スポーツである!良い汗かかない?
個人的に彼等に合うと思うんですけど……変かな?
(………………)
日は既に高く登った昼飯時。ドワーフの家々からは昼食の賑わいが聞こえる中、一人静かに屋根の上で佇む銀色の物体――シノブ。
朝起きてからここに佇む事、数時間。もはや、シルバースライムで無く、ただの置物と化している。
「野菜もちゃんと食べなさい!」
「いてっ!」
「好き嫌いすんじゃねぇよ」
「そう言いながら、人の皿に野菜を除けてんじゃないわよっ!!」
「はべしっ!!」
(…………)
……下から聞こえる家族の団欒?にも、シノブは反応しない。彼は朝からブルーな状態であった。
理由は昨日のケラとの一件である。あの一件が未だに後を引いている。元来、シノブは争いを好まない……まあ、キレる時はキレますけど。
とにかく、争う必要が無いならばそれに越した事はないと言う考え方である。あのケラにしても、襲われたのだから正当防衛ではあるが、そもそも自分があの廃坑に行かなければ出会わなかったと考えると……
この街に来たかもしれない。どっか別の場所に行ってくれたのかもしれない。行った先で普通に過ごせたかもしれない。可能性は否定出来無い。
(…………)
しかし、考えた所でもう意味は無い。既に彼は殺してしまっている。あの時には選択肢はそれしか無かった。所詮、スライムな自分には戦闘中に殺さないように手加減なんて出来る訳無いのだから……それをしたら、自分が殺されていただろう。
……ん? たかがモンスター如きに考え過ぎ? 忘れたの? 彼もスライムと言うモンスターなんだよ? モンスターを軽んじる事は自分自身を軽んじる事になるんだよ。
(……こうしていても何も変わらない、か……)
嘆くのはもう十分やった。良い加減行動しよう、とシノブは動き出す。
* * *
(とは言っても、自分にはコレが精一杯)
先の廃坑の中。墓標代わりの、地面に刺した木の枝の前に、街の外の山中を駆けずり回って集めてきた花と果実を、お供え物として置くシノブ。
ケラの死骸は無い。甲殻等の使えそうな部分はドワーフ達に持って行かれ、残された部分はシノブが黙祷と共に消化した。
(経験談だけどね。来世は本当にあるから、生まれ変わった先で幸せになってね……じゃあ、また来るね)
暫しの黙祷の後。シノブは出口に向かって進む。
――程なくして、見えてきた出口から外に出る。既に夕焼けに照らされたドワーフの街では……
「くたばれ、コラァッ!!」
「テメエの方がくたばりやがれっ!!」
「スっ込んでろジジイ!!」
「ケツの青い若造が! ほざくなっ!!」
「前々から言おうと思ってたんだがなっ! オマエの作る物はデザインが下手なんだよっ!! 美的感覚狂ってんじゃねぇか?!」
「鏡を見てから言いやがれっ! そのツラで美的感覚なんて言葉使うんじゃねえっ!!」
「オリャオリャオリャオリャーーッ!!!!」
「ダラララァーーーーッ!!!!」
……ファイトクラブ……若しくはバトルロイヤル的な事が起きていた。
すり鉢状の街の最下層にある広~い広場な所で、ドワーフの男達が殴る・蹴る・掴んで投げると言った喧嘩の真っ最中だった。女性達は少し離れた所で、呆れた様に見ている。流石にコレを止める事は出来無いだろう……イヤ、そもそもバカバカしくて止める気にならないのかもしれない。
(…………)
さてここで確認だが。今日シノブは朝からブルーな状態であり、それは今も続いている。言うなれば『一人きりで静かに過ごしたい』と考えている。
――そんな彼が、いきなり近くで大騒動など起こされたら、どう思うだろうか? しかも、それがくだらないものだとしたら?
(…………)
身体の中より取りい出したるは水属性の魔属石。魔力を込めて虚空より何の変哲もない水を出して自分に掛ける。
(…………)
水を掛ける――水分を吸って身体が大きくなる。
更に水を掛ける――身体が大きくなり続ける。
まだまだ水を掛ける――女性達が気づく。
これでもかと水を掛ける――女性達が子供達を連れて避難する。
(…………)
水が止まった頃には、直径5メートルに及ぶ銀色の球体が存在していた。
彼はそのまま勢いを付けて、自分の居る段差から最下層の広場へと転がり落ちていった。
“おまえらあたまひやせーーーーっ!!”
「「「「「――――へっ? だああああーーーーっ!!!!」」」」」
――――スライム大暴れ中――――
“いいおとながなにしてるのさ”
「「「「「ハイ。モウシワケアリマセン」」」」」
事が終えた広場には、一同勢揃いで正座するドワーフの男性達と、彼等に説教するスライムといった有り得ない光景が見られた。
シノブは元のサイズに戻っている。余分な水分を治癒液として排出したのである。
……正座しているドワーフの男達は、皆ボロボロである。弾力が有るとはいえ、直径5メートルの球体に蹂躙されたのだから当然であろう。ある者は弾き飛ばされ、またある者は下敷きにされた。皆、為す術も無かった。
(この街にきてから、ボク、キレてばっかな気がする……)
多少の刺激ならば良い。しかし、度を越したのはノーサンキューである。本来自分は温厚な性格なのだが……
「あはは。それくらいで勘弁してやってくれないか?」
と、笑いながら声をかけてきたのは、短い茶髪の中年の女性だった。実に割腹の良い、オカンを地で行くこの女性はグレッコの奥さん。エリンさんである。
「ーーくっ、このバカ達も、くふっ、本当に反省、ふふっ、してるからさ」
……笑いを堪えながら言ってるので、緊迫感に欠ける。まあ、ドワーフが勢揃いで正座する姿など、見たくても見れないモノなので仕方無いと言えよう。
“えりんさんにめんじて、ゆるしてもいいけど”
「ありがとうよ――聞いたかい、馬鹿どもっ!! わかったら、次からはこんな馬鹿な事はやんじゃないよっ!!」
「「「「「ハイ。ワカリマシタ」」」」」
頭を下げた後に、家に帰る一同……その背中が小さく見える。
「あ~~。ホント済まねぇ……」
「本当だよ。全く……」
頭を掻きながら現れるグレッコ。彼もさっきまで正座していた一人だったので、罪悪感が有るのだろう。
“ちのけがあらいれんちゅうおおいしね”
良い加減、怒りも収まったので冷静に分析するシノブ。
“いさかいをとめるひとはいないの?”
「……いねぇな」
「……いないねぇ」
溜め息と共に告げる二人。ヤレヤレと言った雰囲気である。
「そもそもこの街には他と違って、『長』っつうもんが居ねぇんだよ」
「ああ。我の強いモンばっかだからねぇ」
(……要は、ホントに職人さんの集まりって感じなんだね)
物作りに秀でているが、それ以上でもそれ以下でも無いのであろう。下手なリーダーシップも頑固な職人達の中では、意味を為さないのであろう。
「だから何か有ると、そのままの流れでイっちまうんだよな」
「ちょっとした事ならアタシ達で止めるんだけどねぇ……時には、ああして大騒ぎになってしまうんだよねぇ」
“どうにかできないの?”
「……要は、適度に鬱憤を晴らせる事が出来れば良いんだけどねぇ……」
「……ソレが出来れば苦労しねぇよ。こんな山ん中じゃ娯楽も無ぇし」
(……鬱憤晴らし……娯楽……血の気の荒い……大騒ぎ……)
* * *
「ぬうううううぅーーーー!!!!」
「づうううううぅーーーー!!!!」
数日後。街の最下層の広場に急遽特設された舞台にて、二人の男が己が力を競い合っていた。全身全霊の力を込めて、己の肉体――その鍛え上げられた筋肉を発揮していた。
「ーーーーっ!! だっしゃオラーーーーっ!!!!」
「――ぬわあああーーーーっ!!!!」
長い拮抗も終わりを告げ勝者は舞台に残り、敗者は舞台の外に転落する。
勝者は全身で勝利の喜びを表し、敗者は全身で敗北の悔しさを表す、非対称な現実がそこには存在していた。
そして……
“しょうしゃー、ぐれっこー。きまりてはー、うわてなげー、うわてなげー”
……舞台――土俵の上で軍配……らしき物を持って、行司役をしているシノブ……
周りで観戦する者達のボルテージは凄まじい。水をかければ湯気が立つ程であろう。
――シノブが提案して受け入れられた『相撲』は、ドワーフ達の心をグッと掴んで離さなかった。
単純な力では無く、技を使わなければ勝てない所に、男達は殴り合いよりも面白いと感じ。女性達はグーで殴ってはならない所に、無駄に怪我をする馬鹿が減って、怪我の手当をせずにすんでいる。
何よりも『一人一日一試合』のルールにより勝負への真剣さが増している。
そんな訳で、ここ数日は先日の様な大騒ぎは起きていない……イヤ、もっとデッカくなっちゃったか?
……ちなみに、流石にマワシは無い。上半身裸でやっている。
“ひが~し~”
「おっしゃあっ!!」
“に~し~”
「よ~しっ!!」
……なお、シノブが行司役なのは、当然細かいルールや決まり手等を知っているのが彼だけだからである。
隣には女性用と子供用の土俵も作られ、そっちも大盛況である。
「ーーーーっ!! りゃああぁぁーーーーっ!!!!」
「――くっ!! ちっくしょうーーーーっ!!!!」
“きまりては~、おしだし~、おしだし~”
ドワーフの街は今日も平和……だよね?
ご愛読有難うございました。
本日のモンスター図鑑はお休みです。




