お勉強である!試験も何にも無い
お気に入り件数――50件達成!
この場を借りてお礼を言わせていただきます。
皆様、有難うございます。
主人公がようやく他人と関われるようになったので、この辺りから『名前有りの人物』や『世界の設定』などが良く出てくるようになります。
……まあ、一気に出すとアレなんで、小出しでいこうと思ってますが…
あと、今回でようやく主人公のXXXが……
秋も深まり、葉の色が綺麗な紅に染まる木々を収める広大な森――通称『森人達の聖域』の中。
森の一部を切り開いて造られたエルフの村落の内の一つ。その村では今日も平和な一日が訪れていた。
大人達は日々の務めを果たし、子供達は元気に遊び回る。ただし、ここ最近その村には一つの変化があった。
それは――
「まて~~!」「やだよ~だ」「にげろ~」「――!」(コッチコッチ)「うわ~!」「つかまらないよ~!」
――村の広場で、鬼ごっこで遊ぶ子供達に紛れて……と言うか一緒に遊んでいる、直径5~60センチ程の大きい楕円形の銀色のスライムが一体。
子供達は怖がるどころか、むしろ楽しげに一緒に遊んでいた。それを見た大人達も別に何も言うこと無くそのままである。
「――イタッ!」
(――!)
遊びに夢中になり転んでしまった子。それに気づくと、すぐに方向転換してやって来るスライム。
(はい、動かないでね~。イタイのイタイのトンデケ~)
身体を伸ばして、膝小僧に付いた土と滲み出ている血を取り込みつつ治癒液を塗る。十秒と経たずに怪我をする前のキレイな状態へ元通りになる。
「ありがと~」
ちょっと、くすぐったそうにしていた子供が笑顔でお礼を言う。それに彼が答えようとした所で……
「――つかまえた」
(……あれ?)
……何時の間にか近づいていた、鬼だった子にタッチされていた。彼にタッチすると同時に逃げて行く……転んだ子も一緒に……
他の子供達も遠巻きに距離を取っている中、彼はと言うと……
(……ヤルじゃない!――いっくよ~!)
……内心で燃えてました。身体を『手』の形に変形させて、子供達を追いかける。この姿だと転がっての移動ができず、手首に当たる部分での這いずっての移動の為、スピードが遅いのだが――
「うわ~!!」「すがたかわった~!」「――!!」「つかまったら、とかされるぞ~!」「にげろにげろ~!」「たいへんだ~!」
――子供達にはウケていた。笑顔で悲鳴を上げながら逃げる子供達と、それをジワジワと追いかける『巨大な手』。
スピードがゆっくりになった分、子供達から見れば、所々で一休み出来る丁度良いスピードになっている。
(待て待て~~!)
「「「「「わ~~!!」」」」」
――――これが、この村での最近の日常である。
村の皆からは最初は、いくら知能が有るとは言えモンスターが村の中に居る事に色々な声が上がったが、その声はすぐに鎮静した。
村の中を案内するエルリナと、その後をついて行くスライムを実際に見たからである。話し掛けながら案内するエルリナのすぐ近くを離れずに、時折伸ばした身体を振って意思の疎通を見せるスライムが、良く躾けられたペットを通り越して仲良しな友達に見えたのである。
そんな一人と一体を見て、まず子供達が興味を持った。そして自分達とも意思疎通が出来る事がわかり、そのままの流れで一緒に遊び、打ち解けたのである。
大人達も、子供達と遊んでくれて、ついでに遊んでる最中についた傷をその場で治してくれるスライムに警戒心を解いたのである。
しかも、元々エルフは森で採れる薬草類から色々な薬を作る『薬学』に秀でた種族なので、スライムの治癒液の効力の高さに注目する者達が現れ、研究の為に欲しいと言う者も現れた。
――そんな訳で、彼がこの村に居ついて十日間。
大人達からは定期的に治癒液を提供してくれる『生きた薬』。子供達の遊び相手になってくれる『ベビーシッター』。
子供達からはとても楽しい『不思議なモンスター』と思われていて、今現在では彼が村に居る事に反対する者は殆どいない……唯一、反対するのは丸坊主になったバカ一人……
* * *
「「「「「またね~!」」」」」
「……ん!」
(バイバ~イ)
遊んでいた子供達は、お昼ご飯の時間になったので、さよならして各々の家へと帰っていく。彼もエルと一緒に、現在居候中の彼女の家に帰る。
――ちなみに、普通の木造りな家である。決して、どこぞの世界のように高い木の上に住んではいない……落ちたら危ないし。
「……ただいま」
(ただいま~)
帰って来た一人と一体は玄関から廊下を通り台所兼、ダイニングルームへとやってくる。そこでは、エルの祖母であるアムリナは既に席に着いていて、エルの母親であるカレリナは丁度食事の支度を終えた所である。
「お帰りなさい。手を洗ったらご飯にしましょう」
「ん」
簡潔に答えて、蛇口に魔力を通して水を出し手を洗うエル。その間にテーブルの足を伝ってテーブルの上に登る彼。行儀が悪いがスライムである以上仕方が無い。エルが席に着いた所で揃って両手を組む。
「「「いただきます」」」
(いただきます)
そして食事を始める一同。今日のメニューは鳥肉、野菜、ハーブを煮込んだスープと、果実に甘い樹液――メープルシロップ的なもの――をかけたデザートである。
皆はスプーンとフォークで食べているが、スライムな彼は皿にのしかかる様にして取り込んで消化吸収している。
(……味覚が欲しいよ……)
スライムの身体では栄養の高さしかわからず、美味しそうな料理なだけに切実に乞い願ってしまう。スライムな自分にまで、ちゃんとした料理を用意してくれる事に感謝してもしきれない。
……ちなみに、「そんなヤロウ、残飯で十分だ!!」とほざいたバカは、エルを先頭とした子供達に制裁という名のリンチを喰らい、動けるようになるまでの一時間、誰も助ける者はいなかったそうである。
――――スライムお食事中――――
「「「ごちそうさま」」」
(ごちそうさま)
食事を終えて一息つく一同――ただし、エルはコックリコックリと舟を漕いでいる。
エルは内向的な性格故に、スライムに会うまでは外で遊ぶ事は殆ど無かった。しかし、今はスライムだけで無く他の子供達とも遊ぶようになったので、家族としては嬉しい限りである。
……だが、体力はそう簡単につくものでは無いので、お昼寝の時間も増えている。
「……ん……おやすみ」
そう言って、自分の部屋へ行こうとするけど、途中で膝からガクッとして倒れ――
(――おっと)
――そうになる所を身体で受け止めるスライム。直径5~60センチ程の楕円形且つ弾力の有る身体は、クッションに近いので柔らかく受け止める事が出来る。
「……ありがと」
(しょうがないね。全く……)
そうして、エルを乗せたまま移動する彼。器用に落とさないまま廊下を渡り、階段をよじ登り、部屋のドアを開け……るのはエルにやってもらい、ベッドのすぐ傍に着くと、エルが彼から降りてベッドに寝る。
「おやすみ……スゥ」
(オヤスミ~)
エルが眠るのを見届けてから、器用にドアを閉めて部屋を後にする。階段を降りて一番最初に話し合った部屋――リビングルームにやって来ると、既にアムリナが待っていた。
「来おったか……エルの面倒を見てくれてすまんの。スッカリお主に懐いてしまっておるからのぉ」
(気にしなくてもいいよ。子供の世話は前世で慣れてるし)
礼を言うアムリナに、伸ばした身体を横にフリフリして、気にしないでとアピールする彼。アムリナは軽く咳払いして続ける。
「それでは、始めるかの」
(お願いします)
言って、アムリナがテーブルに広げるのは数枚の『文字』が刻まれた木版――この世界の『文字』である。
――彼に知能が有るなら文字も理解出来るのではないか?
――そうなれば意思疎通が取れるのではないか?
そう考えて彼に提案したのを彼も承諾したので、それから毎日勉強しているのである。
――ここで再び説明しよう。
この世界での識字率は『広くて浅い』。簡単な文字は広まっているが複雑な文字は扱える者が限られている。
日本語に例えるなら、『平仮名』は子供の時に親から習うので誰でも読み書きが出来るが、『漢字』は専門職に就く者、もしくは高等教育を受けた者でなければ読み書きが出来無い。
なお、これは全種族共通の『共通文字』で、エルフ達には固有の『エルフ文字』が存在するし、薬学に精通しているので複雑な文字も扱える。
「――今日は、ここ迄にしておくかの」
(ん……有難うございました)
2時間程勉強した所で終わりを告げられる。
勉強の方は順調である……順調過ぎる。どうも、転生の時に『管理者』から貰った『言語理解能力』のおかげのようである。見た事が無い文字なのに意味がスンナリ理解出来てしまうので、勉強を初めてから九日間で簡単な文字はほぼマスターしてしまい、今は複雑な文字の方を学んでいる。
「このペースなら、あと二週間もあれば共通文字の方は完全に覚えられそうじゃの」
“おしえかたがいいからだよ”
アムリナの感嘆の声に、彼は伸ばした身体で一枚の木版――『あいうえお』の五十音表。この世界ver――の文字を指して答える。
「ふぉっふぉっふぉっ。嬉しいことを言ってくれるのぉ――シノブ」
と、アムリナは笑いながら彼の『名前』を呼ぶ。
……彼――シノブは文字での会話が出来るようになってすぐに自分が『元人間』である事を告白している。この家族……と言うかエルには隠し事をしたくないと思ったからである。何せ、純粋に自分を慕ってくれているのだから……
正直、信じてくれるかは賭けに近かったのだが、アッサリ信じてくれた。色々人間臭い所が有ったので、むしろ納得したとばかりに。
ただし、異世界からの転生という事は伝えてあるが、地球世界の事に関しては覚えていない事にしている。あくまで、覚えているのは自分に関する事だけだと。
『魔法の世界』に『科学の世界』の知識を伝えれば何が起きるか予想しきれないからである。しかも、地球世界の方が文明が進んでいたのだから尚更である。産業革命どころでは済まないだろう……そんな訳で、彼は身近な範囲内でしか異世界の知識は披露しないと決めている。
幸いな事に、皆も前世の事は殆ど聞いてこないのでその心配は無さそうだが……
ちなみに、彼が『元人間』である事知っているのはこの家の住人だけである。既に彼は村に溶け込んでいる(スライムだからって、そういう意味じゃ無いからね!)から、いらん波風立てる必要無いという判断である。
「……すまんかったのぅ」
“なにが?”
「エルの事じゃよ」
“べつにすきでやってることだけど?”
突然、真剣な顔になったアムリナの言葉にシノブは文字版を使って答えるが、アムリナはそれではないと頭を振って続ける。
「お主に会いに外の森に行っていた時の事じゃよ……お主、気づいておったんじゃろ? それがどれだけ危険な事か……」
(…………)
「モンスターに襲われるかもしれんし、また人間に捕まるかもしれん……じゃから、お主は何とか追い返そうと考えたんじゃろう?」
(…………)
「……じゃが、スライムであるお主に出来る事といったら……精々、溶解液をぶっかけて追い払う事ぐらい。しかし、それはエルを傷つける事になる……お主には、エルを傷つける事など到底出来なかった」
(…………)
「じゃから、待っとったんじゃろう? わしらがエルの行動に気づくのを――つまり、あの時に矢で射られたのも、お主にとって予想の範囲内じゃった……お主はそれを承知で、エルに付き合ってくれていたんじゃろう?」
“……せいかい”
ジッと話を聞いていたシノブが文字版を使って答える。それを見てアムリナも満足そうに頷く。
「やはり、そうじゃったか……」
“よくわかったね”
「ふん! 伊達に年は重ねておらん」
(…………)
いったい何歳だと聞きたいが、本能が最大級レベルで止めろと言っているので聞かないシノブであった。
「しかし、会って間もないエルの為に、何でそこまで――何じゃ?」
(……?)
アムリナが話してる途中で聞こえた盛大な足音。それは徐々に近づいて来て――
「――ここか!!」
――壊れるんじゃないか、という勢いでドアを開けて入って来たのは一人の男だった。
短く刈り込んだ緑の髪に尖った耳。精悍な顔つきをした40代ぐらいの男性。
……そして右手には、首根っこを引っ掴まれて引き摺られている丸坊主なヤルバン。
(……誰? 何者? 何で、ヤルバンを引き摺ってるの?)
……取り敢えず、何から聞けば良いか迷うシノブであった。
ご愛読有難うございました。
本日のモンスター図鑑はまだお休みです。