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喧嘩伝  作者: 小森
14/14

※傷口を開く表現

 

「ぎゃーーーーーーーーーー」


 爆音と共に部屋に突っ込んだ来たのは王子1だった。相変わらず悲鳴がうるさい。体は宙に浮き、頭はやや下に落ちぎみだ。障壁持ちの王子が吹っ飛ばされているこの事実。地獄の到来の予感がした。半壊した部屋のあちこちから、爽やかな風が流れ込む。

「伏せろぉおお!」

「王子。私レクチャー受けてないんだけど。床に激突する前に説明できそう? 聞いてる?」

「は!? ちょ!? 無茶言うなァアア!」

 床に胸部からスライディングする王子1。釘打ち機を三台同時に使用したかのような音がした。壊れた壁の破片らしき粉雪が美しく舞い、私の後ろからは執事さんの咳込み音が発射される。

「ぐぅゥウぁあアッ……い、い」

 痛い、と言いたいが言えないのだろう。王子1が着地点で生まれたての小鹿のようにがたがたぷるぷると震えつつ立ち上がった。まったく可愛くないし感動的でもない。そして同時に部屋にやってきた人影が一つ、いや二つ。

「王子さんよ。私には暴走者が二人に見えます。幻視かな……?」

 聖女殿ォ、とぷるぷる小鹿に生まれ変わった王子1が真面目な顔で視線を寄越した。私は希望を捨てずに愛想よく応える。

「なあに?」

「私は左。聖女殿は右からいっていただけますでしょうか。一人一殺です。例えですから本当に殺してはいけませんよ……ではごー……」

 めっちゃぷるぷるしてるけど大丈夫かこいつ、と思いながら私は悲しい現実に涙をこぼした。

「幻視じゃないんですね。そうかもとは思っていましたが私はつろうございます」

「言い忘れましたがモーション無しで吹っ飛ばぅばっ」

「ぉおおお王子ィイイ!?」

 障壁持ちの王子がまたもぶっ飛ばされた。

 ゾッとする私。

「きゃー聖女さんがんばってぇーふぁいとぉー」

 そして遠方から聞こえる姿なき声援。

「テメェふざけんなよクソ宰相! どこに引っ込んでいやがる! せめて後衛で頑張れ! ファイトすんのはお前もだァ!!」

 振り返って探すわけにもいかず、私は前方を見据えながら恫喝した。敵、もとい暴走状態となった召還犠牲者が二名。片方は恐らく私の顔面が潰された際にいた例の知らない人だ。もう片方は……よくわからない。イレギュラーすぎだろ。私が死んでる間になにがあったというのか。

「うぼげぇ」

「治癒に忙しいんで無理でぇーす」

 可愛い子ぶりっこ全開で宰相さんが返事をした。直前には穴開き執事その1さんの悶絶声。もうアウトサイダーな彼らは放っておいて暴走者二名をよく見る。知らない人は足が地面についていない。空中に浮いているようだ。腕や足は干された洗濯物のように関節部から垂れるだけで、動かされる気配は微塵もない。そしてその後方に立つのはこれまた男性。身に付けている服はシャツとズボンと至って普通の出で立ち。しかし髪の毛がボサボサなせいで野暮ったい印象が強い。ガラスの分厚い眼鏡をかけているようで、両目の部分はこちらからだと小さく歪んで見えた。こちらの人はきちんと両足で立っている。能力が全く分からない。

「……とりあえず片方は、……ふ、浮遊能力?」

「それが違うようでして」

 私の真横に王子1がひょっこりと立ち並んだ。喋りながら障壁を二重、三重と張ってくれる。

「これ効果あるの? ふっ飛ばされてたじゃん」

「さっきは私一人という点が悪かったのかと。この術は自分自身を範囲に含めないわけですから。それゆえ普段は空中の空間そのものを範囲指定して文字どおり一枚板として使っておりまして。横や後がガラ空きなのです。まあつまるところ」

「つまるところ?」

「私はとことん後方支援向きなわけです」


 王子がまた吹っ飛んだ。


「自覚あんなら学習しろォオオオオオオ!!」

 マジで予兆もなしに吹っ飛ばしてきた。前方の暴走者二名からは目を離さずにいたのにどういうこっちゃ。というか目を離していないはずなのにボサボサマンの姿が忽然と消えている。もーやだ。

「ふぁいっふぁいっ! ふれっふれっ!」

 無責任なチアガールが合いの手をいれる。

「うるさいッ! 黙ってろ宰相ッ!」

「うぅグふぅ……一人一殺……ひとりいっさつ……」

「律儀だなお前はぁ!」

 王子が立ち上がり不死身のアヴェンジャーと化した。責任感のある性格ゆえ事態を放置できないのだろう。また戻ってきて横に並びよるので、私はひとまず前に移動し王子1を背にかばった。ボサボサマンがどこから奇襲してくるか分からないので意味あるのか怪しいが。

「……ぅう聖女殿は私が守ります」

 なにか素敵なことを言われてしまった。サービスされても金などないが大丈夫なのだろうか。

「やだ……庇われといて何を言うのよ。甘いこと言ったってなにも出ないぞ……」

「違う。防御はこちらがしますのでそちらはゴリ押し、あと巻きで戦ってくださいつーとるんじゃい」

「素に戻るな」

「いいからもう」

「オウケイ。ぶっ殺してきまぁす」

「ぶっ殺すなッつのッ! 話を聞いてましたか!?」

 とりあえずは捕捉可能な目の前の相手から。私は右に片足を伸ばして腰を落とし重心を下ろしつつ半円を描いて突進、空中にふらりと揺れる知らない人の横っ腹に向けて掌底を構えた。手の指を揃えて伸ばし、手首と手のひらを繋ぐ肉厚の部位を水平にぶち込む。次にそれを軸として回転。肉に秘められた内臓をすりつぶすイメージで一気に力と体重をかけて押し通す。

「えっなにそれえげつない……」

 どっかから引き気味の反応があったが気にしない。押す。ゴリ押す。ぶっゴリ押す。日本語の崩壊など恐るるにたらず。ぶっちぶっち筋肉繊維をぶっちぎって内蔵破壊でぶっゴリ押す。

「おんらぁあああ!!」

「やめてあげてぇ……」

 気弱な音声と共に頭部に衝撃を受け、つんのめる。私は知らない人を押し倒し床に伏した。胸の下では知らない人が泡を吹いて寝そべっている。目は閉じられ、顔には血の気がない。

「その人は操られてるだけだから……ほんとやめろ……俺のモツまで痛くなる……」

 身を起こして見上げれば、げんこつを握った王子1が立っていた。しくしくと泣いているようなので怒るのはやめておくがめっちゃ脳天が痛い。

「そういえばなにか言ってたね。夢遊病でも浮遊能力でもなくって、えーと?」

「自己他者問わずの肉体支配」

「なるほど」

 王子1のげんこつが無意味にぶんぶんと振られ、私はなんとなく嫌な予感がして背筋が冷えた。

「……おい……、念のため聞くけど。……いま王子は体の自由きくんスか?」

 まさかと思いつつこの場において唯一の味方である王子に向かって訊ねてみる。そのまさかであるなら障壁を張ってあったはずなのに頭をゲンコされた説明がつくが違っていてほしい。訊ねられた王子はしくしくと泣いて。


「ごめん。もうきかない」


 と言った。早口で言うには障壁じゃやっぱりどうにもならなかったらしい。隙間だらけだもんね。

「やっぱりお前がヒロインだよ」

 私は飛び起きた。身を反して退避したものの、すぐさまそこに王子1が追いすがり二人はいたちごっこに転じる。その間の戦場はカオスと化した。主に舌戦的な意味で。

「聖女さん日頃の行いが悪いからそういうことになるんですよふぁいっふぁいっ」

「安全圏でどさくさ紛れに人の悪口を言うんじゃねぇっつか援護しろえんごっ」

「うっうっ悪い、避けてくれ……」

「王子泣くな! 援護ぉッ!!」

「へいへい。ふぁいとぉ。いま特別サービスでウインクもしました」

「わたし、ほしい、援護。ウインク、違う。ふざける、やから、ころす」

「うっうっ、執事殿と宰相殿がバックアップとるんじゃなかったの……? 執事殿いまどこ?」

「部屋のどこかで血を吐いてる……いやバックアップって初耳なんだけど……」

「ハァ!? なんでだよ……! 俺が足止めしてる間に何してたんだお前らは……!」

「クソブタの塩漬けです」

「ぶぁっは……け、えぇけっこんしき……」

「ちっがう! あれは強制コントだ強制コント!」

「本当に何してたんだ!? 聖女殿うしろぉ……!!」

 宰相さんの侮辱。てんやわんやの口論。無理してまで人食結婚をアピールしようと口を開いた執事その1さんに、すぐさま否定を訴える私。そして最後に王子の叫び声。もはや後ろを振り返っている暇はなかった。何が迫っているかは知らないが、まあ十中八九ボサボサマンじゃね、と思いつつ、一か八か斜め前、左方向に身を伏せて転がり、私は回避行動をとる。

「なんでそっちに……」

 王子の残念そうな声が鼓膜を打ち、次に熱気を伴った圧力が鼓膜及び左半身を横から押し潰した。その力により私の体はその場に留まることができず、反対側へと押し出される。つまり王子の忠告も虚しく吹っ飛ばされたってことです。ごキ、という小さく鈍い音が三回連続で聞こえた。しかし私の意識はまだそこに健在だ。勝負はついちゃいない。空中に浮かされ払い除けられた瞬間、私は首を捻って頭を動かした。そして双眼が相手の肉体を捉える。二本の足。二本の腕。人間。つまりこいつが。

 敵。

 左腕を伸ばすがむしゃらに足も伸ばす空中で飛ばされる最中にやつの一片でもいい掴む。掴んじまえばこっちのもん。指が何かに引っ掛かった。相手の服か、肉か。どっちでもいい。くっと関節を曲げてとっかかりを作り腕を支点にして思いっきり体重を元いた地点、相手側に引き戻す。力に逆らって。引き戻す。男の体に私の腕が、足が触れた。着地点は幸運なことに相手の片腕。私は笑った。


 肉を。


「あんまり」


 斬らせて。


「前衛」


 骨を。


「ナメんなぁああぁあああああああ!!」


 断つ!!


 敵の腕に取りつき重力と我が体重をもってして相手の右腕を相手の前身へと引き出す。手の力だけで私自身を逆さに立て天地逆転。頭は下に。爪先は天に。その最中に持ち上げた私の左足を相手の引き出していた右腕の付け根、脇の下に滑り込ませ、左膝を曲げて相手の右脇と私の左膝裏を面合わせながら相手の右腕を私の左手で掴み、奴の顎下に埋め込むように押し付けて固定。そして脇の下を通っている左足先を相手の後頭部側に無理矢理押し出して、最後に天に向かっていた右足を同地点に向かわせ左足の前面側に押し付け足首の付け根部分に外れぬよう引っ掛けぇえええ。右右左左上上うるせえけどまあ。完。


 成!!


 ロック。した。チョーク。ホールド。決まった。横三角締め。首の頸動脈を私と相手自身の肉の圧で押し潰す。これを。待っていた。チャンスを。待っていた。あとは背中から倒して床に着きたいんだけれど意外とこの人倒れないから引き続き圧迫圧迫。攻撃にブラフは必要不可欠。単調なものだけでは底が浅く見破られ手も尽きる。であるから『受け』の『技』は磨くべき有効手段だ。パンチもろても倒れるな。倒れず相手を引きずり倒し、骨身を砕いて息の根とめよ。以上の危険思考が我が師の教えである。というわけでこのまま閉め技で殺すなりィ。

「わぁお。筋肉ムキムキ能力ぅ!」

 どっからか失礼な人間、いや失礼な宇宙人がドストライクに失礼なことを叫んだ。私はあとでヤツを校舎裏に呼び出すことを胸に誓いつつ、いまはただ戦いに集中する。

「落ちろぉぉおおおおおおお」

 締め付けを強くして敵の首を圧迫。相手の意識を刈り取ることを一心に目指し速攻で畳み掛けた。相手の右手が持ち上がり私のふとももに爪先が食い付く。皮膚をつきやぶり肉を削ぎほじくられ鋭い痛みが幾重も襲うがそれでも攻撃の手を弛めるわけにはいかない。私は血にまみれながら更に力を強くした。相手の抵抗が途切れ、視界がぶれて世界が回転する。絡みつけた四肢もろとも床に叩き付けられたのだ。しかも前方。ついに相手が白旗あげたようだが最後の最後でしくじり私自身も満身創痍である。ぜんぜん受け身もなにも出来なかった。起き上がろうにも左足が焼け石を押し付けられているかのように痛くて動かせない。それゆえ力はこもっていないのに足が未だに相手の首にかかったままである。恥ずかしいから早く外したい。あと痛い。痛い。めっちゃ。

「いたたたたたたたたたたたひいっいまさら痛くなってきたなにこれすごく痛くなるッ」

「せっ聖女殿!?」

 顔をひきつらせた王子1が駆け寄ってきてくれたものの、奴自身の顔色がどんどん青くなっていってるので助けにはならない気がした。がとりあえずヘルプを頼む。

「あああ、ふとももの肉、肉がっ、王子たっすけって!」

 うつぶせの私の投げ出された両腕を掴んで引っ張ってくれる王子1。倒れた衝撃で引っ掛けていた足首が外れていたお陰だろう。私の体はボサボサマンの首もとから存外簡単に脱出できた。問題はその後。

「うわ……うわ……」

 表側にひっくり返した私の体。その足部分がずたずたに引き裂かれていたのである。案の定ぎゅっと目をつむりながら、血が血が……と空気にあえぎだす王子1。それでもなんとかしようという気概はあったのか手探りで私の傷口に両手を添え。


 パカッと開いた。


 おい、なんで開くねん。

「んぃいいいイイイイイ!?」

 激痛。同時になぜか眼球の裏がぎりぎりと痛む。勝手に溢れてほほに伝う大量の涙。

「ひぁ……ぁ、おうじ、ぃぁ、いあ、いたいぃいいァア離して離して離してェエエエエエエエエ」

「えっ」

 驚いた王子がぱっちりと両目を開けた。私と視線が合う。王子の目がきょとんとこちらを見つめ、しばらくしてから自分の手元を見下ろした。そこで目に入るであろう私のふともも。開かれた傷口。ぐじゅぐじゅになった肉と細胞群。そのふちに引っ掛けられた王子自身の指。

「ヒ……っ」

 ひゃっくりに似たあえぎ声の直後。

「うぁあああああちが、ちがう。ぁおれ!! おれぇえ!!」

 王子1が発狂した。

「ぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああ」

 それでも指先はふとももから離れない。よりいっそう食い込むのでおかしいと思ったら王子1は目を閉じ直してぶつぶつと独り言を呟きはじめた。バカタレ。目ぇ開けて手ぇ離せ。

「目を開けてぇええええ」

「無理ぃいいいいいいい」

 二人してぎゃあぎゃあと絶叫する。

 じゃりっと足音がして私は傷口から顔をあげた。いつのまに現れたのだろう。座り込む王子1の背後には宰相さんが立っていた。呆然と見上げる私。ひたすら見下ろしてくる宰相さん。相手はひたすら私を見下ろしてくる。ひたすら。真顔で。じっと。私を見ている。こっわ……。

「背後霊かよ……!!」

 恐怖心を吹っ飛ばすために突っ込んでみたというのに王子1にも宰相さんにも無視された。引き続き宰相さんは無表情でじいっと私を見下ろしている。王子も沸騰した鍋の表面に浮き上がる気泡のごとくぶつぶつぶつぶつとクッソうるさいほど呟き続けていた。もしかしてここって地獄なんじゃね。

「うわああ怖いぃいい」

 妙な恐ろしさに更に顔を歪ませていると宰相さんが珍しくもふふっと上品に笑んだ。無表情ではなくなったけどそれはそれで怖すぎだ。やめろ馬鹿。

「ふふってなに!? なに笑ってんの!? ケンカ売ってる!?」

「ふふっ」

 だからふふじゃねぇんだよ。それ以外の言葉を発しろ。こえーんだよふふはやめろ。半泣きでそんなことを喚いていたら宰相さんがやっと喋ってくれた。

「その傷口にシャベル突っ込んで中身ほじくりだしてやろうか。食い散らかされた茹でタラバガニの足みたいにな」

「やっぱふふだけでいいでっす!!」

 宰相さんは要望通りふふっと笑って口を閉じた。二度と喋るんじゃねぇ。

「で、こちらの方々はいったいどちら様なんでしょうか」

 私は王子1の頭をはたき両手を引き剥がしてから床に転がる男二人を指差し問うた。

 

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