魔術である!そこ!バカのおかげとか言わない!
しつこい様だけど……スライムはスライム。
魔術を使えるようになっても、それは変わりません。
(…………え~~と?)
暗い森の中に灯る唯一の光源の下。その光源を生み出した本人は、めっさ困惑していた。
(ボクが出したんだよね……?)
視線の先には宙に浮くテニスボール大の光球。それが辺りを照らし、ここだけが昼間の様に明るくなっているので、さっきまで自分を襲っていた黒い鳥の姿もハッキリとわかる。
全身を黒い羽毛に覆われている上に爪の先まで真っ黒。姿形からフクロウらしい。それが地面に引っ繰り返って気絶してる。
(……本来なら、今の内に殺しておいた方が良いんだろうけど……キミもある意味、利用された『被害者』だからね~。そこまでする気は起きないんだよね~……と言う訳で、このまま放置で……今は、それよりも――)
――この光球が気になって仕方が無い。と言うか、さっきから身体の奥から何かが抜けていってる感じがするのだが……
(……えいっ)
試しに光球が消えるイメージを頭に浮かべる――光球が消えて、辺りが暗闇に塗りつぶされる。何かが抜けていく感じも無くなる。
(……えいっ)
今度は光球が現れるイメージを頭に浮かべる――光球が現れて、辺りが明るく照らされる。何かが抜けていく感じも復活する。おそらく、この感じは魔力を消費しているのだろう……という事は、やっぱり自分は魔術を使っている――使えるようになったらしいが……
(……イキナリ過ぎだよ。今まで、努力してきた意味が有ったのかわかんないよ。これじゃ……)
何というか、初めて自転車に乗れるようになった時の感覚に似ている。乗れるようになるまで散々練習したのに、いざ、乗れるようになるとアッサリ乗っている、あの感覚に……それまでに何度も転んだのは、いったい何だったのか……
(まあ、今は魔術が扱えるようになった事を喜ぼう。しかも、シルバースライムって『光属性』だったんだ)
少しずつ、心の中がウキウキしてきている彼は、調子に乗ってアレコレ試してみる事にする。
――――スライム魔術実験中――――
(う~~~ん……)
約30分程、気絶している黒いフクロウが起きないかを確認しながら検証してみた結果、ビミョ~としか言えなかった。
確かに『光属性』なのだが……まんま『光』しか生み出せないのだ。光球の形・大きさ・色まで自由に変えられるのはわかったが、それ以上の事は出来無い。ゲーム等に良くある『光を束ねて矢にして放つ』的な事が出来無い。どうやっても光は光、攻撃手段とならない。
(せっかく魔術を使えるようになったのに……精々目くらましレベル?……光属性って……)
色々と思う事はあるが、そろそろフクロウも気絶から目を覚ましそうだし、何よりも、どうにか村へと戻らないとエルが悲しむ。
(このまま、ここで誰かが探しに来るのを待つのは危険。こんなモンスターが他にも居るかもしれないし……)
しかも、何時になったら見つけてもらえるかもわからない。となると――
(――自分から動くしかないね~。でも、サチャの木の所為で村には近づけない……なら――)
内心で仕方ないと思いながら彼は――
(――奥の手使っちゃえ)
――誰にも言ってない手を使うのであった。
* * *
「ふっふっふっ。くくくく、わ~はっはっはっ!!」
その日、朝食を終えてからヤルバンは機嫌が良い――を通り越してバカ笑いを響かせていた……自分の部屋の中で良かったね……変な目で見られずに済んでる。
「あのスライムは、昨夜の内にラピッドオウルに殺られてる筈だ……実に上手くいったぜ」
ここ数日、あのスライムが夜に出かけている事は知っていた(ストーカーじゃ無えぜ!)ので、密かに誰にも気づかれずに計画を立てていた。
そして、昨夜に実行――袋に詰めて運び、思いっきり村の外にぶん投げた。風属性の魔術で後押しして飛距離を伸ばし、ラピッドオウルの縄張りまで吹っ飛ばす。
あのモンスターの獰猛さは、村の皆も良く知っている。そんなモンスターの縄張りに放り込まれれば、如何に知能が有ろうが銀色だろうが所詮はスライム。逃げる術は無い。仮に逃げ延びてもサチャの木がある以上、村には戻って来れない。
「成功だっ!!」
昨夜の事は誰にも見られなかった。故に、この後スライムがいなくなったと騒ぎになっても、自分は疑われない――事もないが、証拠は無いので自分を断罪する事は出来無い。
「後は、コッソリ村の外に出てアイツの死骸を確認するだけ……万が一生きていたら、その時はオレがこの手で始末すれば良い……完璧だ!!」
皆が村の中でスライムを探している間での出来事。ならば誰にも気づかれる事無い。邪魔者はいなくなり、この村に平穏が訪れる。
ヤルバンは窓を開け、実に爽やかな笑顔を浮かべながら外を見渡す。
「何時も見ている景色がより鮮やかに見える……それだけ、オレの心が澄み切っているからか……」
いつもと変わらない日常の光景なのに違って見える。朝日が輝く青い空も、見慣れた村の家々も、過ごしている皆も、朝からはしゃぐ子供達も、そんな子供達と戯れる銀色のスライムも…………?
「――あぁ?」
おかしい。幻覚が見える。
アレへの感情があまりにも強かったのか、いない筈のアレの姿を幻視してしまうとは……よっぽど、アレを憎んでいたらしい……
ヤルバンは乾いた笑みを浮かべながら、ヤレヤレと頭を振ってもう一度視線を外に向ける。
「――あ゛あ゛?!」
おかしい。幻覚が消えない。何回、目を擦っても消えない。と言うか――
良い加減、現実を認めたヤルバンは、窓から飛び出し――彼の部屋は1階――そのままの勢いで憎きスライムへと駆けて行き……
「なぁぁぁーーーーんんんんーーーーでぇぇぇーーーー!!!!」
……あまりの表情に、子供達が半泣きで逃げるのも構わず駆け続け……
「てぇぇぇーーーーめぇぇぇーーーーえぇぇぇーーーーがぁぁぁーーーー!!!!」
……全力疾走且つ、全力絶叫している為に、顔が真っ赤を通り越して赤黒くなっているのを押し殺して駆け続け……
「こぉぉぉーーーーこぉぉぉーーーーにぃぃぃーーーー!!!!」
……なんかもう、人として、あっちゃならない表情をしているのに気づかずに駆け続け……
「いやがるっ!!!!」
……ズビシッ、という擬音が聞こえてきそうな程に力強く、指をスライムに向けて突きつけた。
そして、呼吸が定まらないまま言葉を続ける……倒れないのが不思議。
「テメエはこのオレが昨夜に村の外に放り出しただろうがーーー!! なのに何で戻って来てやがるっ!! どうやって戻って来たっ! 何で戻ってこれた! テメエいったいどんな手を使いやがった!! て言うかっ! テメエ自由に村の外に出れるのなら、今すぐ「ヤルバン」――誰だよ! オレは今すぐにコイツを――」
叫びながら振り向いた視線の先には――
「今の発言について色々と聞きたい事が有るんじゃがの……のぉ、皆の衆」
「「「「ああ」」」」
――にこやかな笑顔を浮かべている、村長であるアムリナ……ゴゴゴゴという擬音が背中に見える……
その後ろには数人の男達。先頭は父親であるアーバン……指をバキバキ鳴らしてる……
「――!!」
「逃がさんぞ」
ヤルバンが身を翻して逃げようとするよりも速く、皆がメーリェンの木の表皮を剥いで加工した、例のパピルスもどきを使いイモ虫状にグルグル巻きにして、逃げるのを防ぐ。
そして、そのままどこかに引き摺って行こうとするが、もがきながらヤルバンは叫ぶ。
「――待てっ! 待ってくれ!」
「なんじゃ?」
「ソイツはどうやってサチャの木を越えて村に入ったんだ?!」
「本人曰く、土を溶かして地中を通ってきたそうじゃ」
「…………ハァァァ?!」
「確かに、土の中まではサチャの木の香りも届かんからの。その手を使えば村に戻って来れるのぉ」
……言葉にすれば簡単だが、実際にやった本人から言わせてもらえば、かなりキツかった。
何せ森の中なのだから、少し地中に潜った程度では木の根っこだらけなのである。下手に根っこまで溶かして地中を進めば、その影響で木が枯れるなんて事も有りうる。それ故に、かなり深く潜って進まなければならなかった。
しかも、モグラの様に地中を根城にする生き物がいてもおかしくは無いので、慎重に進まざるを得なかった。
トドメに、地中ではどれだけ進んだか、真っ直ぐに進んでいるのかがわからず、何度も何度も検討を重ねた。地上に出る時は、かな~りオッカナビックリだった……
まあ、何とか日が昇るよりも早く家に戻り、朝食の場で一連の出来事を告発する事が出来たが……
「……言いたい事はそれだけかの? ならば「弁明の余地を!!」……有ると思うか? 本気でそう思っとるのか?「……deathよね~」引っ立てろ!」
アムリナの言葉で男達がヤルバンを引きずって行く……首根っこでは無く足首を掴み、あおむけでは無くうつ伏せの状態で引きずっているので顔面が……皆、わかってやってるね……
「……のぉ、モノは相談じゃが、お主の世界の処罰の為の道具を教えてくれんか? 何なら、拷問の道具でも良いんじゃが……」
(…………どうしよう? なんか色々と頭に浮かんできた……しかも、教えるのに抵抗の無いボクがいる)
ギザギザの木の上に正座させて、膝の上に石を乗せる……ぐらいなら、教えても良い気がしてきたシノブであった。
* * *
少し時間が経って昼食後。リビングルームにはエル・アムリナ・カレリナ・セムイル、そしてシノブと皆が勢揃いしていた。
理由は単純。魔術が使えるようになったシノブが皆に報告且つ披露している為である。
「――!! ~~っ!!」
赤・青・黄・緑と色だけで無く、大きさまで様々な光球が現れては消える光景に、エルは目を輝かせて魅入っている。
しかし……
「「「……………………」」」
……他の三人は難しい顔をして黙り込んでいた。
正直、そんなリアクションは予想していなかったので、シノブも困惑気味である。
“どうしたの?”
と、文字版を使ってではなく、魔術で空中に光で文字を描いて尋ねる。当然、魔力を消費しているが微々たるものなので、幾らでも描ける勢いである。
「……シルバースライムって、光属性だったのね……」
「……よりにもよって、厄介だね……」
「……同感じゃ……」
“どういうこと?”
「……?」
苦虫を噛み潰したような三人の表情に、シノブだけで無くエルも首を傾げている。
顔を見合わせ頷き合う三人。代表してアムリナが口を開く。
「あ~~、まず先に謝っておく。以前、お主に説明した事じゃが……一部、伝え忘れがある」
“なに?”
「『光属性』と『闇属性』なんじゃが……実は、使える者は今現在この世界に一人もいないんじゃ……」
(はぁ?!)
衝撃の事実に心の中で叫びを上げるシノブ。驚いている間にも話は続く。
「大昔には、普通に居たらしいんじゃがの。段々、数を減らしていき……今では誰もおらん……最後に居たのは約1000年前じゃ。これだけでも、お主が如何にアブナイかがわかるじゃろ?」
“わかりたくないけど、わかっちゃったよ”
この世界で唯一と言える光属性の魔術を使うレアな存在。しかもそれが、長寿なエルフでも滅多にお目にかかれないシルバースライム。
レア×レア=スーパー通り越してウルトラレア。国宝級。特別天然記念物。世界遺産等々、色々な言葉が頭に浮かぶが……そんな高尚なモノでは無い。ただの『お宝』として欲の皮が突っ張った連中か、『実験動物』として研究が目的の学者どもに狙われるだけである。
「しかも更にアブナイのは、光属性だという事だね」
“このうえなにがあるの?”
セムイルの言葉に、勘弁してよとばかりにシノブは尋ねる。
「実は光属性の魔術には『治癒効果』が有るんだよ――それをふまえた上に、『教国』では光属性の魔術を使う者は神聖視されてる」
“きょうこくって?”
「人間達の国の一つ。宗教国家だよ――ただし、崇めてるのは『神』じゃ無くて『人』だけどね」
“ひと?”
「さっき言った『1000年前の最後の人』っていうのが光属性でね。各地を巡っては、治療行為をしていたらしくてね――そんな『彼女』を慕う者が集まって、何時しか『聖女』と呼ばれるようになり、その信仰は『聖女』の死後も続き――そして、国家を形成するに至る」
“それだけすごいひとだったんだね”
「らしいね――で、そんな教国の人間達から見たら、キミの存在は……」
その言葉を聞いて、タラリと冷や汗――治癒液――が流れるのをシノブは感じた。
“ぼくがしんこうのたいしょうにならないよね?”
「……どちらかと言うと、『聖女様と同じ魔術を使うとは、なんて恐れ多い!!』……って、殺しに来るんじゃ――ああ、エル。この村に居る以上、そんな事はさせないし、連中に教える気も無いし大丈夫だよ」
涙目になって怒気を発するエルに、慌ててフォローするセムイル。シノブ達も後に続いてフォローする。
「――――ところで」
エルの機嫌が治った所で、カレリナが喋りだす。他の皆も注目する。
「確かめたい事が有るんだけど?」
「何じゃ?」
「その光属性の魔術の治癒効果。具体的に、どれだけの効果が有るのかを知りたいの」
カレリナの言葉に他の皆がナルホドと頷く。ある意味、伝説上の存在とも言える光属性。聖女とまで謳われる者が使っていた魔術。
……確かめずにはいられない。
“でもどうやって?”
「……取り敢えず、コレでどうかな?」
そう言って、自分の指を少し噛み切るセムイル。
「この指に魔術を掛けてみてくれ」
“うん”
何時もの『光』のイメージに『治癒』を加えて魔術を発動する。現れた光球は指を照らし、傷口を――
「「「「……………………」」」」
(……………………)
――治らない。一切合切変化無し。ただ傷口を照らすだけ……
“むりみたい”
「……そうみたいじゃの」
一分程照らした後、何の変化も無いのを見て光球を消して、光文字で告げるシノブ……微妙に寂寥感を感じる……
「……これは、どういう事かしら……」
「……わからないな……暴論だけど、スライムだから……とか?」
何故か納得してしまいそうになる皆――エルは除く――であった。
“でもぼくにとってはあんまりかわらないよ”
「……それもそうじゃの」
“でしょ?”
元々、治癒液を持っている身なのだから、治癒の魔術を使えなくても何も変わらない。
(結局、光をどうこうするしか出来無いんだね………………ん? 光?)
ふと、思いついた事を試してみる。イメージ的には、身体を覆う様な感じで魔術を発動。すると――
「ぬおっ?!」
「えっ?!」
「ええっ?!」
――3人とも驚きの声を上げるのを見て、シノブは成功した事を確信する。シルバースライムからグリーンスライムへと色が変化した事を……
(成功~♪ 光学迷彩~♪)
光を『生み出す』では無く『操る』と考えればこういう事も可能では? と実行してみたが成功のようである。
“どう?”
「成程。擬態か……光を操作して身体の色を変えるとはのぉ……これなら、教国の連中等から誤魔化せるの――うん? エルはそろそろ昼寝の時間かの?」
気がつけば、エルの頭がコックリコックリ揺れている。それを見て、アムリナがシノブに頼む。
「スマンが――」
“はいはい”
返事を返して、エルを乗せてリビングルームを出て行くシノブ――それを見届けて、カレリナがアムリナに話し掛ける。
「で? どうするの、母さん。彼の事……」
「……追い出すのは論外じゃ。彼はこの村の皆に受け入れられておるし、恩も多い」
「同感。彼がシルバースライムになったのも、元はと言えばエルを助けてくれたのが発端だし……」
「しかし教国の連中は、こと聖女に関する事にはしつこいからのぉ……あの擬態も常にしておける訳では無いし……万が一、連中に知られた時の事を考えると……」
「――いっその事、『皆』巻き込んじゃいますか?」
二人が話し合ってる所にセムイルが口を挟む。その意見に、二人が顔を見合わせる。
「どういう事じゃ?」
「この世界の皆を巻き込んでしまえば良いと思うんですよ。人間達は例外として――」
「成程。『他種族』も巻き込むのか……確かに、わしらエルフだけよりかは――」
「でも、その場合、彼の存在の有用性を――」
……と、三人が真剣に議論している時。当の本人はというと――
「……スゥ……スゥ」
(……動けない)
――エルに捕まり、抱きマクラとして一緒のベッドの中にいた。両手両足での完全なハグ。シノブは逃げられない。
(仕方が無いか……エルが起きるまで――)
「ーーーーァァァーーーー!!!!」
(…………オヤスミ)
どこか遠くから、バカの悲鳴が聞こえた気がした。シノブは気にしない。
ご愛読有難うございました。
本日のモンスター図鑑。
――――シルバースライム――――
スライムの最上位種。消化力と治癒力が凄まじく強い為、金以外の全ての金属を溶かす事が出来て、外傷なら切断した手足をくっつける事も出来る。
光属性の魔術を扱えるので、自分自身の色を別の色に見せて別種のスライムに擬態する事が出来るので、数が少ないのも相まって滅多に見つけられない。
『超高濃度の栄養』を摂取する事が進化条件――ただし、そんなモノ自然界では強力なモンスター等、簡単に消化吸収出来るモノでは無いので、事実上進化はほぼ不可能。運良くその死骸でも見つければ別。




