平穏が第一である!厄介事なんて要らない
なんか、スライムが主人公な作品って結構有るんですよね~
まあ、私は私の道を突っ走りますけど……
いつか~オレも~~ランキング~♪『Fish Fight』調で……
(……え~と?)
昨日と変わらぬ朝がやって来る今日この頃、本来ならば日課の体操をしている筈の彼は、そんな事も忘れてしまう程放心……と言うか呆気に取られていた。と言うのも……
「「「のわああああぁぁぁ――――!!!」」」
……眼下にて絶賛鬼ごっこ中だからである。鬼は昨日のクマ、逃げるのは男達3人。悲鳴を上げながらクマから必死に逃げ回っている……バラバラに分かれずに一固まりになって逃げているのは、誰かを犠牲にして逃げるのがイヤなのか、単に慌てていて気が回らないのか……おそらく後者だろう……
(……何がどうして、どうが何なってんの?)
寝起きの頭故か、彼の思考も微妙にオカシクなっているが、取り敢えず現状を把握せねばと、なんとか頭を無理やり覚醒させる。
(――――うん! やっと頭がハッキリしてきたよ……で、改めて確認なんだけど……人だよね?)
視線の先では未だに逃げ回っている3人組がいる。さっきから同じ場所をグルグル回る様に逃げているので、傍から見ているとコントにしか見え無い……ちなみに、追いつかれずに済んでいるのは彼らの足が速いのでは無く、追いかけているクマが昨日の傷の所為で本調子では無いからである。
(あの人達、一体何しに来たの? 狩猟? 採取? どっちにしろ、何かおかしくない?)
3人組は皆20代ぐらいの男性で、共通してフード付きのマントを着ている所為で、装備が良くわからないが、この森に来ているからにはそれなりの準備はしているだろう。少なくとも生息しているモンスターについての情報ぐらいは調べてある筈である……筈なのだが……
(逃げてるだけで何もしようとしないし、何か行動を起こそうよ?……と言うか、いつまで同じ所で逃げ回ってるの!? 何で森の外へ逃げようとしないのさ?!)
これ程に、声を出せない事にもどかしさを覚えた事は転生して以来始めてであろう。やきもきしたまま木の上で見ていると、遂に体力の限界が来たのか、クマがその場にへたり込む。
(あっ! なら今の内に――)
さっさと逃げてくれと彼が3人組に視線を向けると……
「「「ぜ~は~、ぜ~は~」」」
(…………)
……同じく体力の限界が来てブッ倒れている3人組の姿があった……そして、呆れを通り越して冷めた視線を送るしかない彼。いっその事、溶解液でもぶっ掛けてやろうかと、七割がた本気で考えてしまう程に連中の行動は間が抜けている。
――ちなみに、かつてとある少年に天誅として食らわせた溶解液による遠距離攻撃は、あれから練習を重ねた結果、ほぼ狙い通りの場所に命中させる事が可能になった。まあ、飛ばすのが液体である以上、どうしても多少はズレるが。
「ハ~、ハ~、オイ! 今の、内に、フ~、逃げるぞ! ハ~、ハ~」
「了、解、ハ~、フ~」
「ちょっと、待って、くれ、ヒ~、ハ~、足に、キテる、ヒ~」
「んな事、言ってる、場合か、楽に、儲けたいと、言ったのは、誰だよ!」
まだ肩で息をしている彼等は、息を荒げたまま話し合いを終えて、疲れた身体に鞭打ってその場を走り去る……かなりグロッキーな状態だが……
(やっと行ったよ……ん? あれ? そういえばアッチの方って……)
3人組が走って行った方向を見て彼は気がつく。森の外に出るのとは違う……むしろ逆、森の奥へと向かう方向。そしてその方向は、モンスターとしての本能が先に進むなと告げた、例の場所への方向でもある。
(ボクや他のモンスターじゃ無理だったけど、人間ならどうなるんだろ?……行ってみよ)
好奇心に負けた彼は、すぐさま木を滑り降りて彼等の後を追い始める。当然スピードが違いすぎるので追いつく事など不可能だが、気にせずマイペースでのんびり進んで行く……倒れてるクマはほっといて……
――――スライム追跡中――――
(到着~)
スッカリ日が高くなった頃、彼はようやく侵入不可能な例の場所へとたどり着いた。スライム故の遅いスピードもそうだが、途中で他のモンスターをやり過ごしたりもした所為で、先に行った3人組は影も形も無い。ただ、踏み潰された草の跡から、彼等が奥へと進んだ事は間違い無い。
(モンスターのボクはダメだけど、人間の彼等なら進めるって事? この奥には何が有るんだろ?……ゲームだったら聖なる祠か神殿ってとこかな~。でも彼等、『楽して儲ける』って言ってたよね……古い遺跡でお宝探索? う~~ん)
ドッチにしろ、そこから先には進めない彼には知る事が出来無いので、いくら推測しても答えは出ない。ならば考えるだけ無駄だと頭を切り替えて、近くの果実が実っている木に登る。
(戻って来るか……イヤ、戻って来れるかわからないって方があの3人組には正しい気がするけど……とにかく待ってみよ)
先の見事な逃げっぷりから、生きていればすぐに引き返してくるだろうと思い、彼は木の枝で食事をしつつ、遠距離攻撃の練習をしつつ彼等の勇気無き撤退を待つのであった。
――――スライム張り込み中――――
(…………)
あれから食事、遠距離攻撃の練習並びに、朝にやってなかった日課の体操、たまたま姿を見せたモンスターに果実のおすそ分け、頭の中で歌を歌う等考えられる限りの事を行った結果、とっくに日が沈んでいた……3人組? そんな奴等、待つだけ無駄無駄無駄無駄ァァァ――だったようである。
(楽して儲けられなかったみたいだね……結局、この奥には何が在るのかはわからずじまいか~)
あまり期待してもいなかったし、彼等に対しても別に思う事も無いので、すぐに思考を切り替えて、今日はもう此処で夜を明かそうと考えていると――
(――――ん?)
――何か音が聞こえた。しかも、聞こえたのは侵入不可能なエリアの方からであった。それは徐々に近づいて来て――
「「「ぜ~は~、ぜ~は~」」」
(……生きてたんだ)
――茂みから飛び出す様に現れたのは例の3人組だった。彼等は丁度、彼の居る木の真下辺りで座り込んで荒くなった息を整えている。
多少月明かりが差し込んでいるとは言え、暗視能力を持つスライムな彼ならともかく、明かりも無しで夜の森を突っ走ってくるのは、無謀を通り越して馬鹿と言えるだろう…現に彼等の着ているフード付きのマントは、引っ掛けてきた葉っぱや木の枝だらけで所々ほつれてもいる。
そんな彼等だが行く時とは一箇所だけ違っていた。一人が大きな袋を背負っているのである。
(行く時はあんなの持って無かったよね……あれが今回の戦利品って事かな? 中身は何だろ? お宝? それとも価値のある何か?)
中身がわかれば、この侵入不可能なエリアの先に何が在るのかもわかるのに、と袋を見ていた彼は袋の中身が動いている事に気づく。
(えっ?! 中身って生き物?――もしかしてレアなモンスターの子供とか?)
自分もグリーンスライムの時には冒険者達に狙われていた。なら、他にも価値の有るレアなモンスターが居てもおかしくない。
……もしかして、この先に進めないのはその所為なのではないか?――この先には強大なモンスターが住み着いているから、自分のモンスターとしての本能が警鐘を鳴らしているのではないか? それがあのイヤな感じなのではないか?――彼はそう考えていた。
(あの袋の中身がモンスターの子供……もし、そうだとしたら、怒り狂った親が取り返しに来るかもしれない……)
脳裏に浮かぶのはある映画。ジュラシックなパークの2作目、暴君竜の親が暴れ回るシーン――
(――うん! 巻き込まれる事この上ないよね! と言うか、そんな方法で楽して儲けちゃダメだよ)
* * *
――その3人組は非常に浮かれていた。
最初は軽い気持ちだった。楽して儲かる手段は無いかと探していたら、とある場所で採取を行えば通常よりも儲かるという情報を教えてもらった。ただし、リスクもとても高い事も……
だが、その情報を教えた者の巧みな話術により、3人組は乗せられている事に気づかずにその場所へ向かってしまった――高いリスクの事は頭の中から消えて、成功する事が当たり前だと思い込んで。
そして彼等は途中、巨大なクマのモンスターに追いかけられたが、何とか目的の場所の一歩手前までたどり着いた。そしてそこで日が落ちるのを待った。少しでもリスクを低くする為に。
十分に暗くなってから彼等は目的地へと立ち入って――予想外の『生き物』を見つけてしまった。最初は己の目を疑った3人組だが、徐々に彼等は悪魔の囁きに耳を傾け始めた…『アレ』を捕まえた方がより金になると。
リスクは高い……失敗は『死』でもおかしくない。だが、もともと話しに乗せられて来た彼等は欲に目が眩んだ事もプラスされ、失敗の事など頭になかった……むしろ、成功して当たり前とすら思っていた。
迷っている暇は無かった――向こうはこちらに気づいていない上に『子供』。それが夜に『単独』で居る。こんなチャンス二度と巡ってくる事は無い。グダグダしていたら仲間が現れるかもしれない――故に、彼等は簡潔に打ち合わせると速やかに行動に移った。声を出せない様に縛り、身動き出来無い様に身体も縛り、採取用のデカい袋に入れて逃走。この間、十秒にも満たない惚れ惚れする程の見事な手際であった。
――そして彼等は、今ここに居る。
息を荒げながらも込み上げてくる笑みを止める事が出来無い。今の所、追ってくる気配も無い。なら、このまま逃げられると信じて疑わなかった。
「ハ~、ハ~、フフッ、ア~ハッハッハッ!! やったぜオレ達! 大儲けだぜ!」
「フ~、ああ! ツイてるなオレ達! 祝いの席じゃ酒飲み放題とイこうぜ!」
「バカヤロ! 酒場ごと貸切だ! そんぐらいの金は軽く貰えるぜ!」
軽口を叩き笑い合い、すぐそこに幸せな未来が在ると疑わない彼等は――その『飛来物』に気づく事が出来なかった。
「っづああああぁぁぁぁ!!!」
「「――――!」」
突如、叫びを上げる男に他の二人がギョッとする。そちらに視線を向ければ、その男は背負っていた袋を落として、耳を抑え地面に蹲っている。
「オイ! どうし「っぢいいいぃぃぃぃぃ!!」――!」
声を掛けようとして、さらにもう一人も悲鳴を上げる。後頭部を抑えながら地面を転げ回る姿に、最後の一人は何が起きているかはわからないが、今すぐにこの場を逃げる為に、咄嗟に落ちている例の袋を掴んだ――ドロッとした感触と共に。
「へ?――あぢゃあああぁぁぁぁ!!」
有り得ない感触に違和感を覚えた瞬間。袋を掴んだ右手に凄まじい熱と激痛が走り、思わず手を離してしまう。見れば右手は、手のひら側の皮膚が殆ど無くなり肉が見えているボロボロな状態になっていた。
右手の痛みに顔を顰めながら、何が原因かと袋を見て彼は気づいた。木々の隙間から僅かに差し込む月明かりしか無かったのでわからなかったが、袋の上に乗っかるようにある生き物――粘液状のモンスターが居る事に。
「――っ! スライム如きがっ! フザケンじゃねえっ!!」
怒りのままに、無事な左手で剣を抜いてブッた斬ろうとして――それが出来無い事に気づく。スライムは袋を覆う様にへばりついている……下手に攻撃したら、袋の『中身』まで傷つけてしまう。しかも、このままでは袋ごと『中身』も溶かされてしまう。そうなってはせっかくのチャンスが水の泡……
「チィッ! この際だ! 構わねぇ!」
ちょっとくらい傷つこうが死ななければ良い、と大きく剣を握る左手を振りかぶり――
「――ああ゛?」
――振り上げた剣が何かに当たった……いや、食い込んだ。
ここは森の中。ならば木に当たった?……いや、手に伝わる感触が違う。弾力が有る。
振り返った彼の視界に映ったモノ。それは彼も良く知るモンスター――今朝方、自分達を追い回した例のクマであった。
* * *
(そりゃ~、夜中にあれだけデカい声で叫べば、他のモンスターが寄って来ても仕方ないよ)
視線の先では、必死こいて逃げる3人組とそれを追いかけるクマ。予想外の協力が有ったが、無事に袋を連中から奪還出来た。
運が良かったのは、袋を持っていた男に溶解液をぶっ掛けた時、落とした袋が自分の居た枝の真下に来たので、自由落下で袋にへばり付く事が出来た。おかげで、タッチの差で袋を護る事が出来たのは本当に良かった。
(……完全に行っちゃったよね……それじゃ、出してあげよ~)
へばり付いている袋からは僅かな震えが伝わってくる。
……無理もない。人間に捕まり袋に入れられて、しかも外の様子がわからない状態で何度も悲鳴が聞こえる。ついでにスライムな自分が袋にへばり付いている……怖がって当然である。
地面に降りた彼は袋の縛り口では無く、横っ腹の方を横一文字に溶かしてゆく。袋自体はアッサリ溶かせたので作業は直ぐに終わった。
そして出来た隙間から見えた『中身』は――
(――――は??)
ご愛読有難うございました。
本日のモンスター図鑑。
――――鮫肌な蛇(ラフスキンスネーク)――――
全長5メートル程で、太さは成人男性の太ももぐらいの大きさの蛇。
毒は持たないが、ウロコがヤスリの様にザラザラしているので、締め付けて相手をズタズタにして殺す。
そのウロコのおかげで木に登りやすい為、木の上で生活する事が多いので、突然頭上から襲われて首に巻き付かれて、そのまま首をズタズタに引き裂かれて死ぬ冒険者が多い。この蛇が生息する場所では、上半身の防御が重要である。
――――果物好きのクマ(スウィーツベアー)――――
体長3メートル程の赤茶色の熊。基本的に肉食で獰猛だが何よりも果物が好きで、よく木をぶっ叩いて実を落としているが、木の上にいた虫や生き物も落としたり、叩きすぎて木を倒したりと、ハタ迷惑なモンスターである。
ちなみに、ハチミツよりも果物を取るので、出会ってしまった場合には手持ちの果実等を投げて、ソレに気に取られてる間に逃げると、ほぼ成功する。