再び現状把握である!色が変わっただけじゃ無い
まあ、変わったといってもスライムである事は変わってないし……
(……どうゆう事なの?)
何度見ても、水面に映る自分の身体の色は『青』から『緑』に変わっている。原因は間違いなく、昨日感じた身体の中の熱だろう。
しかし、これはいったいどういう事なのかがわからない。
(変化? 成長? 進化? わからないけど、ボクは以前とは違う『スライム』になっちゃったみたいだよ)
原因はともかく、今はこの身体になって何か変わったのかを調べる方が先決だと、色々と確認する。
(『核』がちょっとだけ大きくなってる……って、見た目は色とそれぐらいしか変わってないみたい)
以前はピンポン玉ぐらいの大きさだったのが、二回り程大きくなっている。だが、それ以外は色が変化しただけの様である。
(じゃあ、見た目以外の変化は何か有るかな?)
とりあえず、彼は色々と試行錯誤の上、試してみる事にする。
――――スライム検証中――――
(うん。身体の粘度と言うか強度が前よりも強くなってる……あくまでも、ちょっとだけどね)
動く度にフルフルと揺れていたのが無くなっている。しかし、自分の体を自由に変えるという事は出来無い事から、そんな大きく変わったわけでは無いようである。
(まあ、でも、移動するのが楽にはなったし……って、そろそろここを離れないと……)
彼が今いる川は森の生き物達の水場である為、長い時間留まれば他の生き物達に出くわす可能性も高くなる。しかも、今は夏になったので何時もより頻繁にやって来るのだから。
彼は以前よりも少しだけ速い速度で移動を開始する。ところが、もう少しで森に入るところでバッタリと出会ってしまった。
(ん~~。ちょっと面倒……)
出会ったのは、もうお馴染みの黒犬達である。襲われる事は無いと当たり前の様にわかっているが、間近で唸り声を上げられたり、吠えられたりと正直気分の良いものでは無い。我慢するしかないかと身構えていた彼だが――
(――あれ?)
――黒犬達はそのまま川辺に行き喉を潤すと、再び森へと去っていった……彼のことは完全にスルー。ガン無視。アウトオブ眼中で……
(……なんで?)
今までとまったく違う反応に彼は首を――そんなの無いけど――捻って考えていた。
――――スライム移動中――――
(うぅん。さっきのは何だったんだろう?)
森の中を移動しながら彼は先程の出来事について考える。黒犬達の自分への態度の変化に心当たりは有る。色が青から緑に変わった事だろう……しかし、色が変わると何故そうなるのかまではわからない。
(うん! 考えてもわからない事を考えても仕方ないし……今はもう一つの方も確かめないと……)
さっき、身体の強度が上がっているのに気付いた時、もう一つ気付いた事があった。自分の身体から、消化液とは違う『別の液体』を出せる事がわかったのである。
彼は試しに手近な木に、消化液で目印を付ける時と同様に、もう一つの液体を試してみる――が、木には何の変化も見られない。
(……となると、これってやっぱり『アレ』なのかな?)
ファンタジーな世界における『スライム』の能力を思い浮かべて、彼は一つの可能性を推測する。
(まあ、そうだとしても、試すに試せないんだよね……という訳で保留♪ 保留♪)
あっさり決断。移動を再開する――そして、ある場所で動きを止める。
(……良し!!)
しばしの逡巡。そして行動開始。
――――スライム挑戦中――――
(ふっふっふ。到~着~♪)
彼は遥か高みへと到達していた――地上から約6メートルの高さ。転生初日に見つけて以来、それ以降何度も目にした赤い果実を実らせた木の枝に彼は今居る。緑のスライムに変わったことによる、身体強度の上昇。それによって、彼は遂に成し遂げたのである。
(長い道程だったよ……でもこれでこの美味しそうな果実も食べ放題! 待ったよこの時を!)
かなりテンション上げ上げではしゃぐ彼……『スライム』に味覚は無いのだが、まあ気分の問題で……
とりあえず、彼は一番手近な一個を取り込んで消化する。続いて二個目、三個目と消化していく。ちなみに、種は消化せずに捨てている。
(ん? 消化力は変わってないみたい――おっと、食べ過ぎない様にしないと……他の生き物達の分もあるし……)
一段落して、彼は実っている果実の数を確認すると、違う枝に以前見かけた尻尾のデカいリスを見つける。
(こうして近くで見るのは、初めてだね。何時も木の上に居るし……それにしても、大きい尻尾だよ。ジャマにならないのかな?)
リスはそのまま枝の上を走り――飛び降りた。
(えぇーーっ!)
約6メートルの高さから飛び降りたリスは、空中でクルンと回転して尻尾を下に――クッションにして着地。そのままどこかへと走り去っていった。
(……あ、そういう風に使うんだ、アレ……)
思わず呆気に取られてしまったが、彼は見下ろした地面に気になるモノを見つける。行ってみようとしたところでちょっと思案。
(……飛び降りても平気かな?…………やっぱり止めよう……後が怖いし)
死にはしないが、粘液な身体が四方八方に飛び散るイメージしか湧かないので、彼は枝から木の表皮にへばり付き、そのまま自重で降りていく。無事に地面まで降りた彼は目的のモノへと進み、程なくして辿り着く。
そこには、脇腹の辺りにある傷から体液を流して倒れているイモ虫がいた。ビクッビクッと動いているので、生きてはいるようである。
この光景はこの森では珍しくない。なにせこのイモ虫、飛ぶのは良いが森の中でそんな事をすれば何かしらにぶつかる為、傷を負う事も多いのである。
(ちょうど良いや。実験させてもらうよ♪)
イモ虫に密着して消化液で無い、もう一つの液体をイモ虫の傷に擦り付ける。イモ虫は何故かじっとしているので、作業自体は楽である…ちなみに、イモ虫の体液を吸収する事も忘れていない。
――――スライム実験中――――
(完了! そして成功~♪)
そこには、傷が塞がり普通に落ち葉を食べるイモ虫の姿があった。やはり、自分の出せるもう一つの液体は『治癒液』のようである。
(これで、傷ついた生き物達を治す事が出来る――さしずめ、ボクは森のお医者さんだよ♪)
動物好きな自分には良い能力だと、彼が内心で喜んでいると――
「キャッ!」
――少し離れた所から声が聞こえた。明らかに人の声なので、彼は慎重に声のした方へ移動すると、すぐに見つけることが出来た。
「痛ぁ。どうしよう?」
そこには一人の少女が居た。長袖のシャツにハーフパンツ。その上に革の鎧を身につけた青い髪の十代半ばに見える少女。それがこちらに背を向けて座り込んでいる。
(何してるんだろ?…………ん? あれって?)
彼は少女のすぐ近くに落ちている物に気がつく。長さ20センチ程の細長い物体――角ウサギの角である。しかも、赤い液体がこびり付いている。つまり……
「ああもう、最悪! このブーツ新調したばかりなのに!!」
(いやいや!! それよりも傷の方を気にしようよ!!)
思わず心の中でツッこむ彼。そして、どこか気楽な少女――しかし腰の袋に手を突っ込んだ途端に顔色が変わる。
「あちゃあ。治療薬切らしてたの忘れてた……」
(……君、ホントに冒険者? 新人にも程があるよ?)
もはや、呆れを通り越してしまっても仕方ないと言えよう。そんな間抜けな冒険者をどうしようかと、彼は心の中で溜め息をつく。
まあ、こうして見つけてしまった以上、放っていくのもなんか後味が悪いので、先程わかった自分の能力で傷を治しても良いのだが……
(自分の身の安全の補償がないし……姿を見せた瞬間に攻撃されそうだよ……)
正直、彼の中では『見捨てる』という選択肢も存在する。森に来たのも傷を負ったのも、全部自分の責任なのだから、彼にとって必ずしも助けなければならない訳では無い。
むしろ、助けてもメリットが無い分、『見捨てる』度合いの方が高い。なので、彼がその場を去ろうとするが――
「ああもう、どうしよう? このままじゃ、妹に心配される……それは避けたいのに……」
――その言葉で彼の動きが止まる。
(…………ハァ……仕方ないな……)
彼はわざと草を大きく揺らしながら姿を現す。ガサガサとした音に気がつき、少女が振り向く。
「えっ?! グリーンスライム?! こんな所に?」
自分がどんなモンスターなのか、期せずしてわかったが、そんな事関係無いとばかりに彼は慎重に進む。
(…………)
「…………」
少女を注視しながら、彼は傷ついてる右足へと辿り着く。何故か、少女もこちらをじっと見つめるだけで、攻撃どころか逃げる素振りも見せないので、彼は『治療』を開始する。
――――スライム治療中――――
(――完了)
結局、少女は始終大人しくしていたので、無事『治療』を終えた。そして、彼は速やかに少女から離れる。
その途端に少女は立ち上がり、足の具合を確認すると、走り去ってしまった。
(……お礼ぐらい言っても良いと思うけど……)
やっぱり放っておけば良かったかも、と彼はちょっとカチンと頭にきた。
――――スライム帰還中――――
(ただいま~)
あれから、森をアチコチ周り、暗くなってから切り株ハウスへと彼は帰って来た。
(グリーンスライム?になって、木に登る事が出来て、他の生き物の傷も治せるようになった……見た目はともかく中身は結構変化してるよね)
意外に濃い一日だったなと、彼はやや疲れ気味で切り株ハウスへ入る。
(それじゃ、前世の皆、オヤスミ~~)
元の世界の『家族』達を心に思いながら、彼は眠りにつく。
ご愛読有難うございました。
本日のモンスター図鑑
――――尻尾の大きいリス(ジェントルテイル)――――
体長10センチ程の茶色いリス。しかし、これはあくまでも身体だけで、尻尾はその3倍の大きさを持つ。
普段は木の枝上で生活しているが、危険が迫ると尻尾をクッションにして飛び降りる。
その尻尾の柔らかさから、貴族な連中は枕やクッション等の中身。冒険者や騎士達は鎧の内側に衝撃吸収の為に重宝されているので値が高い。
乱獲が心配されているモンスターである。