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……無力である。こんな事しか出来無い…

お気に入り登録10件達成。小さくとも大きい一歩だぜ~

本当に有難い事です。

(1~2~3~4♪ 2~2~3~4♪)


 今日もまた森には朝がやってくる。特に変わる事のない朝。変わる事のない目覚め。そして、変わる事なく日課の体操をするグリーンスライム……こいつ、絶対夏休みのラジオ体操、皆勤賞だよ……


(うん! 終了~。じゃあ、朝食♪ 朝食♪)


 彼は青い果実が実った木に登り、何個か取り込んで消化する。


(ホント、味覚が有ったら良いのにね。ところで、今日も来ているのかな? いい加減諦めてほしいんだけど……)


 食事をしながら、彼はこの黒犬達の縄張りに来てからの事を思い出す。

 ここに来て10日程経つが、その間、彼は日が出てる時は縄張りの中から出ずに過ごし仮眠を取り、日が沈んでから縄張りの外を散策する――ハズだったが……


(あ~あ。ホント、色々予想外だよ……)


 まず第一に、昼間に木に登って縄張りの外の様子を見てみると、自分を捕まえようとする冒険者を毎日見かける。むしろ、日を追うごとに人数が増えていくのである。


(人海戦術にも(ほど)があるよ……皆して暇なのかな? どこからあれだけの人を集めたんだろ?)


 流石に、この縄張りの中まで探そうとはしていないので、安全なのはわかっているが、大勢の人間に狙われているのを見ると良い気はしない。自分が自由に動き回れるのは一体何時になるのか、見通しが全くたたない。


(それにね~。あの子達にも困ったものだし……)


 この縄張りに来てから、例の子供の黒犬2匹に懐かれてしまった為、思う様に行動出来無い。夜の内に縄張りの外へ出ようとすると、2匹がついてこようとするのだから。しかし、親に首を咥えられて阻止されるのだが……


(……その度に、鳴かれるんだよね……アレを放って行くのは無理)


 声と眼と仕草の三重殺。あんなので訴えられたら置いて行く事なんて出来はしない。結局、彼は縄張りの中から昼夜問わず出られない。


(まあ、食事に関しては、まだこの果実と薬草が有るから良いんだけど……今のところは……)


 彼の現時点での食事は主に三つ。果実、薬草、そして時々かすり傷を負った黒犬を治療する時に取り込む、彼等の血液である。

 まあ、三つ目は望んで得ているモノでは無いが、他の二つはこの先どうなるかはわからない。季節が変われば果実の方は間違いなく無くなるだろう。薬草の方も保証は無い。

 そうなった場合、自分はスライムだった時の様に、そこらの草花を消化する『質より量』な食事に戻らざるを得ない。しかし、それには幅広い場所が必要である。この縄張りの中だけではダメ。狭い範囲で食べ続けて、その場の草花が無くなれば他の生き物、特に人間に気づかれてしまう。


(最悪……彼等の食べカスを食べる事になる……ハァ)


 それはあくまで最終手段にしようと保留し続けているが、このままでは否定しきれないのが事実である。


(……覚悟はとっくの昔に出来てるけどね……)


 内心、そんな事をつぶやきながら、彼は縄張りの外を偵察する為、別の木へ移ろうと今居る木を滑り降りる。




――――スライム行動中――――


(――どういう事?)


 現在、彼の頭の中はハテナマークでイッパイになっている。木に登って縄張りの外を見て、あれっ?と思い別の木へ移る。それを繰り返し太陽が真上から傾き、空が赤く染まる頃、彼は予想外の事に困惑していた。


(何で、今日は()()()冒険者達を見かけないの?)


 何時もなら、自分を探す冒険者達が森に現れるのに、一人も見当たらない。確かに、いなくなって欲しいと思ったが早すぎる。昨日の今日で、あれだけの人数が一度に来なくなれば、何かあったと考えるのが普通だが……


(でも、何があったんだろ?――――ん?)


 考え込んでいた彼はある音を耳にする。その音のする方へ目――じゃなくて核――を向けると、その音は黒犬達が発していた。日が沈んで来たので、彼等の活動時間になった事はわかる。しかし、黒犬達は皆同じ方を向き、唸り声をあげている。

 彼もそちらへと視線を移し凝視する。木の上に居る自分の方がより遠くを見渡せるので、異変にもすぐに気がつけた。遠くの方で茂みが揺れているし音もする。それは徐々に近づいて来ている――何かがこちらへ接近している。


(――――?)


 一体何が来るのかと身構えていると、距離にして約200メートル先で、ついにその姿を確認できた。

 それは小さな体躯に緑色の肌をした、醜悪な顔の人型のモンスターである――『ゴブリン』


(何でここに? いや、それよりも多っ?!)


 姿を現したのだけでも、20から30。しかも、その数はさらに増えていて、最後尾がわからない。


(一体どれだけいるんだろ?……あっ! えっ?)


 視界の奥で一体のゴブリンが倒れる。しかも、その背には()が刺さっていた。さらに、ゴブリン達の鳴き声でわかりにくかったが、注意して聞いてみると人間達の声も聞こえてくる。

 それはつまり――


(――人間達に追われている?!――――あっ!)


 そこで、彼は思い出した。自分がグリーンスライムになった事で、すっかり忘れていた事。数日前に森を訪れた少年の言葉――『間に合わなくなっちまう……ゴブリン討伐によ』

 それを思い出してようやくわかった。日に日に増えていた冒険者の数。あれは自分を捕まえる為ではなく、ゴブリンを討伐する為に集められたのだという事を。

 そして、今日は一人も見かけなかった……それはつまり、今日が――


(――! 今はそんな事よりも! このままだと彼らが危ない!)


 心配なのは眼下にいる黒犬達。自分は木の上に居るので、ゴブリン達が人間から逃げている事がわかる。しかし、黒犬達はそんな事わからない――放っておいてもゴブリン達は逃げ去ってくれる事に。

 結果、黒犬達とゴブリン達の大乱戦が始まってしまった。ゴブリン達は、ここに来てようやく黒犬の縄張りに入ってしまった事に気づくも、いまさら方向転換なんて出来ず、強引に突破しようとする。

 それに対して、黒犬達は逃げようとするゴブリンに襲いかかってしまった為、ゴブリン達は逃げられないと判断したのか、黒犬達に飛び掛かる。


(――っ! ええい!)


 彼は木を滑り降りて、根元に身を隠す。正直、降りて来たところでスライムな自分では役に立たないが、ただ見ているだけなんて出来無い。

 強さでは黒犬達の方が上なので優勢だが、ゴブリン達はその数で責め立てるので、ゴブリン達の死骸が増えるにつれて、黒犬達の傷も増え息が上がってきている。


(早く! 早く終わって! そうすればボクが傷を治せるのに――!)


 幸いな事に黒犬達には、まだ死者は出ていないが、このままではそれも時間の問題だろう。内心で歯噛みをしていると――


「ハァ!」

(――!)


――いきなり、ゴブリンが切り伏せられる。そちらを見ると、両手剣を持った青髪の青年が次のゴブリンに斬りかかっていた。

 更に続けて、他にも人間達が現れる。よくよく聞けば、人間達の声もさっきより近くで聞こえる。それはつまり――


(やっと、追いついたんだ……これで――)


 ゴブリン達は全て討伐されて終わり。そう安堵していた彼の視線の先で、また剣が振るわれる――()()()()()()


(――えっ?)


 その剣は黒犬の身体に深く食い込み、そこから血が吹き出る。そして一声鳴いた後地面に倒れ伏し動かなくなる。

 他の冒険者もゴブリンだけで無く、黒犬達を攻撃している。


(……何で……?)


……彼はその光景を、ただ呆然と見ているしかなかった。




――――……スライム放心中――――


 そして事は終わった……時間にしてみれば30分程の短い時間。その場にいる種族は二つだけ……事を為し終えた人間達と、何も出来なかったグリーンスライム。


(……何で?……何でそうなるの……?)


 彼の思考は疑問で埋め尽くされていた。確かに黒犬達はモンスターだから、討伐の対象になるだろう――しかし、今回の討伐の対象はゴブリンであって黒犬では無い。なのに何故、黒犬達まで殺す必要が有る?

 ゴブリンを討伐するのに邪魔だった?――いや、黒犬達はゴブリンを攻撃していた……むしろ協力していたと言える。

 終わった後に縄張りに入った自分達が襲われる?――いや、黒犬達もかなり傷ついていたから、逃げても追われなかっただろう。


(……そもそも、何で()()戸惑わなかったの?)


 ゴブリン達と黒犬達の争いの場に割って入ったのに、何故誰も戸惑う事無く戦い続けたのか?――それでは、まるで……


「終わったぜ、リーダーさんよぉ」

(――!)


 深い思考に陥っていた彼が、その言葉にハッとする。気がつけば多くの冒険者が集まっていて、それぞれの場所にゴブリンと黒犬の死骸が集められている。


「ご苦労さん。見回りに行った連中は?」

「そっちも戻って来てるぜ。ゴブリン共は見当たらねえってよ。キッチリ全滅出来たかはわからねえけど、少なくともこの森にはいないみたいだぜ」


 リーダーと呼ばれた、あの両手剣使いの青髪の青年が魔法だろうか、何も無い所から出した水で剣の血糊を洗い落としながら会話している。

 始めて魔法らしきモノを見れたが、彼には何の感慨も浮かばない。ただジッと話を聞いている。


「しっかし、今回は良く考えついたよな……ゴブリン共をフォレストドッグにぶつけるなんてよ」

(…………)

「おかげで、討伐が楽に済んだだろ? しかも、そいつらの毛皮でさらに金になる」


 二人の会話を聞いても、彼の心には何の波も立たなかった……思ったのはただ一つ――


(……やっぱり、そうなんだ)


――それで納得した。考えてみれば最初からおかしかった。この広い森の中、ゴブリン達は真っ直ぐにこちらに向かって来た――人間達に誘導されていたのだろう。互いを争わせる為に……

 誰も戸惑わなかったのも当たり前――最初から予定通りなのだから……


「良し! それじゃ、一旦引き上げるぞ」

「オイッ! コイツはどうすんだよ!? 放ってくのかよ!?」「ちょっと待った!」「そりゃ無えよ!」「置いて行くのか?!」


 リーダーの声に、集まっていた他の連中からブーイングが上がる。それに対してリーダーが苦笑いで答える。


「もう日が暮れるぞ。そんな中、剥ぎ取りなんて出来るのか? それとも、ソレを町まで背負っていくのか?」

「――ッチ! しょうがねえなぁ……わかったぜ。皆もそれで良いな?!」

「「「「「了~~解!」」」」」


 そうして、皆その場を去って行く……後に残るのは二つの死骸の山と一つの無力な存在……

彼は一方の山へと近づき確認する――17。この縄張りに居た全ての黒犬の数と一致した。そこには自分に懐いていたあの2匹も含まれる。


(ゴメンネ……ボクは結局何も出来なかった)


 彼は黙祷を捧げ、一つの決断をして――


(だから、せめてこれ以上キミ達が利用されるのは防ぐよ)


――実行した。




――――……スライム実行中――――


 既に日は完全に沈み、宵闇が訪れた森の中。()()あった山が()()になっていた。

 二つの山――ゴブリンの死骸と黒犬の死骸――が無くなり、緑色の山――巨大化したグリーンスライム――が新しく出来ていた。


(完了……ちょっと想定外だったけど、おかげで予想よりも速く、皆を消化する事が出来たよ)


 高さ約3メートル、直径約10メートルに巨大化した彼。今まで果実や草花等、小さいモノばかり食べていたので気づかなかったが、どうやら食べた分、身体が大きくなる様である。

 正直、嬉しい誤算だった――大きくなればなる程、一度に取り込める数が増えていったので、黒犬だけで無くゴブリンも消化する事が出来た。

 最初は黒犬だけにしようと思ったが、人間達へのせめてもの仕返し、とばかりにゴブリンも消化したのである。

 そして、今彼は身動きが取れなくなってしまった。何せ森の中でこんなに大きくなってしまったので、周囲の木々が邪魔で動けない。このままでは再びやって来る冒険者達に見つかってしまう――が、今はそれよりも重要な事がある。


(身体の中に熱いモノを感じる…これってボクが変わった時のと同じ……いや、あれよりも()()……)


 以前のは小さな違和感だったが、今度のは違う。まるで風邪をひいて高熱でうなされた時の様に意識が朦朧とする。


(……っ、ダメ、みたい、意識が……もたない……皆……)


この世界に生まれて、始めて彼は自分の意思と関係無く意識を手放した。

ご愛読有難うございました。


本日のモンスター図鑑


――――黒犬(フォレストドッグ)――――


大型犬サイズの黒い毛の犬。日が暮れ始めてから活動を開始する為、日中は寝ているので、縄張りに入らなければ襲われない。

基本、群れで行動し、森の木々や仲間の身体を使った三次元挙動で獲物を仕留める。

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