懲りない者達である!……いい加減諦めない?
まだまだ続くよ日常編。
(さて……どうするべきなのかな?……)
大理石もかくやの如き、真っ白な身体を持ったスライムであるホワイトスライムなシノブは――現在、落とし穴の真っ只中に居た。
深さ的には……ぶっちゃけ大した事無い。精々1メートルぐらいであろう。彼ならアッサリ出られる。出られるのだが……
(う~~~~ん)
どうしよっかな~? などと考える事数秒。シノブは外に出る事を選択し――
(スライムホイルスピン!! アンド、ジャンプ!!)
――高速縦回転のまま、勢い良く外へ跳び出す。そして――
「いまだ! それーーっ!!」
「「「「「おーーーーっ!!」」」」」
(スピードアップ!!)
――投げ掛けられた投網を急加速で逃れ――
「「「「「とーーーーっ!!」」」」」
(スライム三角飛び!!)
――板で進行方向を塞がれそうになるのを、逆に踏み台にして逃れ――
「「「「「てやーーーーっ!!」」」」」
(スライムスラローム!!)
――投げつけられたボーラ(縄の両端に石が結ばれてる捕獲具)を不規則な軌道で回避し――
「「「「「このやろーーーーっ!!」」」」」
(スライムインビジブル!!)
――棒を持って襲って来る子供達を、光魔術による光学迷彩で姿を消して逃れ――
「「「「「まてーーーーっ!!!!」」」」」
(ダッシュ! ダッシュ! ダッシュ!!)
――追いかけてくる子供達を猛スピードで撒いて――
「「「「「ぜ~は~、ぜ~は~」」」」」
“まだまだだね”
――スッカリ息が上がって、へたり込んでいる子供達を尻目に去っていった。
* * *
(のんびりリラックス~)
所変わって獣人達の村にある厩舎の中。シノブはその中でマッタリしていた。
……先程の騒動は何かと言えば、ユユを筆頭とした子供達の……ハンティング? みたいなものである。
かつて、獣人達の村を初めて去る時、『捕らえた獲物は自分の物』理論でユユに捕獲されそうになった事があった。その時は、村長のトゥーガの機転のおかげで事無きを得たが……それ以来、この村を訪れる度に捕まえようとしてくるのであった。
しかも、最初はユユだけだったのに徐々に人数が増えていき、トゥーガが止めるように言っても、皆懲りずに捕まえようとする始末。
……結局。今では子供達の試行錯誤をシノブが軽くあしらい、大人達は呆れ半分・微笑ましさ半分で見守っている。
(段々コンビネーションが良くなってきてるね~。そろそろヤバイかも)
子供とは言え、侮れなくなってきてる事にシノブは成長を感じる。このままいけば本当に捕まってしまう事になるだろう。
そうなったとしたら、自分はどうすれば良いのであろうか?
基本、シノブはエルフの村の居候であると思っているし、エルフ達もそう思っている。もし自分が捕まって、獣人達が所有権を主張したら……
(……第二次大戦勃発だね)
以前のエルフ・獣人の子供達の抗争は引き分け――バカの所為で有耶無耶になったとも言える――で終わっているが……子供達は皆揃って引っかき傷を付けられたり、服が乱れ汚れたりとエライ事になっている。アレが再びと考えると……
(……どうしたものかね……そもそも、ボクは物じゃ無いんだけどね……この子で満足してくれないかな~)
視線の先には、この厩舎の中で明らかに異彩を放つモンスター――黄緑色のスライムが居た。
その名も『アロマスライム』。生み出した液によって、良い香りを辺りに漂わせるスライムである。現に本来ならば糞の臭いがするこの厩舎の中は、今は実に落ち着く香りで満たされている。家畜達が気持ち良く昼寝している程に。
このスライムを皆に発表した瞬間。エルフの村では女性陣による凄まじい争奪戦が勃発した。そのキャットファイトの凄まじさ絶るや……男性陣が総出で子供達を連れて避難した程であった。
……ちなみに収めたのは、『水分吸収による巨大化+スライムなる蹂躙走破』のコンボをブチかましたシノブであった。“うちのこをものあつかいしない!!”と酷くお冠であった。
(シロップスライムの方を連れてくれば良かったかな~。あっちの方が子供達向けだし)
とは言うものの、現在シロップスライムの数は一体だけ。しかもエルフ達がその甘さに夢中になっているので、新しく増えるまでは獣人達の村に連れて来る事は出来無いだろう。
(……どうしよ?)
* * *
“というわけで、どうしたらいいとおもう?”
「難しい問題じゃの……」
子供達が寝入った夜中。シノブは村長のトゥーガと居間で密かに相談していた。蓄えた顎鬚を撫でながらトゥーガはしみじみ呟く。
「今となっては儂や他の大人達の言う事も聞かんしのぉ……かと言って、強く出れば反発するのは目に見えとる。以前、一騒動有ったしの」
“それでだいじょうぶなの?”
「うん? ああ、他の事に関しては素直に聞いてくれるんじゃが……事、お主に関してはユユ達は止まらんのじゃ。愛されておるの」
(嬉しいけど、他の人達に迷惑掛けるのは如何なものかと……)
子供達の行動力に、どうしたものかと悩むシノブ。押しても引いてもダメっぽい。ならば、どうすれば良いのか……
「いっその事、お主自身でハッキリと言ってやったらどうじゃ?」
“うん?”
「情けない事じゃが、儂等では最早どうにも出来ん。お主が直接どうにかするしかないんじゃよ」
(……仕方無いか……)
* * *
「「「「「――――!!」」」」」
(……眼がマジだね)
そして翌日。シノブはユユ達十数人と対峙……包囲されていた。
勝負してユユ達が勝ったら、シノブがこの村に残る。シノブが勝ったら、もう二度とシノブを襲わない、という条件で勝負を挑んだら……ユユ達が総力戦に出たのである。皆が皆、思い思いの武器を手に持って構えている。
そして、トゥーガやラダなど大人達は、巻き込まれない様に距離を取って観戦していた。中にはどっちが勝つか賭けをしている者まで居る……殆どシノブに賭けているので、賭けが成立していない様だが。
「かくごしろ!! ぜったいこんどこそ、かってやる!!」
「「「「「おーーっ!!」」」」」
“ごたくはいいから、かかってきなさい”
「いけー! みんなっ!!」
「「「「「おーーっ!!」」」」」
ユユの宣言にアッサリ返すシノブ。それに反応して、掛け声と共にユユ達は一斉に――武器を投げ捨てた。
(おやっ?)
シノブの困惑を他所に、ユユ達はそのまま魔術を使って土の壁を造り、半球状のドームの中にシノブを閉じ込めた。土属性以外の子達は魔属石を使って土壁を造っている。しかも、一つだけで無く二重・三重・四重と幾重にも土壁を重ねていく。
(……あの~。これぐらいだったら簡単に溶かせるんだけど?)
真っ暗なドームの中に閉じ込められたまま、シノブは内心で呟く。
こちとら、金属ですら簡単に溶かせる溶解液を生み出せるんだぞ、と半ば呆れモードである。ユユ達も、その事は知っている筈なのに何を考えているんだか?
「つづけて、いけーーーーっ!!」
「「「「「おーーっ!!」」」」」
(ん? 続けて? 何する気?)
疑問に思うが、如何せん外の様子が見れないので、ユユ達が何をしているかわからない。
取り敢えず、相手の出方を伺う為にジッとしてみて――
(――何も起こらないんだけど……)
――な~んも起こらなかった。少なくとも、シノブに対して直接には何も起きていない。本当に外では一体何をしているんだか……
(取り敢えず外に出よ――あれっ?)
いつもの様に土壁を溶解液で溶かそうとするも溶けなかった――と言うか、溶解液が固まってしまった。
「どうだ! とかせないだろっ!!」
(うん?)
「れいとうさくせん! せいこうだ!」
「「「「「やったぁーー!!」」」」」
外に出て来ないシノブの様子からユユ達が喝采を上げる。
――シノブからはわからないが、ユユ達は水属性の魔術で土壁自体を冷凍したのであった。如何に強力な溶解液であろうと『液体』である以上、冷やせば凍るのは道理。霜が張る程に冷やされた土壁は、シノブの溶解液を見事に無力化していた。
(……中々やるじゃない。でもね――)
ユユ達の作戦に、素直に感嘆するシノブ。しかし、別に慌てた様子は無い。
そんな事に気づかないまま、ユユ達はシノブを閉じ込めた土壁に近づいて――
「これでぼくらの――ふにゃあああぁぁぁーーーーっ!!!!」
「「「「「わあああぁぁぁーーーーっ!!!!」」」」」
――落ちた。綺麗サッパリ見事にフリーフォール。突然陥没した地面と共に。
シノブが居る場所を中心に出来た、ドーナツ状の深さ3メートル程の穴に揃って落っこちた。
(残念~。罠を仕掛けておきました~♪)
外の悲鳴を聞いて、土壁の中でほくそ笑むシノブ。こんな罠、何時の間に仕込んでたかと言えば、最初からである。昨夜の内にコッソリ掘っておいたので、誰も気づかないでいたのであった。
(戦いとは始まった時点で勝敗は決まっているんだよ――よいしょ)
体内に仕舞っておいた火属性の魔属石で土壁を温めるシノブ。暫くやってみて、溶解液が凍らないのが確認出来たらそのまま土壁を溶かして外に出る。
そのまま穴の底を覗いてみると……死屍累々と言った光景だった。子供達が土に塗れてバタンキューな状態になっているのだから……
一応、底の土は柔らかくしておいたので大丈夫だとは思うのだが……
(ん? お~)
「――くぬっ……くそっ……もうちょっと」
覗き込んでいたシノブは、たった一人で穴をよじ登っているユユを見つける。
何とか登りきり、穴の淵に手が掛かったユユは、そのまま思いっ切り顔を持ち上げ穴の外に出し――
“ざんねん。まちぶせ~”
「ふにゃああああぁぁぁーーーーっ!!!!」
――た所でシノブの容赦ない体当たりを貰い、再び穴に落ちていった。合掌。
(勝利って虚しいモノだよね――――と言う訳で失礼)
アッサリ気持ちを切り替え、光球を空へと打ち上げるシノブ。
――その十秒後。疾風が獣人の村を駆け抜けた瞬間。シノブの姿も消えていた。
「――ん? あーーーーっ!! おりてこーーーーい!!!!」
ユユが穴の底から見上げた空には巨大な鳥――フェズの足に掴まれたシノブの姿があった。
“あけちくん。またあおう!”
「アケチってだれだーーーーっ?!!!!」
ユユの至極最もな言葉に答えるべき存在は、遥か空の彼方に飛んでいってしまった……何故か『ワ~ッハッハッハ!!』という声が聞こえる気がした。
「――で、誰がこの穴を埋めるんじゃ?」
……トゥーガの至極最もな言葉に答えるべき存在は、遥か空の彼方に飛んでいってしまっていた。
ご愛読有難うございました。
本日のモンスター図鑑。
――――アロマスライム――――
スライムの亜種。黄緑色の身体を持つ。
『発香成分』を『一定量消化吸収』する事で変化する。
治癒液の代わりに、香りの良い液体を生み出す事が出来る。
あまりの香りの良さに、鎮静を通り越して眠気を催します。ご注意を。




