爆走である!ゴールは……無い
暑い~。熱中症にはお気を付けて。
(まだかな♪ まだかな~♪)
ある日、森の中、実に呑気な感じでいるシルバースライム――シノブ。
今現在進行形で何をしているかと言えば……ただ、ジッと待っているだけであった。
何を待っているかと言うと、樹液が容器に溜まるのを待っているのである――甘い樹液が。
(は~やく♪ はやく♪)
木の幹に付けた傷から滲み出た樹液が、その下に括り付けられた容器に少しずつ溜まるのを、根気強く待っている。
……シノブ以外誰も居ないが、その理由は単純。微妙に時季外れだからである。何で彼が……と言うと、思い立ったが……と言うヤツである。
この作業自体は簡単なのだが、採取の難易度は高い。何故かと言うと――
(あっ。また来たよ。しつこいな~)
――この森に生息するモンスター。スウィーツベアーの所為だからである。
果物を何よりも愛するモンスターであるが、基本甘い物好きなこのモンスターは、この甘い樹液を採取していると高確率で横取りに現れる。その為、常に見張りを立てて追い払う必要が有る。
しかも、下手に殺し過ぎると森の生態系が狂う為、基本的には追い払うという手を取らざるを得ない。
それは、今現在も変わらないので……
(ていっ。てやっ。このっ。えいっ)
久々使用の遠距離攻撃。溶解液による威嚇射撃で、スウィーツベアーを近づかせない。
しかし、敵もさる者――諦めた、と思わせておいて突然現れる事を繰り返し、シノブも溶解液だけで無く光魔術での目眩まし等、かれこれ1時間程、攻防が続いている。
(ふんっ。ていやっ。このこのっ)
……そうして暫くの間。クマを追い払おうと努力するスライムと言った、世にも珍しい光景が続くのであった。
――――スライム防衛中――――
(溜まった~。長かった~)
更に1時間経過し、作業開始から言えばトータルで2時間。ようやく、容器いっぱい――ドンブリ一杯分――の樹液が溜まった。
後は、この容器を持って帰るだけなのだが……スウィーツベアーは未だにこちらを狙っている。
(……う~~ん。この容器を持っちゃうと、さっきみたいに遠距離攻撃は出来無くなっちゃう……となると、ボクは逃げの一択になる。ムコウもそれに気づいたら、押せ押せで来るだろうしな~)
詰まる所はスピード勝負。
――シノブが村へと続くトンネルまで逃げ切れるか。
――それまでに容器をスウィーツベアーに奪われるか。
勝利条件は明白。実にシンプル。
(ここは久々に『一輪車モード』で行こう)
――二度目になるが説明しよう。『一輪車モード』とは、上にモノを乗せている部分をサドルに見立て、それより下の部分をタイヤに見立てる事で、上に乗せたモノを落とす事無く高速移動できる形状である――
(後は、後ろを見ずに、前向いてGO!)
樹液の入った容器を乗せるなり、シノブは突っ走る。
――――スライム逃走中――――
(コーナリングの魔術師! し~ちゃん参上!)
木々の隙間を縫う様に、激しく蛇行を繰り返しながら進むシノブ……傍から見てると激しく異様な光景である。
そして、シノブを追うスウィーツベアー。両者のスピードは意外にも拮抗している。
理由は、木々が生い茂る森の中では一直線に走るのが難しい事と、乗せている容器の所為である。容器自体は落ちる事は無いが、中身の樹液が零れそうになるので、スピードをあまり出せない。結果として『速さ』では無く『小回り』で勝負しなければならなくなる。
(秘技! スライムドリフト!)
追い付かれそうになる瞬間に、通常では有り得ない角度で曲がるシノブ……コイツ、腕を上げやがったな。
寸での所で逃げられたスウィーツベアー……めっさ、鼻息荒くなってきてる。
両者の激闘?は着実にヒートアップしていってる。本来スウィーツベアーは、ハチミツや甘い樹液よりも果実を好む筈なのに、先程から目に付いた果樹を尽く無視してシノブを追っ掛けているのが、その証拠である。
(スライム三角飛び~~!!)
……ただ何か、イマイチ締まらないのは仕方無い。やってる当人達は真剣……の筈ではあるが。
(――ん?)
と、逃げるシノブの前方を巨大な倒木が塞いでいた。左右どちらかへ方向転換する事も出来るが、敢えてシノブはそのまま突っ込んで行き――
(ホップ――)
軽くジャンプして――
(ステップ――)
更に、タイミングを計るかの様にジャンプして――
(――ストップ!)
――その場で急ブレーキを掛けて急停止した。
「――?!」
それに意表を突かれたのは、追っ掛けていたスウィーツベアー。
獣の知能と言えど、先程の挙動からシルバースライムが何をする気かは予測していた。
……しかし、蓋を開けてみればシルバースライムが取った行動は、倒木を飛び越えるのでは無くその場での急停止。スウィーツベアーは止まろうとするどころか、慌てふためき地面の凹凸に足を取られる始末。
――前方へ投げ出される身体。視界を埋め尽くしていく倒木――
それら全てをどうする事も出来ず――
「――グゥオォォォォォォッ!!!!」
――ドゴンッ!! と言う音と共に、顔面から倒木に突っ込んでいった。
(……本日の事故件数。スピードの出し過ぎによる衝突事故1件)
何時の間にか、ちゃっかり安全な位置に避難していたシノブがしみじみ呟く。
これでもう、後はのんびりと村へ戻るだけだと、踵を返――
「……グゥ」
――そうとする前に、スウィーツベアーが立ち上がる。
鼻息が荒いどころか、呼吸に合わせて鼻血がビチャビチャ飛び出てる……気の所為か、鼻がビミョ~に曲がっている様な……
血走った眼でシノブを睨んだスウィーツベアーは、再び突っ込んできて――
(――ロケットダッ~シュ!!)
――両者の競争は第二回戦に突入した。
――――スライム爆走中――――
(よっ! はっ! おっと! うわっ!)
先程と同じ様に繰り広げられる追いかけっこ。ただし、そこには少しの違いがあった。時折シノブに向けて放たれる弾の存在である。
スウィーツベアーが、地面に落ちている石やら木の枝やらを、見つけては掴んで投げてくるのであった。
スライムなシノブは、当たった所で痛くも痒くも無いのだが、容器に当たっては中の樹液が零れてしまう。それ故に回避を余儀なくされて、先程よりも逃走のペースは落ちている。
(う~~ん。何とか隙でも作らないと、いい加減、容器の方が持たないかも――――って?!)
思考に没頭していたシノブに突如、何か大きな物体が飛んで来る。
慌てて回避するシノブ。スウィーツベアーに投げ飛ばされたソレは、すぐ近くの木にぶつかり、グチャッとへばり付いた。
(……えっ?)
木にへばり付いたソレは、な~んか見覚えがある。
ぶつけられた衝撃で原型を留めてないが、黒光りする甲殻に大きな顎。三つのパーツに分かれた身体に六本の足。
(…………)
シノブは恐る恐る視線をスウィーツベアーの方に移す。
放り投げた体勢で固まっているスウィーツベアーの足元には、木にへばり付いたモノと同じモンスターがいた。
この森では良く見かける、常に二匹一組で行動するアリ――ツヴァイアント。
「――――キシャァァァァァァ!!!!」
――――スライム真剣逃走中――――
(スウィーツベアーのバカ~~っ!!)
限界ギリギリのスピードで森を逃げるシノブ……とスウィーツベアー。
両者の背後からは迫り来るアリ・蟻・アント。森の地面は覆い尽くされて、さながら『黒い絨毯』を通り越して『黒い濁流』になっている。
(あ~。もう! このままじゃ、帰れない!)
普段ならば木に登るなりしてやり過ごせば良いのだが、今回はそれが出来無い。
――先程、ツヴァイアントが木に投げつけられた時。その時に飛び散ったアリの体液が、少量だが身体に付いてしまったからである。
つまり、今のシノブにはアリの匂いが付いてしまっている所為で、アリ達から敵認定されているのである。匂いが原因では、光魔術で姿を消しても意味が無い。
更に問題として、逃げている方向がある。
村へ入る為のトンネル。現在そちらとは違う方向へと逃げている。かと言って、トンネルへ向かえばアリ達に集られる……微妙に詰んでいる。
(ど~しよ! ど~しよ!)
疲れを知らないスライムの身体だから何時までも逃げられる。
……しかし、このアリ達も何時まで・何処まで追って来るのかわからない。想像するのもイヤだが、このまま森の外まででも追い掛けて来るとしたら……
(……この場に留まってスライム無双!……うん。無理だね。考えたボクがバカだね――――あっ!)
馬鹿げた事を考えていたその時。
前方の木々。その一本に留まる一体のモンスター。巨大なセミ――ヒュージホルン。
(ナイスタイミング!! アレに!――アレに?)
何でも良いからあのセミに刺激を与えれば、例の轟音で全てを気絶させられる。
シノブはソレをしようとして――気づいてしまった。今現在、シノブは樹液の入った容器を持っている……猛スピードで逃げている為、落ちない様にしっかりと抱えた状態で……そんな状態では、何時もの遠距離攻撃が出来無い。
つ~ま~り、シノブがセミに何かするには、その容器を――
(~~~~!! スライムジャンプ! アンドスロー!)
内心で涙を飲んだシノブが、跳び上がりざまに容器を放り投げる。放物線を描いたソレは見事にセミに当たって――
「――ツクツクボ~~~~~~~シ!!!!!!!」
……何とも気の抜ける轟音が発せられた。
後に残ったのは気絶したクマと地面を埋め尽くす程のアリ達。そして難を逃れたシルバースライムと……中身が零れてスッカリ空になった容器。
(…………)
容器を回収して村へと帰るシノブ。その背中には、哀愁・寂寥感等、色んなものが漂っていた。
――――…スライム帰還中――――
「あっ、また躓い――グハッ!」
帰って来るなり、ちょっかいを掛けようとしたバカに容器を投げつけるシノブ……不思議な事に、容器には石が詰められていたそうな。
(あ~。エルに謝らないと……)
――数分後。とある家で互いに謝り合うスライムとエルフの子供が居たそうな。
“ごめんね、える。からめるそーすはまたこんど”
「……ん。ぶじに、かえってきてくれたから、いい」
【オマケ】
「ほう。コレが吹き矢か……」
“うん”
「こうして矢を込めて、勢い良く吹けば良いんじゃな?」
“そう。でもひとつだけちゅういてんが”
「何じ「大変です!」……何事じゃ?」
「ヤルバンのバカが、矢を喉に詰まらせました!!」
「……注意点とは、この事か?」
“うん。いきをすってからくちにくわえるのに、くちにくわえてから、いきをすうとそうなる”
「……まあ。身をもって証明してくれた……と言う事にしておこう」
ご愛読有難うございました。
本日のモンスター図鑑はお休みです。




