大大大騒動である!後の事は~やっぱり知らない
注意。今回は3話同時に投稿しています。
人間達の国。その象徴とも言える、白を基調に造られた荘厳なる建物――『王城』
その城のある一室で、二人の人物が話し合っていた。王城となれば当然内部も造りは豪華絢爛であるが、この部屋は更に一段上であった。今二人が座っているソファーも、二人の間にあるテーブルも、二人の使っている茶器も、目に付く全ての物が小物一つに至るまで一流の職人によって造られた事がわかる。
明らかに、王城の者でも限られた者にしか使う事が許されないであろう部屋だとわかる。
――そして今、この部屋に居る二人はそれが許されている人物であった。
一人は、この城の主。嘗ては第一王子と呼ばれていた、老いて更にイケメンに深みが増した40代の男性――国王。だが、その顔に笑みは無い。
もう一人は……妙に豪勢な法衣を着た、やや小太りな60代の男性――『教国』に3人存在する『司教枢機卿』の一人。こちらにも笑みは無い。
「――では枢機卿殿は、あくまでも歩み寄る気は無いと?」
「当然です。彼の者達の言い分は、単なる言い掛かりに過ぎません。襲って来た者が私達の手の者など有り得ません。それに被害者の遺体も無いのですから……」
「……しかし、もう20年です。彼等との交易の再会を望む声は高まる一方。このままでは……」
「弱気になってはいけません。それこそ彼奴らの思うツボです」
「ですが……」
「大丈夫です。考えてもみて下さい。20年、彼奴らとの交易が無くとも、私達は何の差し支えも無く生活してこれたではないですか」
「……それは他の2人の枢機卿殿も同じ考えなのですか?」
「無論です」
「…………」
王は目の前のお茶と共に、溜まっていた溜め息を飲み込む。
……この人物との会話は何時も同じ結果にしかならない為、正直ウンザリしている。
(何故『教国』はここまで頑ななのだ? 幾ら何でも、これは……それに他の2人も同意見と言うが……何故その2人は現れず、何時もこの男だけなのだ?)
疑問を顔に出さず、ポーカーフェイスを維持したまま王は枢機卿を見やる。この男は一体何が目的なのだろうか? そんな事を考えていると――
「――失礼致します!!」
――突然、この部屋の前で警備していたはずの近衛兵が大きな音を立ててドアを開いた。
「何事だ! 声も掛けずにいきなり入って来るとは! 無礼であろう!!」
「はっ!! 申し訳有りません! ですが……」
(??)
大声で近衛兵を怒鳴りつける王。しかし、近衛兵はその叱責にも動じない。イヤ、むしろ近衛兵の方こそ大声を上げたい様に見える。妙にソワソワ……と言うか興奮している。
その尋常で無い様子に、王も真剣な顔で先を促す。
「何があった?」
「はっ! それが、平民街と貴族街を隔てる内防壁を警備する兵からの報告ですが――」
そして告げられた内容に、国王・枢機卿の両名は……文字通り、腰を抜かす程に驚きソファーから転げ落ちた
* * *
時間は少し戻って――
「今日も暑いな……」
「夏だし……しょうがないだろ?」
分厚く高い外壁に囲われた大きな都――王都。
外壁の上では常に兵士達が規則正しく巡回しており、外壁の周りには幅広い堀が掘られ、その堀に架かる跳ね橋にも兵士達が常に見張りに立っている。、
本来ならば、皆甲冑姿なのだが……夏という季節の為、軽鎧装備を許されている。流石にこの炎天下の中、あの甲冑装備は……自殺行為である。
そんな中、跳ね橋を守っている二人の兵士が汗を拭いながら会話している。
「こういう日は、キンキンに冷えた酒を一杯といきたい所なんだが……」
「真っ昼間から何言ってんだよ。勤務終了まで我慢しろ」
「わかってるよ。ただ……」
「何だよ?」
「……良い加減。エルフ達の酒が飲みたい……コッチの酒はもう飽きた」
「……同感だな。と言うか、この交易断絶……何時になったら終わるんだか……」
「俺達が子供の頃からだしな」
「何か知らないが、『教国』の方が頑なになってるらしいな?」
「ああ。で……王様も『教国』に関しては慎重にならざるを得ないから、結局このままが続いてる……か」
「あいつらの信仰心は怖いからな。敵には回したく無いよな」
「下手すりゃ、この国と『教国』で戦争か……考えたくもない」
「同感だ――ん?」
「どうした?」
「あれ……」
相方が指差す方を見ると、一人の人物がゆっくりと街道を歩いてくる。まだ結構な距離があるので、白い服を着ている事ぐらいしかわからない。
「……あれが、どうかしたのか?」
「いや、良く見ろ」
相方に言われて、その人物を良~く見てみる。徐々に近づいて来た事によりその姿もハッキリ見える様になった事で、その人物の姿がわかった。
白いローブを着ていてフードを目深に被っているので、顔が見えず種族・性別がわからない。身長も微妙。男性とも女性とも取れる大きさ。
一言で言えば正体不明としか言い様の無い人物だった。この炎天下にあんな格好良く出来るな? と、二人の兵士は思った。
「「…………」」
思わず二人揃って凝視してしまう中、白フードはそんな視線を気にもせずに歩みを続け跳ね橋を渡ろうとする。
「止まれ」
片方の兵士が白フードの前に立ちはだかる。静かに歩みを止める白フード。
「悪いがそのフードを取ってもらおう。怪しい者を王都に入れる事は出来無いのでな」
兵士の言葉に白フードは動きを見せない。代わりに言葉で答える。
「――これを外すと、色々問題が有るのですが?」
高く澄んだ中性的な声に、思わず二人の兵士が息を呑む。予想外の綺麗な声に、個人的にこの人物の正体を知りたくなるのを隠しながら職務を遂行する。
「どんな事情にせよ、取らねばここを通す訳にはいかない」
「……どうしても、ですか?」
「どうしてもだ」
「…………仕方ありませんね」
溜め息と共にフードが取られる。そして――
「「――――っ?!!!」」
――顕わになる白い髪。手を使ってローブから完全に外に出された腰まで届く長い髪は、日差しを受けて輝き放射線状に広がった後、重力に従い落ち着く。
その髪も目に付くが、それと同じくらい目に付いたのがその顔。一種の芸術品とも取れる整った顔立ちに、二人の兵士は呼吸すら忘れて見やる。
「……これで良いですか?」
「「…………」」
「あの?」
「「…………はっ?!」」
相手の問い掛けに、漸く二人の時間が動き出す。特に、最初に話し掛けた方の兵士は間近で接しているので、その美貌も間近で見ている事になる。
自然に頬が熱を持つのを感じながら兵士は、10年という勤続日数によって培われた職務に対する忠誠心を持ってして何とか返事を返す。
「あ、有難うございます!! お通り下さい!!」
「お勤め、ご苦労様です」
思わず敬礼してまでの答えに、相手は穏やかな笑みを返して跳ね橋を渡って行く。去り際にほのかに漂う甘い香りに惹かれるかの様に、その背中を見送る二人。
……と、一人が夢現のまま、もう片方に話し掛ける。
「……おい」
「……何だ?」
「俺を殴ってくれ。今すぐに」
「ああ」
「――ぐぼぉ!!」
「――はっ? しまったぁ! 大丈夫かっ?!!」
相方の要望に自分も夢現のまま答えたので、思わず手加減無しで殴ってしまった。軽く吹っ飛び堀に落ちて、盛大な水音と水飛沫を上げた所で我に返り、慌てて助けに向かう。
「――ぷおっ!」
「おわっ! 大丈夫か?!」
岸から覗き込んだ瞬間。吹っ飛んだ兵士が水面に顔を出したので、多少驚きつつも手を伸ばして助け出す。
引き上げられた兵士は自分がずぶ濡れな事も気に止めず、呆然としたまま相方に話し掛ける。
「……痛い」
「ああ?」
「痛い……これは夢じゃない」
「……ああ、そうだ。夢じゃない」
「……俺…………『聖女』様に話し掛けられた」
「ああ」
「笑い掛けられた」
「ああ」
「…………俺……生きてて良かった」
「同感だ」
夢見心地のまま、二人の兵士は何時までも『聖女』が去った方向を眺めていた。
……なお当然の事だが、ずぶ濡れになった兵士は、後日夏風邪を引いた。
* * *
王都内の外周部に位置する平民街。何時もと変わらぬ朝を迎えた一般市民達は、何時もと変わらぬ一日を……迎えられなかった。
「「「「「…………」」」」」
外壁門から平民街・貴族街を抜けて中央の王城にまで続く大通り。その大通りに異変が起こっていた。
何時もならば、朝から夜までの日中は常に賑わう大通り。しかし、その賑わいは現在進行形で消え去っている最中であった。
井戸端会議に興ずる人達も、店先で商品の宣伝を大声でする者も、その商品の品定めをする者も、巡回する兵士も、遊びに夢中になっていた子供達も、皆例外無くその人物を視界に入れた瞬間に同じ反応を見せた。
まずはポカンとし、次に目を擦るか何度も瞬きし、そして頬を抓ったりして、最後に漸く夢じゃ無いと悟る。
それら全てが、たった一人の人物によって引き起こされている。
「「「「「…………」」」」」
皆の視線を気にもせず、ただゆっくりと歩みを進める白いローブを着た、白い髪の美しい人物――誰もが脳裏に『聖女』の言葉を浮かべた。
その歩みの先に居た者達は、無意識に道を譲ってしまうので、さながら大通りはモーゼ状態になっていた。
『聖女』は、道を譲ってくれた者には笑顔で礼を言うので、行く先々でアッチの世界へ旅立つ者が量産されていく。
「「「「「…………」」」」」
そして、何時しか『聖女』の後について行く者が現れ、それを皮切りに増えていく。
貴族街との境界線である内防壁にたどり着いた時には……数えるのが馬鹿らしい程に膨れ上がっていた。
「――止まれ! 止まって下さい!……イヤ、お止まり頂けないでしょうか?」
内防壁のデカい門を警備する兵士が白い髪の人物を止める。段々言葉が弱くなっていってるのは仕方が無い……むしろ、それでも止めた事に対して、職務に対する見上げた忠誠心と言うべきか……
「通して頂きたいのですが?」
「申し訳ございませんが、それは出来ません!」
高く澄んだ中性的な声と深い蒼の瞳に見つめられ……ついでに、後を付いてきた市民達の視線に睨まれ、それでも兵士は職務に忠実であった……本心では通したいと思っていたが……
「――困りましたね。どうしましょうか……」
軽く俯き悩みだす『聖女』。更に強まる市民達の視線に、兵士は胃がキリキリと痛み出すのを感じながら声を掛ける。
「どういった要件なのでしょうか?」
「……枢機卿の御一人が王城に居ると聞いて来たのです。その方に御会いしたいのですが……」
「ではその旨、私が伝えてきます! ここでお待ち下さい!」
言って、兵士が猛スピードで王城に向けて駆け出す。『聖女』が止める間も無い一瞬の出来事。
……決して、市民からの視線に耐えかねて逃げた訳では無い……はず。
「――――」
『聖女』は、それを見届けると静かにその場に佇み待ち続ける。
そして、その姿を遠巻きに眺める人達。ついてきた市民達は言わずもがな。先の兵士以外の兵士達は、内防壁の内側からと上から……特に上に居る兵士達は手摺りから身を乗り出しており、強い風でも吹いたら落ちてしまいそうである。
皆、声を掛けてみたいが恐れ多くて出来無い状況に陥っていて、ただ静かに時間だけが過ぎていく。
――時間にすれば十数分後。漸く変化が訪れた。
王城に続く大通り。綺麗に敷き詰められた石畳の上を、大勢の近衛兵と僧兵に守られた二人の人物が歩いて来る。
そのまま、距離にして約20メートル程の間隔を空けた所で立ち止まり対峙する。話しには聞いていたが、こうして実際に自分の目で確認しても未だに信じられないのだろう。国王と枢機卿の両者は、これ以上無い位に『聖女』を凝視している。その美しい顔立ちと――その白い髪を。
「――初めまして」
「……はっ?! あっ、ああ。初めまして」
と、『聖女』がゆっくりと頭を下げる。ただそれだけの動作なのに思わず見惚れてしまった国王が、一泊遅れて挨拶された事に気づき慌てて返す。
そんな国王を見て、『聖女』は思わずクスリと笑ってしまう。
「そんな緊張しなくてもよろしいのに……」
(無理を言うな! 無理を!)
内心で大声を上げる国王。ただでさえ、伝説上の人物かもしれない者が、目の前に居るというだけでも感極まりないと言うのに、加えて反則級の美しさ。さっきから頬が熱くなるのを止められないし、真面に目を合わせる事すら出来無い。いい歳こいた大の大人が思春期の少年レベルに戻ってしまっている。
「――所で」
「……何だ?」
「私は、枢機卿の方に会いに来たのですが……どちらに居らっしゃるのでしょうか?」
「「「「「…………」」」」」
『聖女』の言葉に、その場に居た全員が一瞬ポカンとした後に一斉に枢機卿を見やる。さっきからずっと国王の隣に居た枢機卿は、狼狽えながらも言葉を発する。
「わっ、私です!」
「……貴方が……ですか?」
「そうです! 『教国』に3人存在する枢機卿の一席を預かっております! 『聖女』様の忠実な下僕であります!!」
「……下僕を名乗る割には、随分と立派な服装ですね」
「「「「「――くっ!!」」」」」
軽く小首を傾げながら『聖女』が言った言葉に、その場に居た全員が吹き出す。言われた枢機卿は、『聖女』が着ている簡素なローブと自分の豪勢な法衣に目を向け、脱ぎ去る事も出来ずに狼狽えてしまう。
そんな枢機卿を置いておいて、国王は『聖女』に尋ねる。
「無礼を承知で尋ねるが……」
「何でしょうか?」
「……貴女は『聖女』なのか?」
国王の質問に、今この場に居る全ての者達が固唾を呑んで答えを待つ。そして――
「――その質問は、意味がありません」
――予想外の答えに、全員の顔が困惑に染まる。国王もまた同じく困惑している中、再度尋ねる。
「――何故だ?」
「『はい』と答えても『いいえ』と答えても、それを信じるかどうかは貴方達次第です。そもそも『聖女』とは他の者達が付けた呼称にすぎません。私は一度足りとも、そう名乗った覚えはありませんが?」
「……確かに」
言われてみればそうだ、と納得してしまう国王と皆の衆。しかし、枢機卿がそれに待ったを掛ける。
「『聖女』様かどうかは簡単にわかる方法が有ります」
「? どんな方法だ?」
「お忘れですか? 本物の『聖女』様ならば、光魔術が使える筈です。さあ! 貴女が本物であるならば、見せて下さい!!」
枢機卿の言葉に皆が納得し、『聖女』へと視線が集中する。皆の視線を一身に受けた『聖女』は――
「お断りします」
「「「「「……は?」」」」」
――キッパリと断った。躊躇無くノータイムで一切の迷う素振りを見せずに完膚なきまでに見事な却下。あまりの見事さに、皆が目を白黒させる始末。
「……何故?」
「それはこちらが言いたい事。何故、試されねばならないのですか?」
「えっ?」
「何故、私が貴方達に試されねばならないのですか? 私はそんな事をする為に、ここに来たのでは無いのですよ?」
国王の問いに毅然と答える『聖女』。国王や周囲の皆はその言葉に納得するが、しかし枢機卿はそんな『聖女』の態度に疑惑の目を向ける。
「見せられぬと言うのですか?!」
「だから、見せる意味が私には無いと「見せられぬのですね!」……だから、私は「見せられないという事は、使えないという事! 貴女が偽者という事の証にほかなりません!!」……ハァ」
『聖女』の言葉を遮り一方的に捲し立てる枢機卿。『聖女』の方は若干呆れ気味である。そう……話を聞いて欲しい、と言いたげである。
そんな『聖女』を他所に、枢機卿は更に声を張り上げる。
「所詮は、歴史上幾度と無く現れた偽者達と同類でしたか!! 『聖女』様を語る大罪人めっ!! 即刻捕らえなさい!!」
枢機卿が自分を守る僧兵達に指示を飛ばす。言われた僧兵達は枢機卿の命令には逆らえず、『聖女』の周りを囲む。
包囲された『聖女』は慌てるどころか何の素振りも見せない。ただ、自分を包囲する僧兵の内の一人をジッと見つめている。
見つめられた僧兵が、何故自分を? と狼狽える中、『聖女』は穏やかな……どこか嬉しそうな笑みを浮かべて、その僧兵に話し掛ける。
「お久しぶりです」
「……えっ?」
「健やかに育った様で、何よりです」
「……何を言って?」
「傷跡や後遺症は残ったりしていませんか?」
「…………っ?!」
『聖女』の言葉に、僧兵は最初こそ困惑の表情を浮かべていたが、次第にその表情が驚愕へと変わる。目を見開き口をパクパクと動かし、身体も小刻みに震えだす。
周囲の皆が、どういう事なんだと疑問に思っている中、漸く僧兵が掠れた声を絞り出す。
「ま、まさか……貴女が……イヤ、貴女様が、あの時、私を……」
『聖女』は答えない。その顔に浮かべている笑みこそが答えだと言わんばかりに。
「……何だ? どういう事だ? お前は彼女に以前出会っているのか?」
国王が僧兵に問い掛けるが僧兵は答えない……イヤ、そんな余裕無いと言うべきか。何と僧兵は、涙を流しながらその場に膝を付き平伏したのだから。両手を顔の前で組み、只々感謝を捧げるように平伏している。
「……貴女は彼を知っているのか?」
「ええ」
「だが、この男はさっきまで貴女の事を知らなかった様だが……どういう事だ?」
「無理も無い事です。彼はあの時、私を直接に視た訳では無いのですし……彼此21年も前の事ですから」
「?……21年?…………っ?!」
『聖女』の言葉に出てきた年数に国王の意識が向き、少しの時間の後に思い出す。
――21年前に起こった大騒動。『一般兵による違法奴隷の解放及び関係者の捕縛』
王国の一般兵と『教国』の僧兵達によって、捕らえられていた違法奴隷の多くが助け出された事件。数多くの貴族が処罰の対象となり、今は亡き先王と当時の自分が寝る暇の無い激務に、イっちゃいそうになった忌まわしき出来事。しかも、その違法奴隷の中には獣人の子も含まれていた為、更に事態が深刻になった始末。当時を思い出し国王の顔が歪む。
21年前にあった大きな出来事はそれしかない。恐らく『聖女』が言っている事はそれの事だろう……しかし、あの時に彼女が関わっていたという話しは聞いていない。いったいどういう事なのだろうか?
「……21年前に貴女は何をしたというのだ?」
「何をしたと聞かれれば……心無い貴族に捕らえられていた子供達を、教会へと届けただけですよ?」
「…………何?」
「そこで感謝を捧げている彼は――あの時、私が一番最初に送り届けた子です」
「?!」
それを聞いて国王は思い出した。例の事件の際、捕らえられていた子供の数人が、一連の騒動よりも前に助け出され教会に保護されていた事実を。そんな報告が上がっていた事を。
結局、誰がどうやったのか、わからず仕舞いで終わってしまったあの不可思議な出来事が目の前の『聖女』の手によるものだったとは……
呆然としてる皆を他所に、『聖女』は平伏している僧兵に歩み寄り、その手を取って顔を上げさせる。僧兵は涙を流しつつ、しゃくりあげながらも感謝の言葉を捻り出す。
「お礼を……お礼をずっと、言いたかったのです……貴女のお陰で、私は、あの地獄から、漸く開放されて……」
「お礼を言う必要は有りません。むしろ、私は貴方に謝らねばなりません。助けるのが遅くなって御免なさい」
「?!! イイエ! 止めて下さい! 貴女が謝る事など!」
「そう言って頂けると幸いです」
引き込まれそうな程に美しい笑顔を浮かべる『聖女』と、その前で跪いたまま感謝の限りを尽くす僧兵。周囲の皆は、そんな2人を見て貰い泣きする者も少なくない。
――この場に居る者全てが、彼女が本物であると確信した瞬間であった。
そうして、僧兵が落ち着いたのを見計らって、『聖女』は完全空気になっていた枢機卿を見やる。
「……枢機卿殿?」
「――っ?! なっ、なんでしょうか?!」
「私が本物か偽者かは私にとっては関係の無い事です。私が今日ここに来たのは一つの目的が有るからです」
「……それはいったい?」
「他の方に聞いてきたのですが……今現在、エルフを含め他種族との諍いの矢面に立っているのは貴方だそうですね?」
『聖女』の語った内容に、何故今ここでその話題が? と思いつつも枢機卿は答えを返す。
「……その通りです」
「では何故、彼等の主張を一方的に跳ね除けているのですか? 真剣に話し合おうとしないのですか?」
「一方的なのはアチラ側です! 身元不明の遺体を『教国』の人間とでっち上げ、挙句の上に被害者がいると言いながらも、その遺体を見せる事もしない始末! そんな者達とは話し合うだけ時間の無駄です!!」
「……遺体を見せるのは無理でしょう」
「貴女様も同意見ですか! そうです! あの者「だって、死んでいないのですから」――なんですって?」
『聖女』の同意で上がったテンションが、『聖女』の言葉で沈静する。思いもよらぬ言葉に、枢機卿どころか国王含め周囲の皆全員に疑問符が浮かぶ。
「死んでなどいないのです。だから、遺体を見せろと言われても無理でしょう?」
「……?! だとしても! その被害者自身を見せる事は出来るでしょう! それが出来無いのは、やはり「私です」――はっ?」
「「「「「……はっ?」」」」」
枢機卿の言葉の合間にポツリと告げられた一言。ごく静かなその声はハッキリと皆の耳に届き――皆を凍りつかせた。
皆が聞き間違いであって欲しいと願う中、『聖女』は一言一句伝わる様にハッキリと述べる。
「その被害者は――私なのです。そして、私を殺そうとした者は――紛れも無く『教国』の者なのです」
「「「「「ーーーーっ?!!!!」」」」」
その場の全員が息を呑む・声にならない悲鳴を上げる。
わかる。わかってしまう。否応なく理解させられる。これまでエルフ達が何故被害者を見せられなかったのかを。
――『見せなかった』のでは無く『見せられなかった』のだと言う事実を――
既にこの場に居る者は例外無く彼女を『聖女』と確信している。その『聖女』が『教国』の手の者によって傷つけられた――こんな事実が明るみになれば、人間達の間で一騒動なんてレベルじゃない大暴動が……イヤ、『教国』そのものの存在意義が揺らぐ事になる。
現に、今この場に居る僧兵達の殆どが手に持っていたメイスを取り落とし膝から崩れ落ちている。それ以外の近衛兵や一般市民達も、なんて恐れ多い事を! とばかりに顔面蒼白で慄いている。
こうなってしまわない為に、敢えて事実を隠していたのだろう。
「すぐに謝罪をするものだと思っていたのですが……まさか、ここまで長い間認めずにいるとは予想外でした」
「い、イヤ。それは……その……」
「エルフ・獣人・ドワーフそして龍族。如何に長寿な方達といえ、20年も経てばこれ以上待っても無駄だと判決を下すのは仕方の無い事です」
「あ、あの……え……」
「ですから私が来たのです。真実を伝えるのにこれほど適した者はいませんから」
「…………っ?!」
悲しげに言葉を紡ぐ『聖女』。その表情を見て皆も理解する。彼女にとってもこの結末は不本意なのだろうと。
そんな沈んだ空気の中、意を決して国王が『聖女』に尋ねる。
「つかぬ事を聞くが……」
「何でしょうか?」
「貴女は、この20年何をしていたのだろうか?」
「何も……気がつけば時が流れていた、と言う所でしょうか」
「…………」
静かに首を振る『聖女』。それを聞いて、国王や周囲の皆は静養していたのだと察する。
――無理も無い事だろう。彼女は命を狙われたのだから……それも他ならぬ『教国』の者によって。身体だけで無く心にも深い傷を負ってしまっていたのだとしたら、確かに20年という期間は長いが……否定も出来無い。
「……貴女は、エルフ達と共に過ごしていたのか?」
「途中から……ですね。私はずっと森の中で一人でいましたからね。エルフ達に出会ったのは、例の事件の一年弱ほど前からですね」
それを聞いて納得がいく所がある国王。もし、生まれた時からずっと森の中で過ごしてきていたのならば、我々が――『教国』がその存在に気づけなくても仕方が無い。
基本、森はそこに生きる生物・モンスターのテリトリー。訪れる場所であって住む場所では無い。そんな所に住もうなんて人間、普通は居ない。
……それ故に盲点になっていたのだろう。
「――では、これで失礼させて頂きます」
「……えっ?」
「真実を伝える事。私の目的は達せられましたので……」
「おっ、お待ち下さい!!」
「……もう、十分に待ったのですよ? これ以上、何を待てと言うのですか?」
枢機卿の懇願を一顧だにせず、『聖女』は両手を胸の前に持ってくる。その両の手のひらの間に――大きな光の玉が現れる。
その場の皆が目を見開く中、光球は空高くへと飛んで行き――無数に弾け飛んだ。さながら、空中に咲く巨大な華の様に。弾け飛んだ小さな光の珠のそれぞれは、徐々に色を変えゆっくりと消えていく。
思わぬ幻想的な光景に、皆が空を見上げたまま余韻に浸っている中――
「――あれっ? 『聖女』様が居ないぞ?!!」
「「「「「?!!」」」」」
――誰かの声に、皆が見上げていた視線を地面に戻す。そこには先程までは確かに居た『聖女』の姿が消えていた。
何処に? と皆がキョロキョロと辺りを見回す中――
「――あ、危ないです! 降りて下さい!!」
――再度上がる声に皆の視線が集まる。声が聞こえた場所は、何と内防壁の上。兵士達が巡回する場所、その手摺の上に立っていた。内防壁の高さは10メートル程。落ちればタダでは済まない、一歩足を踏み外せば大惨事になる場所に何時の間にか立っていた『聖女』は――自ら身を空へと投げ出した。
「「「「「ーーーーっ?!!!!」」」」」
何で?! と皆が心臓を鷲掴みにされる中――
「「「「「――うわっ?!!」」」」」
――突如吹き荒れた突風に、皆が思わず目を覆う。この間僅か2~3秒。皆が再び見上げた時には――
「「「「「――――えっ?」」」」」
――『聖女』の姿は影も形も無くなっていた。
* * *
「急がねば……! 一刻も早く、ここから去らねば……!」
『聖女』の姿が消えてすぐに、枢機卿はその場を逃げる様に教会へと戻って来ていた。そして、急いで身支度を整えていた――『教国』へと戻る為に。
このまま王都に居てはならない。『教国』が『聖女』を殺そうとした事はすぐに王都中に広まるだろう。そうなってからでは逃げられない。
予想外な事が起こり続けてパニック寸前の頭を何とか理性で押さえ込み、後少しで終わるといった所で――部屋のドアが開かれる。こんな時に誰だ? と見やると、そこには自分と同じ法衣を着た二人の男性が立っていた――自分以外の枢機卿が。
「……どうして貴方達が? 『教国』に居る筈なのでは?――いや、今はそんな事を議論している場合ではありません!! 一刻も早く『教国』に戻らなければ「『聖女』様が現れたからですか? そして、真実を告げられたからですか?」――何故それを……?」
現れた2人の枢機卿。その片方からの言葉に愕然として聞き返す。それを見て、もう片方の枢機卿がヤレヤレとばかりに頭を振る。
「余程慌ててるんだな……普段のお前なら、俺達がここに現れた時点である程度察する筈なのにな」
「?…………っ?! まさか……」
相手の言葉に少し冷静さを取り戻した枢機卿は、『聖女』が『他の方に聞いてきた』と言っていた事を思い出した。彼女が言った他の方とは、つまり――
「そうだ。彼女は真っ先に『教国』にやって来たんだ。王都はその次だ」
「そして彼女は全てを語っていきました。私達が仕出かした事について全て……罪を問う訳でもなく、ただ真実を語るだけで……それを聞いた時の私達の心境がわかりますか?」
「謝罪する間も無くすぐに消えてしまうし。お前が王都に居る事を聞いていたから、ここに来るとは予想していたんだが……アッチの混乱を押さえ込むのに時間が掛かってしまった所為で、結局一足違いになってしまったようだな」
2人の話しから経緯はわかった。しかし、何故この2人はこうも落ち着いているのか? 今がどういう状況なのか理解していないのだろうか?
「今はすぐに『教国』へと「戻る必要はありません。贖罪の準備は出来ています」――贖罪?」
そして懐からその場に出される一枚の羊皮紙。それを見て顔色が変わる枢機卿。
「俺達もおかしいとは思っていたんだ。お前があそこまで頑なにエルフ達の言葉を跳ね除ける事を」
「ですが、蓋を開けてみれば単純な事でしたね――20年前の一件。直接の命を下したのは貴方だったとは……これがバレれば枢機卿の座どころか処刑される事は間違いありませんからね」
「……どうやって、ソレを……?」
「運……イヤ、相手が悪かったと言うべきか。お前の派閥の人間も、『聖女』様というお前以上の存在が現れたら、そっちを支持するに決まってるだろ?」
「ええ。『聖女様に償わなければならない』と言う私達の言葉に、貴方が何かを隠している事を隠し場所を含めてアッサリ話してくれましたよ」
「…………」
それを聞いてその場に崩れ落ちる枢機卿。そんな彼を数人の僧兵が連行していく。
それを見送った後。残された2人の枢機卿は真剣な顔を見合わせる。
「……これで終わった訳じゃない」
「当然です。結果として私達はこの20年間、愚かで在り続けたのですから……これから私達は問われる事になるでしょう。その信仰が本物であるかを」
「俺達の首が飛ぶな。比喩的にも物理的にもな」
「それも仕方無い事でしょう。今は『教国』という存在其のものが問われているのですから。ですが、逃げる事は許されません」
「ああ。そして『聖女』に示さねばならない。俺達の信仰は本物であるという事を」
* * *
――一方その頃。
「久しぶり~♪ フェズ。大きく……なり過ぎじゃない?」
自分を乗せて空を優雅に飛ぶ巨大な鳥の背中で、シノブはヨシヨシとばかりに背中を撫でていた。撫でられた方は嬉しいのか、鳴き声を上げながら一際大きく羽ばたく。
「おっと?! 安全運転で頼むよ?」
思わず落ちそうになり慌ててしがみつくシノブ。そのまま視線を後ろに――遠ざかっていく王都を向ける。
「うん。どうやら上手く隠せたみたいだね。フェズの事」
光魔術による光学迷彩の応用。薄い不可視のカーテン状のモノを作り、空に展開しておく。そうする事によって、遠くから飛んで来るフェズの姿が見えぬ様にしておき、後はタイミング良く跳べばフェズが勝手に拾ってくれる。その後で改めて自分とフェズに光学迷彩を掛ければ、自分達は急に消えた様に見える寸法。
「あ~~。肩凝った……『聖女』の真似なんてやるもんじゃないよね。まあ、あの時の子供が無事に育っていたのがわかったのはラッキーだったけど」
コキコキと首を動かすシノブ……さっきまでの雰囲気はどこへやら……
「でも、これで暫く人間達は外に目を向けられない。皆が移住するまでの時間を稼げる」
――そう、シノブが『聖女』に成りすましてまで王都に出向いた理由はそれだけ。自分が殺された恨みを言いにきた訳でも、『教国』に一言物申したい訳でも、罪を問いにきた訳でも無い。単に人間達の中でデカい騒動を起こしたかっただけ。エルフ・獣人・ドワーフ・龍族達が移住するまでの時間稼ぎに過ぎない。
「ボクは一度も自分が『聖女』だなんて言ってないし……勝手に勘違いしてるのはアッチだし」
先程の『聖女』然とした笑顔とは打って変わって、小悪魔的な笑みを浮かべるシノブ。それもすぐに引っ込み、風に靡く髪を抑えながらフェズに語り掛ける。
「ちょっと遠いけど、頑張ってね。フェズ」
任せろとばかりにスピードを上げるフェズ。目的地は海の向こう。自分達『半水棲種』の村。移住について話を付けておかないといけない。
……この後に、帰ってきたら正座で説教と待ち構えていた皆から、全高5メートルにまで成長しているフェズの頭の上に避難してやり過ごすシノブの姿があったという。
ご愛読有難うございました。




