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喧嘩伝  作者: 小森
6/14

04

 

 夕餉の時間。

 大広間には6人の人間が集まっていた。

 私、宰相さん、脳みそ、料理人さん、執事さん、執事さんその2。

 以上である。


「おいおい」

 正面を見る。脳みそである。

「おいおいおい」

 視線を逸らし、一度、目をつむる。そして再度、開眼し、視線を正面に戻す。

 私から見て眼前の席。宰相さんの陣地。テーブルの上。そこには、ガラスで出来た筒の中で液体に漬かり揺れる、灰色の脳みそが鎮座していた。

「やっぱ脳みそじゃん!」

「おなかへった」

 おののく私とは裏腹に、ほか4名は他人事のように関心がない。持ち主であるはずの宰相さんは腕を組んで沈黙し、私の背後に控える執事さんは知恵の輪をこねくり回している。宰相さんと料理人さんの斜め後ろで待機している執事その2さんは、ピクリとも動かず不動の構えだ。そして最後の料理人さんに至っては、厨房でお仕事を頑張っている庭師のお兄さんに向かい、おなかへったー! まだなのコック長ー! と無責任な言葉を飛ばしていた。コック長はてめぇだ。

「もう少しのはずなんで。頑張ってください」

 知恵の輪で遊びほうける執事さんが言った。

「味噌スープの匂いがします」

 続けて執事その2さんが言った。その言葉を聞いて、私はついつい尋ねる。

「おナス、はいってますかね」

 何を隠そう、私は味噌汁の具イコールおナス派の人間である。味の染みた柔らかいナス。野菜の旨みが混ざった大豆のスープ。味噌汁と聞いて心躍らずにいられようか。

「うーん。なんか茶色のわっか入れてますね。これは……木かな?」

 背後の執事さんからあやふやな答えが返ってきた。私はそのふざけた返事を瞬時に切り殺す。

「お兄さんが食べられないものを入れるわけねーだろバッキャロウッ料理人さんじゃあるまいしッ」

「どういう了見なの」

 息継ぎなしで一喝した私に対し、真顔で問い詰める者が約一名。くだんのポイズン男、料理人さんである。

「白い人のバーカバーカ! 絶交だ絶交!」

「ごめん。明日のおやつ、私の分もあげるから仲直りしてください」

「いいよ、好きッ」

「ありがと、好きッ」

「子供か」

 私達二人の適当なやり取りに、これまた適当な終止符を打つ背後の執事さん。真後ろから未だにがちゃがちゃと音がする。解けないらしい。不器用か。

 もう一人の執事、執事その2さんは味噌スープ報告のくだりから動いても喋ってもいない。そして表情筋も動いていない。いや動いてよ、逆にこえーわ。そして宰相さんは最初から最後まで、おはようからおやすみまで、徹頭徹尾、動いても喋ってもいない。例のアレのことは放置しておきたいからいいんですけど、でもさ、あのさ、人としてさ、どうかと思うんです。状況の説明とかさ、本来ならするべきじゃないですか。責任もってさ。でも今回それがなかったんですよ。なにも聞かされず、目に入る位置にドンと置かれたわけですよ。食卓ですよ。食べる卓ですよ。そこに生物器官がドンですよ。おいおい説明しろよ。もしくは、おいおい持ち込むんじゃねーよ、ですよ。そう言いたいわけです。言わないけど。深くは知りたくないから言わないけど。言わないけど。いや、つまりなにが言いたいかというと、深く知りたくないから、お前、帰れ!! 今すぐ持って帰れ!!

「ぼくさーこのあいださーシツジーと喋ってたんですね」

 唐突に世間話タイムが発動したらしい。私の背後にいる執事さんが間延びした声で喋りだす。仕方ねーな、聞いてやるか、と椅子ごと身体をずらして顔を向けてみたら、コイツあくびしながら喋ってやがった。お前、仮にも役割が執事だろ、もっと有能そうに振舞えよ、と言ったら、じゃあ聖子ちゃんも空飛んだりお金降らしたり花吐いたりして聖女感出してくださいよ、と返された。私の要求と貴方の要求じゃレベルが違くないですか。無茶言うな。じゃあお前も砂金とか口から出せ。

「したらビビービビーって警報が鳴り響くわけですよ」

 執事さんは手元の金属をねりねりと回しながら話を続ける。もう飽きたのか、糸巻きのように規則性のある動きしかしていない。解く気が無くなったのがよく分かる。

「この城のどこに警報装置があるの。初耳よ」

 私は執事さんの指先に手を伸ばし、ちょいちょいっと撫でて簡単な術をかけてあげた。

「僕の脳内に」

「ねーよ」

 私達の間に目の前にある知恵の輪が、淡い輝きを放つ。それを見た料理人さんはイルミネーションだあ、と言って単純に笑った。執事その2さんと宰相さんからの反応はない。

「あるんですう。凡人には分からないかもしれませんけど、異能者には苦労も多いんです。それがこれですよ。見たくもない時に緊急放送という名の透視映像が理不尽にも脳内を駆け巡る、クソみたいなサイドドライブシステム。開幕の合図はうるせえし、もうこの脳は地獄以外のなにものでもない。僕は馬車のほうが好きです」

「締めくくりが雑だなッ。あと私も異能持ち」

 私はツッコミつつ反論した。そして、執事さんが知恵の輪をまたも適当に引っ張った瞬間。






 豪快な破裂音と共に、硬いはずの金属が弾け飛んだ。






 床にひかれた絨毯と鉄くずの死骸が触れ合う悲しい映像を、私と執事さんは見ていた。共に口を引き結び、うんうんと首を縦に振る。そう、事故だ。これは事故だ。分かってくれ。私はただ手助けをしたかっただけなんだ。

「すみません、筋肉ムキムキ能力のこと忘れてました」

 分かっ。オイッ。

「塩まくぞ!」

 私は憤慨した。思春期まっさかりな乙女の特殊技能をこともあろうに筋肉ムキムキ能力と名付けやがって。大人の気遣いはどうした。おい、不思議そうな顔してんじゃねーよ。

「なんですかそれ」

 聞いたことない言葉ですね、とデリカシーを持ち合わせない執事さんは言った。これだから異世界人は。中途半端な情報共有しやがって。ちゃんと現場の統率しとこうぜ王子。こういう時に微妙な齟齬があって困るんだよ王子。はよ帰ってきて王子。私はいまだに家出中の王子の帰宅を切に祈る。

「食べ物でふざけちゃダメじゃん」

 いつのまにかテーブルの上に寝そべっている料理人さんにまで怒られた。お前に言われたくねーわ。てかなにやってんだバカ。降りろ、降りろっつってんだろ。ポーズとって乳首かくしてんじゃねーよ。服着てるじゃん。乳首なんて見えてねーよバカ。いや違う、降りろ。違うッ。手を下半身に下ろしてどーするッ。だから見えてねーんだよバカッ。

「それでですね、視えちゃったんです」

「見えてねーつってんだろ。ゴリ押しで話進めようとすんなバカ。もうみんなバカ」

「王子が召還具を持ち出してるところ」

「聞けよォーーーーーーーーーーーーーー! アァーーーーーー宰相さん! その脳みそたゆたう瓶はなんですかねぇーーーー!?」

 私は無慈悲な執事さんから体ごと顔を逸らし、いまだに目を瞑って微動だにしない宰相さんへと視線を向けた。だがしかし、助けを求めた相手は何も言ってくれない。宰相さんは片目を開けて、一度は私に視線を向けてくれたものの、他には何の反応も示さず、一秒で元の地蔵状態に戻った。悲しい。そして背後からの追撃が私を刺し留める。

「聞いてください」

「やだ。ぜったい聞かない。召還案件なんかに関わり合いにならない。それだったら宰相さんの不気味な趣味について深く知ったほうがまし」

 私は宰相さんの斜め前に置かれた、瓶詰めの脳みそをまじまじと見つめた。白子のような皮膚の塊のような、可愛い脳みそさん。見れば見るほどチャーミングで、とても愛らしく、あ、嘘ですすいませんムリでした。私は口元を速攻で押さえた。

「正気に戻ってください」

 執事さんは吐き気に耐える私を見かねてか、アタマよくなれよくなれ天才になーれ、という謎の呪文と共に頭をわしわしと撫でてくれた。だがしかし余計に気持ち悪い。

「新しい人がくんの?」

 テーブルに寝そべったままの料理人さんが問う。執事さんは私の頭に手を添えたまま、のんびりと答えた。

「じゃないですかねえ。僕が視たとき王子は聖堂にいましたし、宝剣を持ち出すとなると。まあそういうことなんじゃ」

「数年ぶりだね」

「話を進めないで」

 私が胃の痙攣と格闘している間に、執事さんの口からどんどん情報が漏れ出ていた。聖堂、宝剣。いやな単語ばかりである。聞きたくなかった。そしてその嫌なものと嫌なものを結びつけて生まれる文字。城の過半数がその二文字によってトラウマを経験している、恐ろしい魔の言葉。


 異世界人の、『召還』。


 もうやらないと思ってたのに、と料理人さんが言った。重苦しい空気がその場を包みこむ。

「私も撃ち止めだと思ってた」

 召還。これは家族と引き離される悲しみとか未来を奪われる悲惨さとか終わらない恨みの連鎖とかそういう話ではない。これはロシアンルーレットである。スカは平穏、当たりは戦争。肉が引きちぎれ、顔に傷を負い、力尽きるまで戦う。そういう話である。

「前回は総力戦でしたね」

 と言って、執事さんはテーブルを挟んだ対岸にたたずむ、執事その2さんを見た。前回の召還者。つまりこの城へと最後にやってきたのは彼である。執事その2さんは私達の視線を浴びると、眉を下げて申し訳なさそうに言った。

「その節はお世話に」

「いやいや、アレはなるべくしてなるもんだから気にしないで。100人に100人はああなるから」

 私がすかさずフォローを入れると、援護射撃とばかりに料理人さん、執事さんが次々に口を開いた。

「全弾命中じゃないか」

「聖子ちゃんの学力ってどのくらいなんですか」

 援護できてねえ。味方を撃ち殺してどうする。

「執事その2さんの気持ちを和らげようと思っての馬鹿な発言だよ。察しろよあんたら」

 大体、料理人さんも執事さんも当たり側の人間である。なにも言う資格はなかろう。彼らが来た時の惨劇は執事その2さんの比ではなかった。阿鼻叫喚。地獄絵図。この世の終わりかと悲観するくらいの暴発具合。料理人さんは毒霧を出すし執事さんは精神干渉してくるし私以外は誰も前線に立たないし。だからこの二人によって傷を負ったのは主に私だ。聖女さんはパワー系の能力なんですし前衛でお願いします、と言われて盾役をやらされた日には並みの女子なら泣くぞ。私は泣かずに頑張って半殺しにしましたけど、心では泣いてたんで慰謝料をください。

 私はそう言って片手を執事さんに差し出した。垂れ目の双眸が私を見る。慰謝料をください。執事さんは逡巡したのち、片手をズボンのポケットに入れて、中身を探りだした。そんな小さな空間に入る物。まさかと思うが知恵の輪じゃないだろうな、と考えた瞬間に執事さんの拳がポケットから抜き出され、私の手のひらへとゆっくり降りてきた。握られた手がほどかれ、慰謝料が私の元へと支払われる。そして落ちてきたのは糸くずとほこりが付いた、剥きだしの飴玉だった。汚ねぇ。なに考えてんだ。

「……」

 パイナップル味です、と執事さんは言う。私は慰謝料をそっと執事さんのポケットに戻した。

「あなた達に比べたら執事その2さんの暴走なんて可愛いもんだよ。王子の結界やぶって城の家具をちょいと壊しただけだし。なにより私を殴ってないし殴ってないし殴ってないし、そして殴ってないし」

 ははは、私は乾いた笑いを洩らす。

「そのヘンの記憶があやふやなんですけど殴ってたとき興奮して楽しかったことだけは覚えてます」

「あなたの性的嗜好なんて知りたくなかったんですけどッ!?」

「え、俺、白い人のこと殴ったの。ごめんね」

「うん。許すよ」

「ヤッター。白い人、好きだよ」

「うん。私も好きだよ」

「僕も好きです。許してください」

「うん、許すよ」

「びっくりするほどチョロいなぁ」

 そう言って執事さんは両手で碗を持ち、美味しそうに味噌汁をすすった。

「うまぁ」

「えっ、意味わかんない」

 執事さんはお碗を傾けてお味噌汁を飲んでいる。

「意味わかんないんだけど」

 執事さんは食器から口を離し、ふはあとため息をこぼしてから、私へと顔を向けた。数秒、二人は見つめ合う。

「えっ、意味が」

「木じゃなくてオフでした」

「いま欲しいのはその報告じゃないんだよォおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 実はさっきから厨房で夕飯が出来上がった映像が視えてたんですけど、僕たち真面目な話してたじゃないですか。だからタイミング見計らってて。でもこのままだと冷めちゃうな、と思ったんで僕が代わりにいただきました。塩気とうまみがあって美味しいですね、コレ。と執事さんは悪びれもせずにのたまった。湯気たってるし冷めてねえじゃん。嘘じゃん。殺意が芽生えた。そしてお碗が消失し、今度はきんぴらごぼうが執事さんの手元に現れる。泥棒! と思ったらそれを私の目の前、テーブルの上へと乗せ、執事さんはうやうやしくナイフとフォークを差し出した。箸をくれよ。周りを見れば料理人さんと宰相さんの前にも皿が並び始めている。それぞれの好きなものを引き寄せてくれているようで、ちょうど料理人さんの前に、橙色の液体が入れられたピッチャーが瞬間移動してきた。恐らく好物のオレンジジュースを厨房のお兄さんが用意してくれたのだろう。執事さんの能力だからこそ出来た輸送術である。透視、もしくは遠視で対象を見つけて座標指定。あとは手元にお取り寄せ。この城でも彼にしかできない合わせ技だ。

 着々と増えていく料理人さんの御夕飯とは逆に、何故か宰相さんの前からは料理が減り始めている。後ろで執事さんがあ、スゲェ、と呟いた。パーフェクト超人はここでも超人だったのか、執事さんの専売特許をあっさり奪い取りやがったらしい。私だって視界の外側であろうと、適当なところに飛ばすことぐらいは出来る。が、正確な位置を指定して外に飛ばすとなるとそれはまた別問題なのだ。天才とはげに恐ろしいものである。

 そしてすべての皿が厨房へと逆輸送された頃、宰相さんは椅子を引いて立ち上がった。食べないのか、と私が聞くと、宰相さんは瓶詰めの脳みそを一瞥してから、もうお腹一杯だそうです、と言ってうっすら微笑んだ。なに言ってんだオメーは。私は目を逸らした。もう一度言う。なに言ってんだオメーは。もういい帰れ!






 私はフォークを持ってきんぴらごぼうへと向けた。そして気づく。

「白米は?」

 上半身をねじり、背後を仰ぎ見る。

「白米をください」

「聖子ちゃん」

 真剣な顔をした執事さんが背中側で手を組んでいた。

「ん? なに?」

「パンツの中にヘソクリ入れないでください」

 執事さんはそう言って、後ろに隠していた空っぽのお茶碗を、私の前に差し出した。

「脱がした時のがっかり加減が尋常じゃない」

「…………」

 パンツ。私しか知りえない秘密の中身。宰相さんに没収されないように隠していた微々たるお小遣い。おパンツ。ああ、おパンツ。女子としての尊厳。お茶碗。おパンツ。

 私はじっと中身のない茶碗を見つめた。お皿の内側はカピカピだった。


「僕は花柄のほうが好きです」

 視てんじゃねーよ。

 

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