一大事である!時間が無い
暑いと頭が回らない……
涼しいと眠くなる……
意志薄弱な私……
(今日も良い天気だね~)
冬来りなば春遠からじ。
如何に日差しが強くても、未だ寒さには勝てない冬の日々。春を静かに待ち続けるそんなある日。
ある家の屋根の上で、昼の日差しを浴びて銀色に輝くミラーボール……もとい、シルバースライムが居た。
別にサボっている訳でも、黄昏ている訳でも無い。強いて言えば『避難している』が一番近い。何からと言うと……
「こらーー!! おりてこーーい!!」
……下で、こちらを見上げて叫んでいるユユからである。
シノブがこの村に来て三日目なのだが、初日以降、事あるごとに襲われている。
(何だかな~……)
襲われている理由は……正直、何と言うか……
この獣人の村は広大な草原の真っ只中にあり、草原には多くのモンスターが生息している。当然、村の外は危険であるので、外に出るには一定年齢以上に成らなければ許可されない。
……しかし、子供達は好奇心から外に出たがる。ユユもその一人である。そんなユユが考えた結果行き着いた答えが、自分は外に出ても大丈夫だと皆に知らしめる事であった。
……で、一番手っ取り早い方法と思いついたのが、モンスター退治であった。しかし、退治したいモンスターは村の外。でも、村の外には出れない……そんなジレンマの最中に現れたのが、一応モンスターであるシノブであった。しかも弱いスライム……子供でも倒せそうな……
……と言う訳で、シノブは四六時中狙われている。『お前を倒せば皆が認めてくれる』なんて勘違いな考えの所為で……
(……流石に、そんな理由で倒されてあげる訳にはいかないけどね)
「おーーりーーてーーこーーいーーっ!!」
(ハァ……)
良い加減、石でも投げてきそうな雰囲気なので、仕方なく飛び降りてユユの前に着地する。
それを見て、ユユも木の棒を構える。スライムに鈍器が効かないのは本人も良くわかっている。わかっているが……刃物を持ち出そうとした所をトゥーガに見つかり、ゲンコツをもらったのは記憶に新しい……そんな訳で木の棒である。
「てりゃーーーー!!」
(…………)
「てりゃっ!! とりゃっ!! えいやっ!! このっ!! このっ!!」
執拗にシノブを叩くユユ。しかし、ちょっと凹んだだけですぐに元通り。どれだけやっても暖簾に腕押し。糠に釘。
その内に段々とユユの動きが鈍くなっていく。体力切れである。
(……スライム白刃取り)
「えっ?」
その隙を狙ってシノブが動く。名前は仰々しいが、やってる事はたわいない。打ち込まれた木の棒を身体に取り込んで、動かせない様にしているだけである。
「こーーのーー!! はーーなーーせーー!!」
必死に引っ張るも、しっかりと取り込まれた木の棒は動かない。如何にスライムでも、子供の力には勝てる。
(リリース)
「うわっ?!」
ユユの動きに合わせて木の棒を解き放つ。突然の事に、引っ張ろうとした身体がそのままの勢いで後ろに倒れていく。
(キャッチ・アンド・ロック)
「あうっ?!」
先回りして、倒れるユユの下に行く。背中から倒れたユユを受け止めて……そのまま腰の辺りを取り込んで、身動き取れないようにする。
(レッツ、ロックンローリング)
「――にゃあああぁぁぁーーーーっ!!!!」
その場でユユごと回転するシノブ。遊園地のコーヒーカップの如く容赦なくグルグル回り続ける。
そして、半ば磔状態でそれを味わうユユ。持っていた木の棒は、既にどこかへ飛んで行き手元に無いが、んな事を気にする余裕など無い。
(フィナーレ)
「――ふにゃぁ……」
たっぷり3分程回転し続けた後、ユユを解放するシノブ。解放されたユユは、ふらふらしながらへたり込む。普段は元気良くピンとしている猫耳と尻尾も、今は力無く垂れている。
“まだまだだね”
「……ま、まてぇ……うにゃっ……」
その場を去ろうとするシノブと、追いかけようとするユユ……しかし、目が回っている所為で立ち上がろうとしても、すぐにバランスを崩して倒れてしまう。
シノブはユユの力無い言葉を背に、その場を立ち去る――
「――たぁーーーー!!」
(…………)
――前に、今度は別の子供が襲いかかってくる。ユユの行動に触発された子供である……とは言っても、ユユみたいに倒して認めてもらう、といった事では無く、シノブと遊ぶ為に構ってくる、と言う感じである。
しかも周りには、他にも触発された子供達が居る。
(……フル・アヘッド)
――しばらくの後。その場にはユユを含めた7人の子供達が目を回して倒れていた。
* * *
(シルバースライムは~~♪、頑張っちゃってんだ~~♪)『ヤンバルクイナは飛んだんだ調で』
心の中で暢気に歌など歌いながら家畜への治療行為を続けるシノブ。
場所は厩舎の中。骨折している家畜の患部に治癒液を塗りこんでいる。効果が有るかどうかわからなかったが、程度の軽い骨折だった家畜は既に歩けるまで回復している。まだ三日しか経っていないのにこの回復速度。どうやら塗り込む事でも治癒液は効くようだ。
(順調~順調~。これなら後数日で、お役御免だね~)
事を終えて、象――リーファントの背中の上で経過観察しているシノブ。自分から乗ったのでは無い。乗せられたのである……リーファント自身に。
傷の治療をした所為か、どうも家畜達に懐かれている……のは良いが、気を抜くとすぐに危ない目に遭ってしまう。ニワトリ――シャープクックのトサカで斬られそうになったり、豚――ディグピッグの角で刺されそうになったりと、落ち着いていられない。向こうはじゃれついてるつもりなのだろうが……
そして、リーファントにも例外無く懐かれている。それ故の背中乗せである……最初は踏み潰されそうになったが……
(さ~てと……それじゃ、バイバイ)
リーファントの背中から降りて、厩舎から出て行く。家畜達の見送り付きで。
(………………あれ?)
厩舎を出た所でシノブは、無い首を傾げる。何時もなら、このタイミングでユユが襲って来るのだが、それが無い。
(…………?)
アチコチ視線をさまよわせるも、襲って来る気配も無ければ、ユユが隠れている気配も無い。普通の昼下がりの光景しか見当たらない。
(……イヤな予感がする)
前世での経験からシノブは考える。
子供が、普段とっている行動と違う事をするのは、それ以上に興味を引くモノを見つけた可能性がある。
――村の外に出たがっているユユが見つけた『それ以上に興味を引くモノ』とは何か?――
(こんな時に思い出すのは何だけどさ――)
村の中を探し回りながらシノブは思う。
(――この手のイヤな予感……前世から外れた事が無いんだよね)
* * *
「…………」
ラダは寡黙な男である。基本、何があろうとも沈黙を貫く。家畜達が暴れようとも、子供達が騒ごうとも、目の前でシルバースライムが村中を縦横無尽に走り回ろうとも……
「…………」
短い付き合いではあるが、ラダはシノブとは出会い頭に意気投合した仲。シノブが意味不明な行動をしないとわかっている……つまり、今の縦横無尽走りにも意味が有る事になる。
話しを聞こうと一歩踏み出そうと――
“ちょっといい?”
「…………」
――する前に向こうからやって来た。ラダは頷いて先を促す。
“ゆゆがみあたらない。むらじゅうどこにも”
「!!――皆!!」
描かれた文字を読み、内容を理解すると同時に声を張り上げる。普段、静かなラダが大声を出した為に皆の注目が集まる。
「ユユが『外抜け』したかもしれん!!」
「「「「――!!」」」」
その言葉に手の空いている者だけで無く、何かしらの作業をしていた者も放っぽり出して動き出す。
あっと言う間に村中が騒がしくなる。
「――おーい!」
と、三人の男達が数人の子供を捕まえてやって来る。捕まってるのはユユと共にシノブを襲っていた子供達である。
「これっ!」
一人が手に持っていた物を皆に見せる――ロープ。
「――村の外に出たのか?! 何人だっ!!」
「ユユ一人だ! 一時間程前らしい!」
「――っ!! おいっ! 皆行くぞ! 門開けろ!!」
告げられた内容に、ラダ以下十数人が大急ぎで門の方に走って行く。後に残されたのは半ベソかいている子供達とシノブ。
(ボクも行きたいけど、この辺りの地理に詳しく無いからね……皆に任せよ)
心配しながら村を出て行く皆を見送る……と、誰かの気配を感じて視線を向ける。
「さて、お主ら――」
(――? フルバック!!)
そこに居たのは村長であるトゥーガだった…口は笑っているが眼は笑っていない……
危険を感じ、その場を急速離脱するシノブ。トゥーガは腰を抜かした子供達に言う。
「――ゲンコツ一つで済まされると思うなよ」
* * *
「失礼する」
日が暮れかけた頃、探しに出ていた者達を代表してラダがトゥーガの家を訪れる。ただ静かに、祈りながら待ち続けていたシノブとトゥーガは、ラダの表情を見て結果を知る。
「……見つけはしたのか?……それとも、見つからなかったのか?」
「……見つからなかった」
“どういういみ?”
二人の会話の内容がイマイチ理解出来なかったシノブは尋ねる。
「……普通、モンスターに襲われたのならば痕跡が残るものじゃ……血痕であれ死体であれ、な」
「……だが、何も見つけられなかった」
“なにも? どういうこと?”
痕跡が何も残っていない? ならユユはどこに消えたのか?
その答えをトゥーガは苦々しく告げる。
「人攫いじゃよ……」
(…………)
その瞬間、彼から感情が消えた。頭の奥がスゥッと冷めていくのを、確かに感じるシノブ。
(エルの時だけじゃ無く、ここでも……)
“なんのために?”
「……奴隷だ」
ラダが端的に告げた言葉に衝撃を受けるシノブ。『奴隷という存在が居る事』では無く、『奴隷という存在が居る事に思い至らなかった』事に衝撃を受けた。
……ここは現代日本では無い、ファンタジーな世界。ちょっと考えれば奴隷の存在に行き着いても良い筈。現に、エルも攫われようとしていたではないか?……しかし、その後に出会ったエルフ達・獣人達が良い人ばかり――バカ一人除いて――なので、奴隷なんて居ないと思っていた……そう思い込んでいた。
「……おそらく、お主の考えてる奴隷のイメージ……半分しか当たっとらんぞ」
“はんぶん?”
「まず最初に言っておくが、この世界で奴隷は人間達の国にしかおらん。そして奴隷と言えば普通、犯罪者か何らかの事情で借金をして返済出来無い者達がなる……ただし、『教国』の管理下でな」
“きょうこくの?”
「そうじゃ。教国の管理下でそれに見合った労役が課せられる、違法した者は即死刑じゃ。教国の連中の教会は、人間達の国中の至る所に在るからのぉ。連中の目から逃れる事は出来ん……普通ならの。それが違法奴隷じゃ」
“どうやって?”
「単純じゃよ。誤魔化せるだけの力を持っているからじゃ……つまりは、貴族共じゃ。あの国の貴族共は選民意識が強い者が多いから、そういう事に対して罪の意識を持たん。平民達は普通に良い奴らばかりなんじゃが……」
(世界が変わっても、変わらないモノはあるんだね……下衆って言うモノ)
感情が冷め切った心でしみじみ思うシノブ。
“なんとかできないの?”
「……実を言うと、今回が初めてでは無いんじゃ。数年おきに、度々起こってしまっているんじゃが、結局証拠が無くて泣き寝入りじゃ……教国の連中も、確たる証拠無しではのぉ……そもそも何処に連れて行かれたかが、大まかにしかわからん」
“どこ?”
「王都じゃ。獣人の子は高く売れるからの」
(…………)
心の中が絶対零度レベルまで冷め切るシノブ。違法したら即死刑でありながらも違法奴隷を欲しがる理由など、胸糞が悪くなるモノしか思いつかない。
あの子を……ユユをそんな目に遭わせる訳にはいかない。
“おうとってどこにあるの?”
「……聞いてどうする気だ?」
ラダの質問に、魔術で姿を消す事で答える。驚く二人にシノブは告げる。
“ぼくならたすけられるよ”
ご愛読有難うございました。
本日のモンスターはお休みです。




