

「それどこからの情報? 未来予知者っていたっけか?」

「共感者、過去視者、ビデオマシーンマン。このへんはいるけど予知系は居ないね。死ぬ理由はかぁんたん」

 拳銃のポーズのまま、王子2は片手を曲げ、左手を顔の横に移動させた。


「このままだと許容量を超えちゃうから」


 そうして王子2はまたバーンと言葉を吐いて拳銃の筒部分、人差し指を上下に揺らしてみせる。

「あん?」

 また意味の分からないセリフが飛び出した。この電波もうちょいどうにかなんねーのか。ばーんばーんばーん。音だけの銃弾が飛び出るたびに、彼の銃口から架空の火が噴く。最後の火が消えた頃、王子2は笑みを消して私の顔を見た。彼はゆっくりと立ち上がり口を開く。

「誰が死ぬか、当ててみせてよ」

 訳が分からない私は、手元にあった枕を適当に投げた。それは王子2の足元に落ちる。それを見て、無表情になっていた王子2が、今度はにったりと笑う。それはやはり、溶けかけのアイスクリームのように見えた。






………………………………………


 真夜中、と言っていい時間。私は熟睡していた。完全に快眠していた。だというのに。私は脳天ちょい前、おでことつむじの間あたりに、死に匹敵するかと思うような衝撃を受けた。その壮絶なる痛みにより、私は一瞬で覚醒する。

「……」

「起きた?」

「……」

「あれ? ねえ聞いてる?」

「づぉ、ッァアアアアアアアアアアアアアアアアアアあぁああああああああああああああああんんんんんンンあああああああああああああああ!!」

「時間差すごいな」

「どーだってイイだろッんなことはぁあああああああああああああああああああああああ!?」

「うぃっす」

 声と共に、痛みを感じる部分を優しく押さえられる。でも痛みは消えなかった。許すもんかおまえを殺して私も死ぬ。死ぬッ! 死んでやるッ!

「許さないぃいいいい」

 怒りに燃えて声の主を睨み付ける。相手は困惑した顔で私を見た。そんな私の瞳に映る人物。


 それは王子だった。

 そう、家出中の思春期ボーイ、我らがヒロイン王子。

 だっ。

 た。


 な。

 なんでいんのよ。


「……」

「えっ今度はなに」

「……」

「ちょっ、ねえ、なんなの?」

「お、おかえりぃ」

「おまえマジで時間差すごいな」

「だからンなことどーでもよかろうモンッ!」

 私は叫び、枕を投げた。それは王子の顔に見事命中し、麗しのお顔を台無しにする。グッジョブ枕。そのまま撃沈しろ。こっち見んな。


 ……泣きそうだ。


 王子は顔を手のひらでこすると、地に落ちゆく枕を目で追い、靴先でキャッチした。そのまま軽くつま先を持ち上げ、枕が跳ね上がり宙に浮く。王子はそれを右手で掴むとベットの上に放った。無駄にチート。

「ただいま戻りました。ところで聖女殿。私が居ない間、城内になにか変わりはありませんでしたか?」

「特にないと言いたいところですが、大有りです。貴方の弟が死の宣託と死のクイズを私に残していったのです。私を元の世界に返して」

「最後の部分は聞かなかったことにさせて頂き、こたびの回答に変えさせて頂きます。ご応募ありがとうございました。して、宣託とクイズとは?」

「貴様がその態度ならこっちも出るとこ出てやんぞ」

「どこに出る気ですか。で、宣託とクイズ」

「に、庭師のお兄さんのとことか」

「宣託とクイズ」

「はい……」

 私は投げ返された枕に顔をうずめた。目頭が熱くなる。王子が帰ってきてくれたお陰で安心感が半端ない。私も王子も幼少期に呼びさせれたクチだ。この世界で共に育った同胞は彼意外にいない。なんだか顔を見ただけで色々なものが瓦解しそうだ。それを悟られまいと、私は枕を使って視界と赤くなる顔を遮り、声だけを王子に向けた。

「誰かが死ぬからそれを当ててみせろ、と仰せです。こちらからは以上です」

「それは予言じゃねえ! 殺人予告だ! その場でとめろ!」

「うら若き乙女に死ねと言うのか」

「死ね!」

「言った!」

 私は歯を食いしばった。






 ………………………………………


「でもさあ、いくつか気になる発言もあったんだよね」

 私がそう呟くと、王子は片眉を上げる。私達は話し合いに本腰を入れようと、室内にある椅子を一脚、ベットの付近へと移動させた。王子がそこに座り、私はベットの端に腰掛ける。そして、私は口を開き、言葉を吐き出そうとして、失敗した。王子は静かに待っている。唇を舐める。喉が引きつる。静寂が私達を包み込み、そして、それは唐突にほどけた。

「もう、帰ってこないのかと、思ったじゃん」

 脈略の無い言葉だった。私達が話し合おうとした議題ではなかった。それでも。

「馬鹿じゃねーの」

 それでも、王子は心得たように頷いて、それを受け止めてくれた。

「戻ってくるよ」





「お前が、いるんだからさ」











………………………………………


 誰が死ぬか、当ててみせてよ。


 誰かひとりの死。

 超える許容量。

 それが一体なにを示すのか。

 私には分からない。


 あの顔。

 表情の抜け落ちた彼と、私の視線が交じり合ったあの一時。

 思い返す。私はあれを見た。それを見た。光。それは光だった。王子2のその顔は、混じりけのない、純粋な、光輝くほどの、無だった。そこにはなにも無い。穴。空間。なにかを入れるために空けられた、それだけのための穴。その無は有を欲している。欲するために無がある。その一時、無は彼で、彼は無だった。そして無は暗闇ではない。無は光。光は穴。穴は無だった。無、穴、光。それは同列のものとしてそこにあった。だから私は、咄嗟に手元のものを投げつけた。吸い込まれるのではないかと、そこに押し込まれるのではないのかと、肉を切り落とされ身体を詰められるのではないかと、恐怖したからだ。けれど私の小さな抵抗は、彼に当たず地に落ちた。当たるはずもない。私の手は。その時の私の手は、傍目に見ても分かるくらい、震えていたのだから。


 弟役の彼は、それを見て唇の端を吊り上げた。

 それは嬉しそうに、私に向かって、とろけるような笑顔を見せたのだ。


 無は、人の顔をしていない。

 

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