襲撃である!舐めてはいけない
新年おめでとう御座います。
早速ですけど……ちょっと急展開。
「…………」
夜も更けた刻限。月も雲に隠れ、漆黒の闇に覆われた、とある街の中を音も立てずに小走りで進む人影。フードを目深に被ったその人物は目的の建物へたどり着くと、入口のドアの隙間に一枚の羊皮紙を差し込み、来た時と同様に音を立てずに去って行く。
――後に残された羊皮紙は、翌朝その建物の人物によって回収される事になり、さらにとある場所に送られる事になる。
* * *
某日。とある場所にて。ある者達の会話。
「――と言う訳だ」
「はい。それで確認した場合は?」
「始末しろ」
「畏まりました」
「では、行け」
「はっ」
「……全く。モンスター風情が聖女様と同じ――」
* * *
(Go~Go~♪ スライムGo~Go~♪)
夕焼け小焼けで日が暮れる黄昏時。エルフの村の外の森を、堂々と転がり進む白い楕円形の粘液状生物――ホワイトスライムのしーちゃん……もといシノブである。
彼がこうして単独でいるのは久しぶりの事である。どっかの村に居れば子供達に集られる。それ以外の時には巨大鳥のフェズに懐かれる。基本、誰かと居るのがデフォルトになっているシノブからしてみれば、久々の自由行動と言えよう。
(フェズは何時もの運搬業。エル達はお手伝い中。ん~~、なんか久しぶりの独りっきり~)
騒がしい日常も嫌いではないが、たまには息抜きも必要だと考えるシノブ。のんびり散歩を終えて、村へと帰る途中の彼は――
(――ん?)
――急にその場で立ち止まった。しかも、微動だにしない。完全に停止する。
(…………)
微風に木々の葉が揺れる音がする森の中。シノブはゆっくりと視線を周囲に向ける。別段、変わりは無い。変わりは無いのだが……
(…………な~んか、イヤな予感がする……そして――――この手の予感。ホント外れた事無いんだよ……ねっ!!)
瞬時にその場を飛び退るシノブ。そして――直後に、シノブが居た場所に突き刺さる投げナイフ。
手近な木の陰に隠れて辺りを伺うシノブ。しかし、怪しいモノは見当たらない。
(……投げナイフなんて使ってるんだから、相手は間違い無くモンスターなんかじゃ無いよね……でも、誰が? 襲われる心当たりなんて…………有ったよ)
本人はとっくに過去の事と忘れていたが、ユユが奴隷商に捕まった時には救出の為、王都で一騒動起こしている。、
聖女様を信仰してる『教国』から見れば、光魔術を使ってるシノブは討伐の対象になる。
……どちらかはわからないが、狙われてもおかしくない存在だったと、今更ながらに再確認するシノブであった。
しかし、何で今? 人間達の探求は少し前に終了している。エルフ達のお陰で自分の事は知られずに済んでいる。自分がドワーフ達の所から戻って来れたのもそのお陰なのだから。
(……取り敢えず、確認してみる必要があるね。偶々、珍しいモンスターを見つけたから襲ってるのか。それとも、ボクだと狙って襲ってるのかを)
試しに、少し離れた木に向けて高速回転ダッシュ。そして、シノブの後を追う様に再び地面に突き刺さるナイフ。先程と同じ事の繰り返しに見える光景。しかし、一つだけ違う点がある。
それは――
(――そっち!!)
――刺さったナイフの角度から飛んで来た方向を推察。そちらに向けてジグザグ走行でダッシュするシノブ。次々に飛んでくるナイフを躱しつつ走り続けるシノブ。
その先には――
(居た!!)
――一人の人物が居た。身体にフィットした黒い服にフード付きの黒いマント。フードを目深に被っているので人相がわからない上に、日が沈みかけている今の時間が創る木々の間の暗がりに身を潜めている為、身に着けている服とマントの色が相まって高いハインディング効果を生み出している――が。
(ボクには無意味だけどね!)
暗視能力の有るスライムからして見れば、この黄昏時で暗くなりつつある森の中でも視界は良好。そんな隠れ方ではダメダメとばかりに、シノブは軌道を一直線に切り替え、更に加速して黒フードに接近する。
(――っ?!)
それを見て黒フードがナイフの投擲を止めると、腰からショートソードを抜く。逆手に構えると自分からシノブの方に向けて走り出す。
思ったよりも素早く接近してくるそのスピードに内心驚きながらもシノブは迎え撃つ。
(スライムフラッシュ!!)
黒フードの眼前に現れる光球。一瞬、森の中が日中に戻る激しい光量を至近距離で浴びせられる黒フード。それを見てシノブは――
(――っ?!)
――咄嗟に軌道を直進から斜めに変える。一泊遅れて聞こえる鋭い風切り音。
そのまま手近な木の陰に隠れて、様子を伺うシノブ……どうやら黒フードも距離を取って隠れた様である。
(……避けなかったら斬られてた……当てずっぽうに振るったんじゃ無い。ちゃんとコッチを狙って斬ってた……目眩ましが効かなかった……と言うよりも防いだ?…………ボクが魔術を使えるのを……何の魔術を使えるかを知ってる?)
つまり、この黒フードはシノブの事を狙って来たに他ならない。シノブの魔術に対する備えや心構えを持って襲って来ている事になる。
(…………なら、ひょっとして?)
試しに光学迷彩で自分の姿を消すシノブ。そして、木の陰から音を立てずに出て行くと――
(――やっぱり!!)
――何処からともなく、正確にシノブに向けて飛来する投げナイフ。加速してその場から逃げるも、追尾するかの如く、次々とシノブの居た場所に突き刺さるナイフ。
(どうやってかはわからないけど、ボクの居場所を把握してる……光学迷彩は無意味みたいだよ)
そう思いながらも、光学迷彩を解除せずに走り続けるシノブ。と――
(――来た!!)
――何時の間に回り込んだのか、前方の木の陰から音も無く現れる黒フード。先程と同じ様にショートソードを逆手に構え、こちらに向かって来るのに対してシノブは――そのまま突っ込んで行った。
交差する両者。黒フードは振り抜いた手に確かな手応えを感じ――
「――チィッ?!」
――舌打ちと共に、そのショートソードを投げ捨てる。
捨てられたショートソードは、その両刃の片側――シノブを斬り付けた側が溶けてボロボロになっていた。
(ボクの居場所がわかっても、ボクの状態まではわからないみたいだね)
光学迷彩で消えたまま、シノブは斬られた身体を元通りにくっつける。
ダメージは無い。スライムに斬撃など、核を斬られない限り通じないし、何よりもワザと斬られたのだから備えは万全。
――唐突ではあるが、この世界における一つの常識を説明しよう。それは『スライムの核は身体の中心に位置する』と言うものである。一度でもスライムに遭った事の有る者・冒険者にとっては当たり前の事。
……しかし、それは間違いであるとシノブは知っている。自分自身、試してみたら、核の位置を身体の中なら何処にでも動かせたのだから――ならば、ソレを利用すれば良い。
核の位置を中心からズラしておけば、相手が先入観で斬ってくれれば当たらない。しかも、ついでに溶解液を汗の様に身体の表面に分泌しておけば、斬った刃物に付着する。金属すら軽々溶かす溶解液に、例え少量でも触れれば……結果はご覧の通り。
(……でも、武器一つダメにしただけ。決定打を与えた訳じゃ無い……それはムコウも同じかな)
この襲撃者は一度も魔術を使っていない。ナイフとショートソードだけ。それはつまり、大きな音を森に響かせたくないと言う事なのだろう。
この森はエルフ達の領域。騒ぎを起こせば直ぐに彼等が駆けつけてくる。それを回避する為であろう。
(逃げるのは…………な~んか無理っぽい。背中を刺されそう)
カンでそう判断するシノブ……となれば殺る事……もとい、やる事は一つ。
(撃退だね……さ~て、どうしようか)
現在の状況を詳しく思い浮かべて、アレコレ考え始めるシノブであった。
* * *
(――忌々しい…)
黒フード――襲撃者は内心で酷く苛立っていた。
上から命令を与えられた時には拍子抜けした。態々呼び出されたにも関わらず、告げられた内容はモンスターの、しかもスライムの始末であった。何故かと問えば、そのスライムが『白い』からだと言う。
――それならば納得がいく。我ら『教国』の者にとって『白』は『聖女様』の象徴。それをスライム如きが持つなど、『聖女様』への冒涜に他ならない。
装備を整え、情報にあった森に行ってみれば本当に白いスライムが居た。半信半疑であったが確認したならば後は殺るだけ。白かろうが所詮はスライム。これで終わりとナイフを投げてみれば――躱された。
……思わず声を出さなかった自分を褒めてやりたい。飛び跳ねた? スライムがあんな機敏な行動取れるのか?
しかし、驚きはそこで止まらなかった。スライムは木の陰に隠れた上に、スライムでは有り得ないスピードで動き回る。しかも、こちらに向かって突き進んでくる始末。咄嗟に愛用のショートソードを抜いて迎撃に備える。事前に相手が『光魔術』を使う事を知っていたお陰で、目眩ましをやり過ごせたが――こちらの斬撃も躱された。
二度目の斬撃に至っては逆にこちらの武器を使えなくされる始末。長年愛用してきた武器を使えなくされた事に加え、スライム如きに手玉に取られた事が頭にくる。
(殺すっ!!――っ?!)
視線の先。例のスライムが現れる。そして再び放たれる閃光弾。
咄嗟に目を瞑りやり過ごす。目を開ければ既にスライムは居ない。逃げられている。
(時間稼ぎか? 小賢しいっ!)
すぐに後を追う襲撃者。すでに夜になっていようとも、夜目が利く自分には関係無い。
そして、相手が姿を消していようとも関係無い。微かな草が擦れる音と、スライムが移動した為に踏み潰されていった雑草の跡が教えてくれる。この生い茂った森では、それらが十分に教えてくれる。
(――居たな!!)
程なくして、不自然に潰れていく雑草達を見つける。スライムの位置を確認した襲撃者は、そのまま接近しようとして――困惑した。
(何だ?!)
スライムが急に減速した為である。だが、これ幸いだとばかりに襲撃者は一気に距離を詰め、スライムに向かい――
「――がっ?!!」
――横からの衝撃に吹っ飛ばされた。一回、二回と地面を転がってから膝立ちに起き上がり、自分の状態を確認する。
見れば、着ていたフード付きマントの肩の所が大きく裂けている。幸い、肉体には届いていないが、一体何が?
「――チィッ?!」
疑問に思う間も無く咄嗟に伏せる。音も無く頭上を通過していったソレを、何とか視界に収める事に成功した襲撃者は思わず目を剥く。
(ラピッドオウルだと?!!)
それは体長1メートル程の黒いフクロウ。全身の羽毛どころか爪まで黒い夜行性の鳥型モンスター。大抵の者は気づく事無くその鋭い爪で引き裂かれる闇夜の暗殺者。
(しまった! 何時の間にかコイツの縄張りに……ッ?!)
違う。そうじゃ無い。自分がここに居るのは、あのスライムを追って来たから。つまり――誘導された。
「~~~~っ!!!!」
爪が手の平に喰い込むほどに強く握られる。奥歯が歯軋りする程に強く噛み合わされる。
また手玉に取られた事実が、襲撃者の理性の糸を2・3本ブチッと千切れさせる。
「――オラァッ!!」
着ていたフード付きマントを脱ぐと、それを闘牛士の様に構える。襲って来たラピッドオウルを見事に包み込むと、そのまま抱え込んで八つ当たり気味に地面に叩きつける。
ラピッドオウルが動かない事を確認すると、血走った眼で辺りを見回す。
(何処だ?! 何処に居やがる?!!――――そこかっ!!)
微かに響いた草擦れの音。そちらを見れば不自然に潰れた草がある。そこに居るのは間違い無い。が――
(…………)
頭に血が上っていても、残っている冷静な部分が囁きかける、
スライムの居るであろう場所にの少し手前。不自然に何も無い場所が存在する。草も木も何も無い所が。
(………………)
残り少ない投げナイフを一本投げる。そして――何も無い中空に突き刺さって止まるナイフ。
(やっぱりか!! 自分の姿どころか、木を丸ごと一本消してやがったのか!!)
気づかずに向かっていれば、勢い良くぶつかり気を失っていただろう。しかし、気づいてしまえば何て事は無い。
思わず唇の端が釣り上がる襲撃者の視線の先で潰れていく草々。スライムが消えたまま移動しようとしている――逃げようとしている。
「逃がすかっ!! お前のタネはもうネタ切れなんだよっ!!」
怒りの余りスッカリ口調が変わってしまっている襲撃者がスライムに向けて疾走する。
腰の後ろからダガーを引き抜くと、八つ裂きにしようとばかりに怒りの赴くまま、透明の木のすぐ横を駆け抜け――
「――ぐぶっ?!!」
――ようとしたら、地面に倒れていた。
(な、何が……)
酷く困惑して思考が纏まらない。
――駆け抜けようとした所での首への衝撃――思わず宙に浮く身体――地面に落ちる背中――
喉と背中に走る痛みが、その出来事が事実だと教えてくれる。だが今はその痛みよりも。やけに呼吸が苦しい事の方が重要であると、襲撃者は思わず喉に手をやり――ヌメリとした手触りに己の手を見やる。
その手は真っ赤に染まっていた――己の血によって。
「ゴフッ!」
一泊遅れて、咳と共に吐き出された血を見て、自分が喉を斬られた事に気づく襲撃者。
(ど、どうやって……何をされたんだ……)
訳が分からずに困惑し続ける襲撃者の視界の中で、消えていた木が姿を現す。それが見えていた襲撃者は、驚きと共にある1点を凝視する。
見間違える筈が無い。ソレはさっき捨てた筈の、自分が長年愛用してきたショートソード。木に対して垂直に突き刺さっているソレの片刃――溶かされていない方の刃には血が付いていた――己の血が。
ソレを見て襲撃者は愕然とする。
(……また……手玉に……取られた……だと……?)
* * *
(ご愁傷様)
地に倒れ伏した襲撃者を見て、シノブは運が悪いねこの人、と思っていた。シノブとしては、この仕掛けは相手の身体のどこかに当たれば御の字と思っていたのだが……やや身を屈めてしまった為に、まさか首に、しかも喉に当たるとは良い意味で予想外であった。
タネは単純。目眩ましの間に落ちていたショートソードを回収。ラピッドオウルの縄張り内で時間を稼いでる間に、木にショートソードを刺して木ごと透明にする。後は、透明の木に気づかなければ正面衝突。気づいたなら刺さっているショートソードの方にさり気無く誘導して、やっぱり正面衝突。
正直、そこまで期待してなかったのに、喉への裂傷と言う決定打を相手に与えてしまった事に、シノブは何だかな~と、ちょっと拍子抜けである。
(ま、いいか。結果オーライだし)
そう思っているシノブの前で、襲撃者がいきなり起き上がる。しかも、手で喉を抑えながら走り出す。喉を負傷し呼吸も困難な中、先程と変わらずの速さで逃げて行く。
(あの傷で良くやるね。でも……逃がさない)
すぐに後を追いかけるシノブ。襲撃者は振り向く事無く、ただ走り続ける。襲撃者の向かう方向から、シノブはその目的地を推察する。
(このまま行けば森の外……すぐ外には――川!)
しかし、シノブは慌てずにタイミングを待つ。
――森を抜けて襲撃者が外に出た瞬間。持っていた地属性の魔属石で襲撃者の足元に出っ張りを造る。
「――ぐっ?!」
足を取られて転ぶ襲撃者。すぐに起き上がろうとするも――
「――~~~~っ!!!!」
――それよりも速く、シノブの溶解液を足に受けて声にならない叫びを上げる。受けた右脹脛は肉どころか骨まで見えている。
しかもその上、シノブは容赦無く反対の足にも溶解液を浴びせて完全に歩行不能にさせる。
(これで、身動きは取れない……で、どうしよ? 話を聞く……って訳にもいかないしね)
会話しようにも、ホワイトスライムになってから何時もの光文字に治癒効果が付与されてしまったので、ンな事したら相手の傷を癒してしまう。
取り敢えず、相手の様子をジッと伺うシノブ。
(………………)
しかし、襲撃者は動かない。微動だにしない。
もしかして既に死んでいるのでは、とシノブが近づいた瞬間――襲撃者が仰向けに転がる。
そして懐から取り出したのは――
(――魔属石?! ってゆうかデカッ!!)
――魔属石であった。但しサイズがデカい。基本、携帯するのなら小石レベルの大きさなのに、襲撃者が取り出した魔属石は片手でギリギリ持てる大きさであった。
……どこにこんなの隠し持ってたんだコイツ?
「――ヘッ!」
(――っ?!)
口から喉から血を流しながら襲撃者はシノブを見つめる。その口が不敵に笑うのを見て、シノブは直感の赴くまま川に向かって走り出す。
(間に合えっ!!)
「――我が信仰は不滅なり!!」
* * *
……十数分後。
突然鳴り響いた轟音に、何事かとやって来たエルフ達が見たものは、焦げて抉れた地面と人間のモノと思しき肉片であった。
更にその後。一体のホワイトスライムの所在が不明になっている事に気がつき、何故かメイジスライム達も一緒に居なくなっており、人間以外の種族内で一騒動起こる事になる。
ご愛読有難うございました。
本日のモンスター図鑑はお休みです。




