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喧嘩伝  作者: 小森
4/14

03

 

 現在、王子1は療養という名のプチ家出中である。

 気づいたら城内から気配が消えていたらしい。腐っても王子。腐らなくても王子。腐ってないから良王子。ゆえに能力値はなかなかのものだ。ぶっちゃけ魔法力は宰相さんに次いで第2位。


 探しに行かなくていいのか、と尋ねてみれば、配役者の各々はこう答えた。

「知ったこっちゃねぇ」

「神の啓示! だよ!」

「手は尽くしていますが、俺一人ではなかなか……」

「ねえ、今日のメシ魚でいいかなぁ?」

 宰相さん、王子2、騎士さん、素人料理人。国を守護する重要人物、各人の性格を現すに相応しい回答だ。いや、おいおいおい、まともなやつ一人しかいねーぞ、どうなってんだよこの国。とりあえず王子2の頭に薬を塗っておいた。しっかりしてくれ。通常運転の宰相さんに対しては特につっこまない。そして残り二人。その内、片方は良心が人型をとったような好青年だからいいとして、もう片方。これが問題である。


「魚ぁ……? どこのよ……?」

 私が不安にかられて詰問してみれば。

「ニーベンゲル」

 相手は禍々しすぎて近寄りたくない場所ナンバーワンな、毒泉の名前を口に出した。帰ってきて早々、問題を起こすんじゃねーよ。

「そこは毒の宝庫です」

「おいしかったから大丈夫じゃないの?」

 きょとん顔で言われてもこっちが困る。我々の前にあるのは魚ではない。間違うことなき殺人兵器だ。

「そりゃ毒耐性ついてるあなただからだよ。でも私達は死ぬよね」

「そうよねー」

「分かってて持ってくんのやめてくんない!? 毎回お兄さんが処理に困ってんだよッ!!」

 以上の会話の相手が、我が城のコック長ポジション、人呼んで素人料理人さんである。なお、このポジション名は彼の能力にまったく関係なく、召還された初期から現在に至るまで、料理らしき料理は一切していない。というか料理できない。そんな素人よりヒドイ腕前の料理人さんに成り代わり、城の食事情を取り仕切っているのはもっぱら庭師ポジションのお兄さんだ。ありがとうお兄さん。カポネーゼだかチチローゼだかなんだかうまかったです。ちなみにこのお兄さん、庭師なのに周囲からはコック長と呼ばれている。もうあなた達は役職チェンジしたほうがいい。

「これならすごい大作ができる気がするんだよねぇ」

 そう言って、料理人さんは片手で死に絶えた魚をぐるんぐるんと振り回した。液体がぴゅっと飛んでテーブルクロスに散る。付着した箇所は瞬時に溶け、その下の机すら貫通して小さな穴を開けた。二人してそれを凝視する。そしてどちらともなく顔をあげ、にっこりと笑いあった。


「これならすごい大作ができる気がするんだよねぇ」

「殺戮の食卓ができあがるねぇ」


 私は料理人さんが持つ魚を標的として指定。即座にその辺の崖へとテレポートさせた。世界に平和が訪れる。私は城内でつつましく生きる、沢山の人の命を救ったのだ。さらば猛毒。ノーポイズンノーライフ。

「アァーーーーーーーーーー!?」

「わァ! ナンダナンダ! 魚がキエチャッタゾー!? アッレー!?」

「本当だよ! いまの見た!? どこいったんだ!? 生きてたのか!?」

「良心が痛むリアクション」

 食料調達という名の放蕩期間が長かったせいですっかり忘れていたが、そういえば料理人さんは城内でも純粋なほうだった。最近は邪神と見紛うかのような怖い人としか会ってなかったから感覚が麻痺していたのだ。ごめん。せめて池ポチャにするべきでしたね。……いやでもやっぱ手土産が毒ってねぇよ騙されねーかんな。

「どうせ白い人が飛ばしたかブラックホールに吸い込んだかしたんでしょ」

「分かってたのかよ。もてあそばれたよ」

「こっちの見解だよ。どうしてくれるんだ俺の魚」

 料理人さんは眉を下げて悲しそうにうめいた。申し訳なさは確かにあるので、私は素直に頭を下げる。世界で一人しか食べられない魚だけど食材は食材。食べ物を粗末にしてはいけない。お百姓さん、ではなく漁師さん、でもなく毒魚を捕獲してきた料理人さん、ごめんなさい。

「お詫びに白い人が真心であなたを包み込みます」

「いらない……」

「全力で悲しい顔して……」

 料理人さんの下がっていた眉が更に下がった。そこまでか。

「白い人も悲しい顔してるね」

「私だって真心で誰かを包みたいんだよ」

 と、私がぼやいてみせると、数秒の沈黙がおりた。料理人さんは目を閉じ、顔をしかめて長考している。そして10秒だか20秒後。静まり返った部屋に危険物を投下した。

「弟王子でいいんじゃない?」

「その名を出すんじゃねえ」

 恐怖の固有名詞にカウンターアタックを喰らう。とんでもねー単語だしてんじゃねーぞ。心臓に悪いわ。今一番聞きたくない名前ピンポイントだよ。初めて出会った日に心中を持ちかけられて断ったらトイレまで追いかけてきて説得を繰り返されたあの時。仲直りと称した脅迫を受けてありとあらゆる人体の部位を食べさせあうはめになったあの時。話しかけられてるのを無視していたら拉致されて食べかけの食事を肥溜めにぶん投げられたあの時。フラッシュバック。嫌な思い出しかない。

「でもあんなに愛してくれる男はそうそういないよ? シェフのオススメ男ですぅ」

「シェフのおすすめは信用しない。私は自分の好きなものを注文します。安心安全で毒のないやつでオネシャス」

「いや、ぶっちゃけこれ逃がしたら白い人は一生結婚できないと思うんだ」

「なんつー呪詛を」

 嫌な思い出しかないっつってんだろ。






 ………………………………………


 所、変わって訓練所。

 何故か私は料理人さんと共に、使い古された床板の上に立っていた。

「料理するって言うからついてきたのに……」

 調理中になにかあったら止める所存だった。何故なら、料理人さんの手料理は暗黙の了解で私が食すことになっているからだ。拒否しても無駄である。どうせ料理人さん含めた数人の魔法攻撃により、無理やり食べさせられるハメになるのだ。回避できない運命。ならば、少しでもまともなものを食べたいと思うのが人の性というもの。これはつまり己の生命を守るための監視業である。

「するよ。料理」

 料理人さんはこともなげに言う。だがしかし、包丁も鍋も火釜も無くてどうやって料理するというのだ。そんな私の疑問点をぶったぎるべく、料理人さんは広々とした部屋の端へと移動し、一本の棒をたずさえて戻ってきた。それを私に見えるように掲げてみせる。

「ほーい」

 そう言って目の前に取り出したるは、かの有名な殺戮アイテム。いわゆる長剣である。ピカピカに磨かれた金属はその身を激しく主張して、美しくも禍々しいオーラを放っている。そういえば包丁は無いけどこれはあったね。嫌な予感しかしない。兵士役の人か小間使い役の人か分からないけど真面目に仕事しすぎ。この研ぎ具合なら一撃で切断できるぞ。なにとは言わないけど。切断できるぞ、アレコレ。嫌な予感しかしない。宰相さんには絶対に見つからないようにしてほしい。もっと管理体制を厳しくして。簡単にパクられてんじゃねーか。お願い。嫌な予感しかしない……ッ!

「この時間帯なら草原よりは森かな。じゃあ行こうぜ、白い人」

 死の宣告が聞こえた。

「料理は」

「俺は回復系じゃないから体力面は自力でなんとかしてね。じゃあ行こうぜ、白い人」

「料理」

「そっち盾職向きだから武器いらないよね。自己防御でヨロ。じゃあ行こうぜ、白い人」

「料」

「じゃあ行こうぜ、白い人」

 問答無用で強制テレポートが発動した。我々の目の前は瞬時にして森の緑に染ま――、らずに肌色に染まる。

 そして家出中の王子が何故か半裸でズボンを脱いでいた。あ、これ逆に履いてるとこなんか?


 片足をズボンに突っ込んでる王子。

 それを見て生暖かく微笑む私。

 赤色のボクサーパンツを履いている王子。

 それを見て生暖かく微笑む私。






 巣鴨のおじいちゃんかよ。






「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「乙女の悲鳴ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

「誰が乙女だぁああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

「あ、グリズリー! よっしゃあ! 俺は背後から行くから白い人は正面から行ってくれ!」

「死ねと申すか」

「お前らなんなんだ!!」

「おいおい、はやくズボン履けよ」

「白い人はやく!」

「エッ、お前らマジでなに」

 王子の混乱具合が伝わってきたが、混沌としすぎて私も現状が把握できない。最終的に興奮したグリズリーが半裸の王子に突進を仕掛け、驚いた私が動けないうちに襲われた張本人がクマさんの首を一撃チョンパ。重量のある胴体が地面に倒れて、料理人さんが喜びにハイジャンプした。そして即効で捌きはじめる。よく長剣で捌けるなぁと思ったらぶちぶちぃと肉の千切れる音がした。手掴みの力技じゃねーか……。だからお前料理できねーんだよ……。私の両目からしょっぱい水が流れる。もっと丁寧にやれ。






 ………………………………………


「で、お前らはなんなの」

 ズボンを装備し終わった王子からそんな問いが発せられた。難しい問題である。

「聖女です」

「コックです」

「言うと思ったけどさーーーーーーでもちょっとなんか別のこと言ってくれるかなぁとか期待した俺が馬鹿だったけどさーーーーーーーーーーもーーーーーーーーーーもぉーーーーーーーーーー!!!!」

 さすがヒロイン力あげあげの王子。段々と人格崩壊していってる気がする。もーもーうるさい。草喰わすぞ。

「別にお前を連れ戻しにきたわけじゃねーかんな?」

 家出しちゃうほど思春期なのに期待していたらすまんな、と断りを入れてみれば、間髪空けずに鉄拳制裁を喰らった。王子はしかめっつらで言葉を連ねる。

「それは分かってるよ。もし来るなら騎士殿だろ。聖女殿に良心という言葉はないだろ」

「あるよ」

「どう見てもないだろ……」

「見栄を張らないほうがいいんじゃないの?」

 王子に即効で否定された。そして料理人さんにまで諭された。私は一言文句を言ってやろうと横にいた料理人さんに顔を向け、そして固まる。

「あなたは何を食べてるんだ」

 気のせいか目の前の青年の手には赤色の肉々しい、いやまさに肉の塊が、あれ……気のせいかな……幻覚を見ているのかな……じゃくじゃく聞こえる……錆の匂いがする……口から汁が垂れてる……指でセクシーにぬぐってる……いや全然セクシーじゃない……。

「心臓」

「ぉお」

 戸惑う私を前に料理人さんは平然として言った。それだけでも十分だというのに、この青年は何を思ったか私の口元に食べかけの心臓を持ってきた。死体から抜きたてほやほや。そうだね、間接キ、そんな甘いもんじゃない。そうだね、生心臓だね。

「食べる?」

「もふぉ」

 でろり、と噛み口から粘液がこぼれ出た。あ、もったいねーと言って料理人さんはソレを右手から左手に持ち替え、粘液が付着した手のひらに口をつけて吸った。こいつ慣れてやがる。そして落ち着いた頃にまた私の口元に臓器を持ってくる。

「食べる?」

「もふぉ!!」

 善意は時として人を壊すのだと思い知った。自分でも何を叫んでるのか分からない。そんな壊れかけの私を、王子が冷静に引き止める。

「やめておけ。グリズリーの心臓は魔の果実と呼ばれていて毒性が強い。食べたら例外なく死ぬ」

「言われなくても食べないよ!」

 現実に舞い戻った私は即座に王子の顔を見つめた。この顔をいつまでも見ていられるなら、私はなんだってしよう。真横からねえねえ食べないの? 俺が食べちゃっていいの? という声と共に謎の影が視界の端をかすめるが私は絶対に王子の美しい顔から目を逸らしたりしない。お前の美しい顔だけを見ていたい。つーかぶっちゃけ生物の生心臓なんて見たくねーんだよ。できることなら臓器の色や形なんて一生知らないままでいたかったよ。私は片手で壁を作り料理人さんの方向へと手のひらを向けた。食べてよし。

「しかし、その例外が目の前にいるんだが」

「言葉のあやだ。料理人殿は例外中の例外」

「イエーイ。生の心臓、超うまい」

 毒臓器をむしゃむしゃと食べている本人はダブルピースまでしてご満悦だ。恐る恐る見ればこれまでになくニコニコしていた。食べてるのがお菓子とかだったら微笑ましい話だったのになぜ猟奇スペクタクル。もう百歩譲って血のしたたる新鮮な心臓を食べてる件は水に流すけど、口からはみ出たブっとい血管だけはどうにかしてくれ。ビジュアルが怖いんだよ。

「新鮮な肉が手に入ってよかったな。では助手!」

 最後の一口を咀嚼し、嚥下した料理人さんは、ニコニコ顔のまま私の肩に手を置いて、時の一声をあげた。私の白い法衣が両肩部分だけ真っ赤にペイントされている。弁償しろ。バカかお前は。

「なんですかな料理長殿」

「そのヘンのでかい葉を一枚、引っこ抜いてきてくれたまえ」

 料理人さんは人差し指を立て、スタートの合図のように振った。言われたままに、その辺を見やる。右斜め前の茂みに、三枚ほど巨大な葉っぱが植わっているのを発見して、私は走り寄った。茂みを掻き分け、根元に手をかける。こういう時、私のパワー型能力は便利だ。少し力を入れただけで、葉っぱは味気ないほど簡単に、スポンと抜ける。それを持って料理人さんの元へと急いだ。気分はフリスビーで仲睦まじく遊ぶ、犬と飼い主。王子はそれを生暖かく見守っている近所の人。

「これでよろしいですかな」

「うむ、次はこの肉を葉の上に乗せてくれたまえ」

 と、ご開帳されたクマさんの体から、肉の一片を指を指す料理人さん。おいおい調子に乗るんじゃねえ。

「なるほどふざけんな。生肉を女子に持たせるんじゃない」

「仕方ないなあ……」

 私の飼い主さんはお優しい。そしてワイルド。獣皮の上に無造作に詰まれた肉片を豪快にわし掴むと、私が持ってきた葉を地面に広げ、上にべしっと投げつけた。その様子を見やり、私はアゴに手をあてて考える。なんの料理だろうね王子、と後ろを振り返ったら無言で頷かれた。

「ふむ。もしかして包み焼きですかなあ」

「よおし、できたぞ」

 料理人さんから声がかかる。私は次の工程に向けて身構えた。ここで協力プレイをせねば後々後悔するのは自分である。焼くなり煮るなりキッチリ手伝わねば。

「はいはい料理長殿。次はなんですかな」

「次? 次は無いよ。これで完成」

 ヘイ? ワッツ? どういうことなんだい? 生肉はどこまでいっても生肉なのかい? 私は混乱した。そこへダメ押しとばかりに料理人さんの口から善意の毒素が流れ込む。

「なんでもさあ、今日は一回ぽっくりと死んじゃったそうじゃない? これでも結構さぁ、……心配、したんだよ? あー、ほらほら! 蘇生なんて大仕事してお腹が減ってるんじゃないの? いっつも白い人の世話になってるしさ! これは元気になってほしくて料理したんだ。ビタミンが豊富だよ。でへへ!」

 突然のデレ。だがしかし内容が内容なだけにこちらも困惑するしかない。これ死骸から肉をむしっただけじゃないか。料理じゃないだろ料理じゃないだろ!? エッ、お願い。料理じゃないと言って。私は目をしばたかせて料理人さんを見た。料理人さんは少年のように無邪気な顔で笑っている。え、違うの? 私が間違ってるのか? 私は更に料理人さんの少年のように無邪気な笑顔をこれでもかと見つめた。笑みが増した。

「……いや、あのね」

「遠慮しないで。俺の料理を食べてくれるのって白い人だけだしさ、あー、なんつーか、友達として大事に思ってんだ。だからこれは感謝の気持ちね。特別だぞッ!」

 うん、分かった。分かったから、言って。言ってよ。おい、言え! 言えよォ……! なあお前ホントはからかってんだろ? これはちょっとしたお遊びなんだろ? どうせそのへんの茂みから宰相さんとか騎士さんとかが見てて私の戸惑う姿をネタに笑ってんだろ!!!!!! わたし知ってんだからなッ!!!!!! ネタ晴らしハヤクッ!!!!!! 目の前の料理人さんはニコニコと笑っている。とても人好きのする穢れなき笑顔だった。まるで春の日差しのようだ。私の精神状態が普通だったら間違いなく惚れていただろう。

「グリズリーの肉はな」

「うん」

「滋養強壮に効くんだ」

 背後にこっそりひっそりと佇んでいた王子はそれだけを告げて。






 消えた。

 わあ! すごい! テレポーテーションだあ!






 くっそ……! くっそ……ッ!

 純粋な真心に包まれて、私は生肉を食んでいる。






 うぉえうえっぶぅえええ

 うぇッ

 ブェっぷ

 ッ

 

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