01
「起きろクソブタ」
そんな罵り文句が耳に入った瞬間と同時に、私は覚醒した。だから、何を言われたのかは分かる。だけど、何で顔に万力でひき潰されるかのような痛みがあるのかは分からない。
「おう……おう……、なんなの」
手足を振り回して抗議したものの、痛みは消えない。訳も分からず目蓋を開ければ、そこは完全な暗闇。ではなく端っこに僅かな光。光の部分をよくみれば天井だった。そして、暗闇の部分は察するに靴底である。察したくない。察したくなかった。
「なんなの」
「お目覚め、誠に喜ばしいことでございます。貴方さまの復活を祝し、私の靴でお祝いしておりました。如何でござるか」
「口の中がジャリジャリするでござるよ」
「文句いってんじゃねーぞ。ケツ穴に傘でもぶっ込んでやろうか」
とんでもない単語が聞こえた。そして生命の危機も感じた。串刺しで丸焼き。そんなビジョンが脳内を駆け巡る。
「ぉ……ケツあ……ッ!? ぅおおおおおうじぃいいいいい! 王子いないの!? たすけ」
「王子はいません。聖女さんがまた問題を起こしたので責任を感じて寝込んでいます。聖女さんのせいです」
とんでも発言をかましたばかりの宰相さんは、片足を私の顔にのせたまま、そう主張する。私は両目と両手を必死で動かし、現状の把握に努めた。結果、状態が見えてくる。
後頭部、背中、ふかふか。
つまり、ベット。
天井、見える。
つまり、私、仰向け。
靴底、見える。
つまり、宰相さんも、ベットの上。
顔面、痛い。
つまり、重力。
支点、力点、作用点。
ふかふかベットなのに、何故、成立。
答え、簡単。
宰相さん、魔法使い。
重力の、まほ――。
――なんかボキッって音した。鼻の辺りからした。おい、おい、宰相、おい、やめろ。やめろテメェ。やめて……やめてください……。
私の祈りが神に通じたのか、宰相さんは私の眼前から片足をどけた。これ幸い、このチャンスを逃がしてなるものかと、私は急いで半身を起こし、両手を使って鼻を防備した。ぬるりとした感触が指先に伝わる。こんにちは、鼻血。会いたくなかった。
「絶対に違います。どうせ私の死体を見てまた失神したんでしょう。宰相さんのせいです」
「なに言ってるんですか。仮に俺の殺戮シーンが原因だったとしても俺に非はありません。なぜなら俺はイケメンだからです。無罪無罪」
確かに宰相さんはベットの上でも優雅な立ち姿だ。腕を組むポーズもさまになっている。でもムカつくもんはムカつく。ムカつくってことは有罪だ。有罪ってことはイケメンじゃないってことだ。だから私は片手を上げて敬礼のポーズをとる。とるったらとる。このあとに待ち受ける地獄がなんだとしても、私は戦うことをやめない。
「オッス自称イケメン! オッスオッスオイィーッス!」
「あ?」
脱・靴底を果たしたはずの私は、なぜか再び靴底の下にいた。つぶれた鼻の感覚が無い。本格的にやばい。白旗をあげざる得ない。こんにちは、鼻血と鼻水が混ざった液体。会いたくなかった。
「ごめんなさい、超絶イケメン。抱いて」
「きめぇ。笑える」
「おい、言うんじゃねえ」
「聖女さんを抱くくらいなら俺は死にます」
「おい、だから言うんじゃねえ」
足がどけられ、私は再度、起き上がる。宰相さんは肩をすくめ、やれやれとばかりに首を振っていた。
「なんなんですかその口の利き方は」
「宰相さんの発言が私にそうさせるんです。女子相手に酷なこと言って。こっちだって傷つく時もあるんですからね」
ぷんすか、と私は口で言い、両手で握りこぶしを作って頭上へ掲げた。そんな私を、宰相さんは凍えるような視線で刺し殺す。
「俺の目の前にいるのは聖女という名の単なる部品であって、女子でも人間でもないんですけどねぇ」
「てめぇは悪魔か」
思わずの真顔である。
「あと一回の失言で摘出します」
「どこの部位をですか……こわいです」
「ワロタ」
言葉とは裏腹に宰相さんも真顔である。腹立つ。
「どこに笑える要素があったてんだ? あぁ?」
「よおし摘出しよッ」
その軽い言葉と共に、ベットに敷かれた白いシーツが形を変えた。私と宰相さんの体積が置かれたスペースを除いた全てが、ねじれ、引き伸ばされ、波をうち、槍型や刃型へとカスタマイズされる。結果、大小あわせて数十本の布凶器が私を取り囲んだ。
「まってまってまってまってまって、ちょ、宰相さん、やめて」
脳髄、脊髄、延髄、胸髄、頸髄、尾髄、腰髄、仙髄。唐突に謎の歌唱が始まり、私は戦慄した。魔の歌である。途中で切り刻むとか混ぜ合わせるとかって聞こえた。こいつ頭おかしいんじゃねぇの? 再度、真顔である。歌にあわせて布凶器も揺れる。
「歌わないでください。こわい」
「そしてすべては裂かれる」
「裂かないで。どれも大事なパーツだから裂かないでください」
まあ、本当に摘出したりはしませんよ。そんなのいつもやってることですしね。と、不穏な言葉を呟いて、宰相さんはベットから降りた。この宰相のくせにマッドな魔法使い、どうやら私が死んでる間にお医者さんごっこにも勤しんでいるらしい。まさか、まさかと思うが先日見かけた瓶詰めの脳みそ……おまえ……。
「さあ、生き返ったのならさっさと謝りに行きますよ。貴方の言うクソガキ様にね」
宰相さんが格好良くウインクを飛ばした瞬間、布凶器は私の口内に侵入し、のどちんこを弄び始めた。おいウインクしてる場合じゃねぇ。とめろよ、飼い主。ちゃんと管理しろ。