超番外編アフターである!やっぱり本編とは全くもって関係無い!
今年もよろしくお願い致します。
とある人物からのリク。ちょっと難産でした。
「……ウゥ……」
一人の男が平原を歩く……イヤ、彷徨っていた。
男の名はタロウ・ヤマダ――かつては勇者と持て囃された男である。しかし今は見る影もなく、やつれた上に着ている服もボロボロである。
突如異世界へと召喚され力を与えられ、勇者として持ち上げられ、(本人にとって)チーレム街道まっしぐらだった彼は魔族との戦争に先頭に立って挑んだが……お互いの国の威信を賭けた勝負にアッサリ負け、これまたアッサリ手の平を返された。
処刑されそうになった所を逃げ出したのは良いが、全ての街・村に手配書がばら蒔かれ騎士団には常に追いかけられる。最初こそ自分の力で撃退が出来るので好き勝手やれていたが、四六時中何処に居ようとも追い続ける騎士団の所為で夜も落ち落ち寝てられないし、次第に街・村にも入れない様にされた以上、野宿するしかないのだが寝袋など持っていないので硬い地面の上では満足な睡眠が取れない。
更に食事はそこらの木に生っている果実か運良く見つけた生き物など。料理などした事の無い彼には、果実はそのまま食べる・生き物は丸焼きにするぐらいしかレパートリーが無い。当然、味付けなんて無いし、果実は酸っぱいか苦いで食えないし、肉は臭いか硬いて食えないなんて事の方が多い。
……そんな逃避行を続けていれば、肉体よりも先に精神の方にクる。疲労と不安による睡眠不足でロクに回らない頭で彼は考える。
――どうして自分がこんな目に遭わないといけない? 何が原因で自分がこうなった?――
脳裏に浮かぶのは白い髪の美しい女性。ブレザー服を着ていた事から、恐らくは自分と同じ召喚された人間に違いない。
――しかし、同じ人間なら何故、魔族側に付く? 何故、同じ人間にとって不利益になる事をする? 何故、自分の敵に回る?
ぐるぐると回った思考は、やがて一つの結論に行き着く。
「……あの女だ……全てはあの女の所為だ……俺がこうなったのも、全て……全て……」
逃亡者は狂った様に、その言葉を繰り返し呟き続けながら歩く。
八つ当たりも見当違いも甚だしいが、彼は既にそれ以外は考えられない。イヤ、むしろそれに縋り付いている。追い詰められた彼は、そんな執念を持つ事で何とか自我を維持する……そうしなければ、完全に狂ってしまうから。その一歩手前で何とか踏み留めるから。
「……アイツガ……アイツハ……ドコダ…………ドコニイルゥゥゥゥッ!!!!」
執念は妄執へと変わり、妄執は憎悪を呼び、憎悪は彼の疲労困憊した身体を動かす。ボロボロでありながら血走った眼をギラつかせ、フラフラでありながら足は力強く地を蹴るその姿は、見る者を自然と引かせる。
ただ一人を探し求める彼は、しかしそこにたどり着く事は出来無い。かつて交わしてしまった『誓約』の所為で、『永久に人間達が魔族領に侵攻する事も、足を踏み入れる事も禁止』されている。目的の相手は魔族領に居るので、このままでは永久に何も出来無い。
――しかし、可能性の芽が生まれた。魔族領側からの人間領への侵攻である。人間達にはとんだ厄災であろうが彼にとっては幸いである。
そして彼は侵攻する魔族達の前に現れては暴れた。そうする事で、彼女が何時か自分の前にやって来る様に。そんな曖昧な未来に縋り付いて。
「……ミツケタ……ミツケタゾ……」
――そして今日も、人間領に侵攻して来た魔族達を見つけた彼は、ロクに手入れをしていないので鈍ら同然となった剣を片手に突っ込んでいく。何時もと同じく、自分のメッセージを彼女に届けさせる為に。
「……アイツヲ……アイツヲ、ツレテコイ! アイツヲォォォォ「呼ばれて飛び出てしーちゃんキ〜〜〜〜ック!!!!」――ゴブゥッ?!!」
雄叫びを挙げながら突っ込んでいく途中、横っ面に靴底の硬さを感じた直後に彼はもんどりうってブッ倒れた。蹴られた横顔と、地面に打ち付けた反対側の横顔の両方の痛みに悶え苦しんだ後、彼は子供が泣いて逃げそうなギランッ、とした眼で自分にこんな事をした元凶を睨む。
そこには――
「――えいっ」
「…………」
――己が探し求めていた者が居た。
自分の手から離れた剣を遠くへ放り投げる女性。着ている服は以前のブレザー服では無いが、袖無しのシンプルなシャツと前開きのジャケットに指出し長手袋と、下はホットパンツにニーソックスな動きやすくかつ健康的な姿をしている。
――その髪は何にも染まらぬかの様に白く。
――その瞳は何事も見通すかの様に深く蒼く。
――そのチラリと除くおへそや晒した二の腕・ふとももは何者も魅了するかの様に魅力的。
――その存在は何にも代え難き唯一のモノ。
かつて自分を一瞬で虜にし、そして絶望の淵に追いやった者が今眼の前に居る。
「まったく……とっくにボクの知らない何処かで野垂れ死んでるかと思ってたら、魔族の皆に迷惑どころか怪我人まで出してるなんて……憎まれっ子世に憚る、とは良く言ったものだよ。ゴキくん並なしぶとさだね」
肩にかかった腰まで届く長い髪を払いながら、彼女が心底呆れた様に言う。
対する彼は相手のその美しさに一瞬、妄執も憎悪も頭から消える。かつて敗北した時と同じ様に彼の時間が凍るが、かつてと違いすぐに再起動を果たす。
「オマエェェェェェッ!!」
雄叫びと共に掴みかかる元勇者。技も策も何も無い、ただガムシャラな稚拙な行動。
「よっと」
当然そんな行動は、一歩横に避けるだけでアッサリ躱される。
勢い付いた身体は止められず、元勇者はたたらを踏むがすぐに向き直って再び掴みかかる。そしてそれをいなし続ける彼女。
「あの「オマエェェェッ!」だから「ヨクモォォォッ!!」話しを「オマエガァァァッ!!」……「シネェェェッ!!」……ハァ、仕方無いな〜」
一向に話しを聞こうとしない元勇者に、彼女は溜め息一つ吐いて説得する事にした。
――――しーちゃんオハナシ中(特別に音声だけ抜粋)――――
「しーちゃんリバーブロー!」
「アベシッ!!」
「しーちゃん一本背負い!」
「ヒデブッ!!」
「しーちゃんニードロップ!」
「チニャッ!!」
「しーちゃん逆エビ固め〜〜〜〜っ!」
「ノオォォォォっ!! ロープ! ロープッ!」
* * *
「…………」
「ふぅ」
軽く一息吐く彼女と、地面で虫の息な元勇者……微妙に、手や足が向いちゃいけない方向に向いてる気が……
事を成し遂げた彼女は、虫の息な元勇者に眼もくれずに自分を見守ってくれている魔族達の方へと歩いて行――
「――って?! ちょっと待てーーっ!!」
「……ホント、しぶといね」
――こうとしたら、突如復活した元勇者に引き止められた。説得の衝撃からか眼に光が戻ってはいるが、地面に這いつくばったまま、こちらの足首を掴む元勇者に彼女が思いっきり嫌そうな顔をする。
そんな彼女の態度を気にする事無く、元勇者はこれまでに溜め込んでいた言いたかった事をブチ撒ける。
「何でだよっ?! 何でお前がそっち側に居るんだよっ?! お前も人間なら、何で同じ人間の方に味方しないで魔族なんかに味方してんだよっ!!」
足首を掴んだまま相手を見上げつつ叫ぶ元勇者と、そんな元勇者を見下ろしつつヤレヤレと首を振る彼女。心底呆れた声色で彼女は静かに言う。
「ボク、自分が人間だなんて一言も言った覚えは無いけど?」
「……へっ?」
「だから、ボクは『半水棲種』。人間じゃないよ」
「……マジで?」
「そもそも、『誓約』の内容は『永久に人間達が魔族領に侵攻する事も、足を踏み入れる事も禁止』でしょ? 仮にボクが人間なら、ボクも魔族領に入れないんだけど?」
「……あっ」
「そんな事も気づけなかったの?――イヤ、気づかなかったの?」
見下ろす彼女の視線が冷めたものに変わる。しかし元勇者はそれに気づかずに、言葉を続ける。
「け、けどっ! だったら、あのブレザー服はっ?! あれを着ていたって事は、アンタも俺と同じで地球から来たんじゃないのかよっ?!!」
「ブレザー服はともかく、ボクは地球なんて所から来てないけど?」
「嘘だっ! アンタも「君の言う地球って所には『半水棲種』が居るの?」……居ない」
彼女の指摘に元勇者の勢いが失せる。至極全うな指摘に、グウの音も出ない。彼女の足首を掴んでいた力も抜け、その隙に彼女が距離を取る。
元勇者の方はと言えば、相変わらずに地面に這いつくばったままで微動だにしない……イヤ、微かに震えている。何かブツブツと呟く声も聞こえる。
「同じだと思ってたのに、違うだと?……同じ仲間だと思ってたのに……それなのに……俺の仲間は誰も居ない……勝手に俺をこんな世界に呼び寄せて……俺は……オレハ…………フザケル「しーちゃんキック・無拍子!」――ナバァァァァッ!!」
突如起き上がって押し倒そうとした元勇者に、既にその身が宙にあった彼女のドロップキックがカウンターで顔面直撃。鼻血による赤いアーチを描いて再び元勇者がブッ倒れる。
そして軽やかに着地した彼女は溜め息を一つ吐いて一言。
「ホント、単純って行動パターンわかりやすいよね」
長い髪をかきあげながら、地面でのたうち回る元勇者を見下ろしている彼女は次いで一言――
「後、ボクは同性に言い寄られる趣味は無いよ?」
「………………………………はっ?」
――時間差爆弾を投下した。
その言葉を聞いた瞬間、のたうち回っていた元勇者の動きが綺麗にピタッと止まる。そして頭の中で今の言葉が繰り返される。
「…………同性?」
「うん」
「………………異性じゃなくて?」
「うん」
嘘だと言ってよバー○ィ! な、ぐらい真剣な眼で確認する元勇者と、至極アッサリ答える彼女。
(……同性? 誰と誰が? 俺と彼女が?……イヤ、それだと俺が女になってしまうから、つまり……俺と彼が……彼が……彼??)
ジワジワとその言葉が元勇者の頭に染み込んでいくに連れて、比例する様に表情が驚愕へと変わっていき――
「嘘だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
――大絶叫が辺りに響いた。彼女……もとい彼は予期通りのリアクションに予め自分の耳をガード。遠くで見守る魔族達は、この時だけは元勇者の絶叫にウンウンと頷いて激しく同意。
タップリ十数秒は絶叫した後、ゼイゼイと息を荒げた元勇者は上から下まで眼の前の人物の容姿を確認して……やっぱり信じられなくて再び大声を上げようとして――止まった。
「……ん?」
彼が可愛く小首を傾げる動作にも反応を見せず、只々尻餅ついたまま呆然と見上げている元勇者。
交錯する両者の視線。ただし、元勇者の方の様子がちょっとおかしい。彼の顔をジッと見つめている様で、何か別のモノを見ているかの様な表情。
そして呆然としたまま、元勇者は思った事をそのまま口にする。
「アンタ……」
「何?」
「アンタの顔……見た事がある…………そうだ……俺がガキの頃、テレビで……確か、男の娘アイドルの――シノブ?」
その言葉に彼――シノブは軽く眼を見開き――
「へえ、知ってるんだ。ボクの事」
――元勇者の言葉を肯定した。
「……えっ? 本物? でも、イヤ、アンタは死んだ筈で……ええ? でも、その姿、髪の色を黒くすれば……えっ? えっ?」
立て続けに色々と衝撃な事実を知った為か、元勇者が混乱の極みに陥る。そんな元勇者に、彼――シノブは事も無げに言う。
「確かにボクは一度死んでるし、その時の事も覚えてるよ。炎に巻かれる前に意識が無くなったのは幸いだったかな?」
「……死んでるって……でも、アンタは現に今ここに居るし……」
「もう忘れたの? ボクは『半水棲種』だって言ったよね?」
「あっ……えっ?…………じゃ、じゃあ、アンタもしかして、転生したのか?」
自分でも有り得ないと思っている事が丸わかりな態度で問う元勇者に、シノブはにっこり笑顔で一言。
「正〜解♪」
「…………」
その笑顔に一瞬見惚れる元勇者。ホントに男か? と、信じられない想いが内心で渦巻くが、すぐにそれ以上の感情が芽生えて上書きされる。
「ちょっと待て?! じゃあやっぱり、何で俺の敵に回るんだよっ!! 元人間なら、俺達の味方につくのが常識だろっ?!」
「何で?」
「何でって? だから「だってボク達敵同士だし」――だからっ! 元とは言え人間なら「何で元人間なら、人間側につかないといけないの?」……はっ?」
シノブの言葉に固まる元勇者。言われた事に固まったのでは無い。シノブの態度が、余りにも当たり前に言ったからである。そこには本気で罪悪感や後ろめたさが無かった。
「ボクが誰につくかはボクの自由だよ? それを他人に、どうこう言われたくないな」
「……け、けどよっ! なら、せめてもっと他にやり様があったんじゃないのかよっ?! お陰で、俺はこんな有様なんだぞっ!」
自身のボロボロな姿を指差して元勇者がシノブに言う。対するシノブはと言えば――
「――うん。敗者だね――だから?」
「?!」
――アッサリと答えた。
その返答に元勇者が更に愕然とする。先程と同じ、罪悪感も後ろめたさも一切無い態度。シノブは本気で元勇者の事をどうでも良いと思っている。
「ボクはそこまでお人好しじゃ無いよ? 何で敵だった者を助けないといけないの? 奪いに来たのに、自分が奪われるのは納得いかないの? 随分と傲慢だね」
「…………」
立て続けに言う言葉は淡々として本当に日常会話的なモノ。しかし、それが却って恐ろしい。
言いたい事を言い終えたシノブは、背を向けてその場を立ち去ろうとする。しかし、元勇者はその背に食らいつく様に叫ぶ。今ここで行かせてしまえば、もう自分に希望は残されていない事が、足りない頭でもわかっているから。
「待てよっ! イヤ、待ってくれ! 頼む!」
「……何?」
立ち止まって振り向くシノブ。その事に元勇者は安堵するも、一転して焦りだす。引き止めたは良いが、何を言えば良いのか考えていなかったからである。
深く蒼い瞳に見つめられながら、しどろもどろになった元勇者は咄嗟に思いついた事をそのまま口にしてしまう――
「あ、え、っと、その……そうだ! 俺を助けてくれないのなら! お前達、魔族を襲い続けるぞっ!!」
――それが、どうしようもない悪手であっても。
「どうだっ! そうなれば、お前達に取っても困る「勝手にすれば」……はっ?」
言葉の途中でアッサリ告げられた一言に元勇者が、今日何度目かのフリーズを起こす。
そんな元勇者にシノブはと言えば、やっぱり変わらずな態度で告げる。
「だから、勝手にすれば――どうせ、長くないんだし」
「……えっ? 長くない……長くないってどう言う事だよっ?!」
顔色変えて言い募る元勇者に、シノブはただ事実だけを告げる。
「キミの持ってる力。キミの寿命が源だよ? 使えば使う程、寿命が減っていってるらしいよ?」
「……なっ」
「自覚無いの? 身体のダルさとか」
「……?!」
言われてみれば元勇者には思い当たる事がある。慣れない野宿生活の所為かと思っていたが……
「ねえ。異世界に来たら凄い力に目覚めるなんて、そんな都合良い事が起きるなんて本気で思ってたの?、起きる訳無いじゃん。手に入れれば、その代わりに失うモノがあるのが人生だよ?」
『前世のボクみたいにね』。その言葉は口に出さず、ジッと見つめるシノブの前で元勇者が膝から崩れ落ちる。
「……俺が何をしたって言うんだ……俺はただの学生で、普通に過ごしてただけだぞ……何で、俺がこんな目に遭わないといけないんだよ……」
嗚咽混じりの声を漏らし、涙を流す元勇者。同情を誘うその姿に――
「何もしてないからだよ」
――シノブは容赦し無い。
涙と鼻水だらけの顔を上げた元勇者に、シノブは言う。
「キミ、この世界に来て何もしてない――キミ自身が何かしようとしていないでしょ?」
「イヤ、俺は勇者として「そう言われたからでしょ?」……?」
一つ指を立てて、理解できる様にゆっくりと語りかけるシノブ。良く出来た家庭教師の様に。
「得た力を疑わなかったのもキミ。勇者としての役割に流されたのもキミ。それがどういう事か考えなかったのもキミ――全部キミの自業自得だよ」
「…………イヤ! でもっ! この世界に召喚されたのは、どうやっても俺の所為じゃないだろっ!!」
「イヤ、あの召喚。自分達に都合の良い者を召喚する様になってたんだって。つまり、キミがバカだから召喚されたって事。だから広い意味で取れば自業自得だよ。キミがもっと真っ当に生きていれば、こうならなかったんだからね」
「なっ?!!」
「チャンスが人を見放すんじゃないよ? 人がチャンスを見放すんだよ。これ迄の人生で、どれだけの選択肢とチャンスが有ったと思ってるの? それを生かせなかったのは、やっぱりキミの自業自得だね」
「…………で、でも! だからって――? な、何だ?!」
会話の途中で突如、元勇者の足元に浮かび上がる魔法陣。突然の事に慌てふためく元勇者に対して、シノブは落ち着いたものである。
「ハイ♪ 時間稼ぎ、完了〜♪」
「――えっ?」
その言葉に、魔法陣から視線をシノブに移す元勇者。シノブと言うと、ハ〜ヤレヤレと言った風に一息吐いて、言葉を続ける。
「ボクからすればそこまでする事無いって言ったんだけどね。アマリーがどうしてもって言うから、キミを送り返す事にしたんだって。ただその事に気づかれない為の時間稼ぎ役がボク♪」
「…………っ?!!」
時間を掛けて言われた事が頭に入った元勇者の表情が変わる。先程までの絶望一沢の顔から希望満ち溢れる顔に。
「か、帰れるのかっ?! 地球に! 家に!」
「良かったね〜。アマリーが優しくて」
「帰れる! 帰れるんだっ!!」
既にシノブの言葉など耳に入っていない元勇者。小躍りしかねない程の浮かれ具合にシノブは苦笑い。
しかしそんな元勇者が、ふと地面を見て気づく。魔法陣に入ってるのが自分一人な事に。
「オイ! 何やってるんだよ! アンタはっ?!」
「ん? ボク?」
キョトンとした表情のシノブに、尚も声をかける元勇者。
「帰りたくないのかよっ!! 地球に!!」
「ん〜〜。だってさ。そっちじゃ結構な時間が経ってるみたいだし、今更ボクが現れてもね。あっちじゃボク、死人だし」
「だけどよっ! アンタの知り合いとか、気にならないのかよっ!」
ん〜、と考える事3秒。すぐにシノブは答えを返す。
「気にはなるけど、あまり心配してないから」
「心配してないって……俺もガキの時だったけど、あのニュースは覚えてるぞ! アンタの死に、大勢の孤児院の子供が泣いてたんだぞっ! 心に傷を負った奴だって居ただろっ! それなのに――」
そこまで元勇者が言った所で、シノブがフンッ、と鼻息を漏らす。そして自信満々な顔で言い切る。
「甘く見ないでほしいね。確かにあの子達は幼かったけど弱くはなかった。ボクの後を追う様なマネをする子が居ないと、ボクは信じてる」
「…………」
「ボクはもう新しい人生を生きてる。それはあの子達も同じで、自分の人生を生きてる。ボクの死を乗り越えた皆の邪魔をする気はないよ」
「邪魔って……」
「邪魔だよ。皆の人生を歪ませてしまう可能性が少しでも有るなら、ね」
「…………」
「だから――帰るならキミ一人で行って」
シュピッ、と片手を上げるシノブ。その顔には地球への未練も何も無い。
「残りの人生、有意義にね――チャオ♪」
笑顔で見送ったシノブの眼前で魔法陣の光が最高潮になり――次いで消える。消えた後には誰も残らず、シノブ一人。
「…………」
それを確認すると、シノブは今度こそ振り返ってシノブを待つ魔族達の元へ向かう。
「……戻っても、残された寿命の短さからバカやんなきゃ良いけど……ボクが何の苦労も無く転生したとか思って、自分もそうなるんだと思い込んで自殺とか、しそうだし」
――その言葉は風に消えて、誰の耳にも入らなかった。
* * *
「ん〜〜」
所変わって、元の世界。既に夜半の『半水棲種』の村の自宅に戻ってきたシノブは、着替えて寝る準備をしていた。
着替えながら頭に想うのは元勇者……では無く、元の世界の皆の事。普段は思い出す事も少なくなってきたが、こうして何かの切っ掛けに思い出す事がある。
(ああは言ったけど、ホントはちょっと心配……皆、元気にやってると良いんだけど)
そんな風に前世の皆の事を考えながらベッドの毛布を捲り――
「スゥ……スゥ……」
「…………また潜り込んでるよ、この子」
――溜め息を吐いた。
布団の中で寝息を立てていたのは、この村で一番シノブに懐いているユウちゃん。実を言うと、度々こうしてシノブのベッドに潜り込んでいるので、シノブとしてもちょっと困り気味。
「……気づいたら潜り込んでるんだよね……どうやってるんだろ?」
頭を悩ませながらも自分もベッドに入る。無意識に察したのか、ユウちゃんがしがみ付いてくるのをシノブが優しい笑顔で受け入れる。
「ホント、仕方の無い子だよね……全く」
そう呟いて、シノブも眼を閉じる。元の世界の『家族』達を心に想いながら。
ご愛読有難うございました。




