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最後の戦場シリーズ

さよならヒーロー

ばんははろ、EKAWARIです。

この話は、以前にも投稿しました読み切り小説「異なる世界の空の下」同様に、元々はオリジナル異世界戦争物長編ネタである「最後の戦場」という話の外伝にあたる話です。とはいえ、本編を知らなくても、この話単体で読める内容に書いたつもりです。

この話の主人公は本編開始一年前に死亡しているキャラですし、本編以前におきた出来事を主題に扱っていますので、まあ本編知らなくても大丈夫だと思います。

ブラコン好きのブラコン好きによる、ブラコン好きのための物語。ではどうぞ。

 


 ―――――……遠く耳鳴りが聞こえる。

「ラヘッド……ッ!」

 低く焦燥を含んで響く声は、よく耳になじんだものだったけれど、そんな焦った声は初めて聞いたもので、口元に僅か苦笑を浮かべて俺は崩れ落ちる。

「……ラヘッド、おい、しっかりしろ!」

 なんだよ、兄貴。必死じゃねえか。いつも冷静なアンタらしくねえ。

 嗚呼、くそ、目が霞んでよく見えねぇな。音ももうよく聞こえない。

「ラヘッド……!」

 ただ、自分を名を呼ぶ必死な声に、ぼんやりとこれまでの記憶が脳裏を駆け巡った。




 【さよなら、ヒーロー】



 子供の頃、俺にとっては兄貴こそがヒーローだった。

 物静かで、優しくて、何でも知ってて、大人達に混ざって軍の訓練を受けてても、ちっともヘコたれた姿を見せたことがなくて、大人と堂々と対等に渡り合うそんな兄。そんな兄に俺は憧れていた。

 今考えても、うちは特殊な家だったんだろうと思う。

 父のローザズ・フォーマットは国の重鎮たる将軍で、たくさんの妻と子供がいたらしい。

 他人事みたいな言い分だろ。でも実際そんな感じだ。

 というのは、俺は父親とは殆ど接点がなくて、年に数回、数えるくらいしか会ったことないからよく父親のことを知らないんだ。声も「息災のようだな」と無感動にかけられたことくらいしかないし。それに、異母兄妹もたくさんいたみたいだけど、俺はそいつらに会ったことなんてない。俺と一緒に育ったことがあるのは同腹の兄であるリクセルの兄貴だけだ。他の兄妹については、一度書類で見たことがあったくらいで名前すらよく覚えてないくらいだ。

 そもそも当然と言えば当然だろう。俺の母親を除いた親父の妻達や、異母兄弟達はみんな帝都に住んでいて、こんな辺境の軍部施設内にある親父の別邸に住んでいたのは、俺たち兄弟2人くらいだったんだから。

 母親は……一応同じ施設内に住んでいるっちゃあ住んでたが、そっちに関しては親父以上に俺は接した記憶がない。どんな人なのかもよく知らない。ただ、瞳の色以外は兄貴とよく似た顔立ちをしてて、綺麗な人だったのを遠くから他人みたいに見たことがあるくらいで、家族として見れるかっていったら、まあ無理だと思う。実際母に育てられたことがないどころか、声すら殆ど聞いたことないし。まあ、殆ど顔を知っているだけの他人感覚だ。

 うちに住んでいるのは、実質俺とリクセルの兄貴と、数年ごとに交代で入ってくる住み込み家政婦のおばちゃんくらいだった。

 俺は父の愛も母の愛も知らない。そもそも父親も母親もあれが自分の父親だ母親だって認識は一応あるけれど、あの2人を相手にして本当の意味で父だ母だなんてまず思えない。少なくとも学校で友達から聞く父親像母親像からはかけ離れすぎてるのもあって、俺自身も実の父親や母親に愛情や執着などを抱くことが出来なかった。子供は親に愛情をもつもんだってみんな言うけど、殆ど会ったことない上に、自分を育ててくれたこともなければ、優しい言葉の一つや関心すらよこしてくれなかった親に、一体どうやって愛情を持てばいいっていうんだ? って話だ。向こうが俺に無関心なように、俺にとっても父や母は、一度も会ったことのない異母兄妹達と大差のない無関心な相手だった。

 だから、俺にとって、本当の意味での家族は兄貴だけだった。

 俺の唯一の同腹の兄弟、リクセル・フォーマット。この国の人間にしてはやや珍しいくらいにストレートな漆黒の髪に、褐色の肌で、切れ長のダークグレーの瞳は知的に落ち着いていた。眉はきゅっとやや太めでつり上がっており凛々しい印象を与える。鼻筋は通ってて、引き締まった顎のラインや綺麗なラインの唇の形などもあり、まあ所謂美男子とか色男という称号が将来的には似合いそうな、そういう外見の持ち主だった。

 正直、薄褐色の肌に、ぼさぼさの剛毛気味な茶髪、若葉色の目の色をしており、眉は太めで、鼻はややでかく、分厚い唇で、「愛嬌がある」とはいわれても、美形なんて形容詞とはほど遠い容姿をしている俺と、容姿端麗な兄貴とは外見だけでも雲泥の差があるといえる。性格も、大人しくて物静かで落ち着いている兄貴と、やんちゃで感情のままに行動し、人なつっこいとよく言われる俺とはまるで正反対だ。ていうか普通に考えて、俺と兄貴を見て同腹の兄弟などと見抜けるやつはいないだろう。それくらい俺と兄貴は違っていた。

 でも、兄貴が「そんなことは関係ない」というから、俺を「大事な弟」だっていうから、そんな世間の軽口でさえ些細なこととして俺は無視出来た。俺にとっては他人の言葉より兄貴の言葉のほうが絶対だったのだから。

 そうだ、兄貴はいつだって俺に優しかった。

 いつも微笑って、俺の頭を撫でてくれるのが好きだった。

 駄々をこねて、俺が疲れたっていうと、背中にのせておぶってくれた、その背中が温かかった。

 俺が学校に通い始めるようになると、いつもってわけじゃないけど帰りは兄貴が迎えにきてくれて、一緒に手を繋いで帰るのが嬉しかった。

 寝る前、俺がせがむといつも子守歌を歌ってくれた。その心地よい低音で響く綺麗な歌声が気持ちよくて、だから俺は人恋しい夜もぐっすりと眠れた。

 うちには兄貴以外に住み込み家政婦のおばちゃんもいたけど、家政婦はいわれた以上の仕事なんてしない。親身に俺の相談にのったりとか、学校で何があったのかなんて聞いてこない。あくまで淡々と事務的な対応をして、俺に踏み込むことなんてないんだ。当然だ。向こうとしては俺の世話を焼くのはただの仕事の一環だったんだから。だから、俺に唯一家族としての温もりをくれたのは兄貴だけだったんだ。

 なんでも出来て、優しくて、強くて、弱音なんて吐かず、いつも微笑みを絶やさなくて。そんな兄貴が憧れだった。大好きだった。

「兄ちゃん、兄ちゃん」

 幼い頃、俺はそう馬鹿の一つ覚えのように口にして、無邪気に兄貴の後ろばっかり追っかけていた。

「ラヘッド」

 そう兄貴が名前を呼ぶ。それだけで幸せだった。優しい声に優しい時間、それがどこまでも続くのだと信じていた子供の頃。俺は兄貴に出来ないことは何もないんだと勝手に思っていたんだ。

 落ち着いてて、優しい兄は学校の誰よりも大人びていて、軍隊格闘の実技にしても、剣技の実戦訓練にしても大人にひけをとらなくて、ただ綺麗なものだけを見て憧れていたあの頃、その裏にあるものを俺は知らず、兄貴の年齢すら知ろうともしなかったあの頃。無邪気に俺はただ兄貴にべったりと甘えてた。それを……後悔している。

 幼い俺にとって、兄貴はヒーローであり、憧れであり、兄にして父代わりであり、母代わりだった。家族からの愛情。それは全て兄貴がまかなっていた。大好きで自慢だった兄貴。

 そんなある日のことだった。その日、兄貴は神妙な顔をして、眠い目をこする俺を前にこう言った。

「戦争に行くことになった。暫く帰れなくなる。すまない、ラヘッド」

 そういってきた兄貴の顔は真剣で、それが嘘でもなんでもないのだとわかった。

 確か当時俺は8歳になったばかりの頃だったと思う。当然のように俺は「ヤダ」とそういった。長いこと帰ることが出来ないのだという兄を前に、俺は「どうして」「なんで」そんな言葉を並べた。兄は困ったような顔をして、また頭を下げて「すまない」そう言った。

 俺にとって家族は兄だけで、家政婦はあくまで家政婦だった。だから、兄貴がいなくなったらこの邸宅に1人になってしまう。家政婦がいるから生きていくのには問題ないかもしれないけど、それでも頼れる人間が誰もいない。それはとても怖いことだ。1人広い屋敷に残されるのは、寂しいし哀しいし、辛い。だから、何度も「イヤだ、兄ちゃん行かないで」そう泣きながら訴えた。でも兄貴が俺に応えてくれることはなかった。

 ……当然だよな。国の辞令だ。もっと言うのなら、親父の指示だ。

 結局兄貴は出立した。「すまない」といいながら、兄貴の体に合わせたサイズの、特注品だろうオルヴァン帝国軍の茶色い軍服に身を包んで、「必ず帰ってくる。だから泣かないでまっててくれ」そう兄貴は言った。ああ、もうこれはどうしようもないな。そう思ったから、涙をこらえて、その日の朝俺は「早く帰ってきて」そう口にして軍施設に向かう兄貴を見送った。その任務の内容がどれほど無茶な内容だったのかなんて知らず、世間知らずな俺は、戦場に出るとはどういうことなのか想像すらせずに、そうして二度と会えない可能性すら考慮せず送り出したのだ。

 兄貴が帰ってきたのは、その4ヶ月後。


 俺の住む邸宅の近くの軍属病院に入院していると知った俺は、兄貴が入院しているという病室に逸る心を抑えきれずに飛び込んだ。

「兄ちゃん!」

 怪我といっても、きっとたいしたことない。きっと兄貴はいつものように笑いながら俺を出迎えてくれる。そんな想像を裏切って、現実というものは残酷に姿を現す。

「ぇ?」

 そこにいたのはベッドに横たわる小さな体。褐色の肌のどこにも無傷なところなどなく、体中包帯だらけで、口には酸素マスク、右腕には点滴が繋がっていた。ボロクズのようになって、シューシューと僅か聞こえる空気音がなければ死んでいるのではないかと疑いそうな姿に成り果てた、兄リクセルの姿。

「……なんで?」

 なんであの強くて優しい兄がこんな姿で帰ってきたのか、俺には理解出来なくて混乱した。そうして泣きわめく俺を捕まえて、その日は看護婦が俺を外に放り出したんだと思う。今考えてもあの時のことはよく覚えていない。それでも無敵のヒーローだと思っていた兄のそんな姿がショックだった。

 それから毎日のように兄貴の病院に通った。うわさ話によると兄貴が参加した部隊で生き残ったのは唯一兄貴だけだったらしい。そして、ある日医者と看護婦が話している内容から偶然知った事実。

「一体、あの男は何を考えている!」

 そんな医者の罵倒で始まった言葉。それが兄貴の主治医の声だと知っていた俺は慌てて隠れた。

「あんな子供を戦わせるなど……我が子を戦場に送るなど正気の沙汰ではない! まして、あの子はまだ9歳(・・)だろう!? あの男は自分の子供が可愛くないのか!?」

 その言葉に衝撃を受けた。

(9歳……?) 

 誰が?

 兄貴が?

 9歳?

 俺と1つ差?

 なんだ、それ。ありえないだろ。

 いつだって優しくて物知りだった兄。

 自分の世話を甲斐甲斐しくやいていた兄。

 いつだって凛々しくて、大人相手だろうと一切ひけをとらなかった兄。

 それが、自分とたった1歳差の子供だったなんて、悪い冗談にも程がある。

 学校の上級生なんかよりも兄のほうが余程大人びてて落ち着きがあった。それが1つ差?

 少なくとも3歳、もしくは5歳は年上なのだろうとそう勝手に俺は思っていた。

 だから、遠慮無く甘えていた。だけど、だけど……なんだよ、それ。おかしいだろ。

 そういえば、全く心当たりがないわけではなかった。兄貴の身長はせいぜい1つか2つ年上の連中とさして代わり映えなかったし、たまに見せる顔はちょっと予想外なくらいには幼かった。でもその顔や雰囲気、性格や口調、どこをとっても子供らしくなさすぎて、そんな違和感はすぐに消し飛んでいたんだ。兄貴が自分と殆ど年の変わらない子供だなんて、想像すらしようとしなかった。

 ……俺は馬鹿だ。

 なんで気づかなかったんだ。

 考えてみればおかしいことだらけだった。

 甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてきた兄。だけど、決まって遅くまで俺の面倒を見た翌朝は青あざをつくって俺の前に現れやしなかっったか? いつだって俺より後に寝て先に起きる兄。兄の寝顔なんて一度も見たことないのではないか? 大人に混じって軍事訓練を受けていた兄。だけどなんで年端もいかぬ子供がそんな真似をしていたんだ? そもそも俺は6歳の時から学校に通わされていたけれど、兄貴は一度も学校なんて通ったことないんじゃないのか? 俺には学校に友人もいた。学年関係なく仲良くしていた人は多かった。でも兄貴は友人などひょっとして1人もいなかったのではないのか? 父の来訪を聞く度体を強張らせていた兄。兄貴が俺を大事にしてたのは、俺以外に何もなかったからなんじゃないのか?

 俺は兄貴の負担になっていただけなんじゃないのか?

 泣いた。病院の片隅で誰にも気づかれないよう、ひっそりと俺は泣いた。哀しいのか悔しいのかわからなくって、たたグチャグチャで。ただ、それでも胸に1つの決意だけが宿っていた。


「軍学校に進学する?」

 学校スクールを卒業する半年前、俺はそれを兄貴へと告げた。

「ああ、決めたんだ。俺は軍人になる」

 通常この国では18歳から志願兵の受付けを開始し、20歳で軍役加入年齢となり2年の従軍義務がある。だけど、軍学校卒の場合は例外として、最初っから尉官クラス待遇で学校卒業時の年齢からそのまま軍に配属され、専属軍人となるそういうシステムだ。軍学校卒でもないのに、9歳で戦場に送られた兄貴のケースこそが異端といっていい。故に俺は軍学校に進むことを選択した。

 そしてそのために、あの時から俺はひたすらに体を鍛え続けてきたんだから。

 しかし兄貴は俺の気持ちがわからないんだろう。不可解そうに眉を寄せながら言う。

「……何故だ?」

 ……アンタを助けるためだ。

 言葉を飲み込み、誤魔化し文句を吐く。

「別に理由なんてどうだっていいだろ」

 兄貴は僅か考え込む仕草を見せると、少しの諦めと寂しさを見せながら言った。

「ああ、そうだな。お前も自分で考えて自分の道を決めれる歳になったんだったな」

 そんな顔すんなよ。

「わかった。好きなようにしろ」

 そういって、話は終わりといわんばかりに俺に背を向けた兄貴。それを見た瞬間、ふと今まで気づいてなかったそれに気づいて、思わず俺は手を伸ばしていた。

「……ラヘッド?」

「なぁ、兄貴、アンタってそんなに背低かったっけ?」

 いつだって自分より大きかったはずの兄は、殆ど俺と背が変わらなくなっていた。

「お前が伸びただけだろう」

 そう素っ気なく言う。そうかな。俺が背が伸びただけなのか? 11歳、確かに成長期かも知れない。だけど、それをいうなら兄貴だって12歳で伸び盛りに入るところなんじゃないのか? 納得しないままにその日はその違和感をモヤモヤと抱えるだけで終わった。

 それが異常だとはっきり認識したのは更に1年後。

 軍学校に入学して、兄貴とは顔を合わす機会が減りながらも、1ヶ月ぶりの再会を果たしたその日。

「なぁ、兄貴、やっぱりおかしいって」

 自分よりも背が低くなり、見下げるしかない兄貴を見ながら俺は真剣な声音でそれを言った。

「何がだ」

 明らかに年齢のわりに小柄な体。いや、兄貴の身長はひょっとするならば、一年前と全く変わっていないんじゃないのか? 13歳といえば伸び盛りの入り始めだ。なのに全く身長が変わらないなんてなにかおかしいに決まっている。ひょっとすると何かの病気なんじゃないのか? そう焦る俺の声とは対照的に兄貴の声は相変わらず低く落ち着いている。それに苛立ちさえ覚える。

「アンタの体、絶対変だ。医者に診てもらえよ、なあ」

「俺は健康体だ」

「なにかあってからじゃ遅いだろうが」

「……仕方ないな」

 そして軍医の診察を受け帰ってきた兄貴。そこで兄貴の主治医に聞いた内容は俺には衝撃の内容だった。

「もう二度と伸びない?」

 主治医の話によると、成長期が来て骨がきちんと伸びる前に、過酷な生活に身を置き、短い睡眠状況に過度の運動をしてきた弊害が祟り、去年よりゆるやかに兄貴の体は成長を止め初め、おそらくもう二度と背が伸びることはないだろう。寿命にしても、天寿を全うしたところで普通の人間よりも短命だろう。と兄貴の身に起きたのはそういったことらしかった。

 それを聞いた兄貴は「そうか」そう短くつぶやき納得したんだそうだ。

 ……おい、ふざけんなよ。そうか、じゃないだろ。なんでアンタはいつもそうなんだよ。そうかなんて言葉ですませていい問題じゃねえだろ。アンタ二度と背のびないんだぞ。一生、そこらの女子供より小柄な体のままなんだぞ。男としてそれって屈辱だろ。しかも、短命だといわれてんだぞ、なんでそうかなんて納得しちまうんだよ、ふざけんなよ。なんで、アンタはどうして、そう自分のことないがしろにしちまうんだよ。

 なんで、どうしてだ、兄貴。

「俺はアンタのことが嫌いだよ」

 どうして自分を大事にしてくれないんだ。

「そうか」

 そうかなんて言葉ですますなよ。おこれよ、いかれよ。あんたがそうなっちまったのは、親父と俺のせいだろ。どうして、ゆるしちまうんだよ。なんで怒らねえんだよ。

「大っ嫌いだ」

「そうか」

 無力で、上手く言葉さえ紡げない自分が大嫌いだ。


 頼むからさ、自分の命を投げ出さないでくれよ。自分で自分の命を無価値なんて評すんなよ。

 俺はさ、馬鹿だけどさ、馬鹿だけど、それでもアンタが精一杯俺を愛してくれた事は知ってる。アンタの愛情も優しさも本物だったと信じてる。だからさ、幸せになってほしいんだよ。

 生きろよ。

 頼むから、本当の意味で生きてくれよ。

 世界は綺麗だ。この世界にはいいことだってたくさんあるんだ。嬉しい、哀しい、楽しい、寂しい、腹が立つ、むかつく、喜び、それらの人間としての当たり前の感情を知って、人と人の繋がりを結んでそうして生きてくれ。

 諦めた顔なんてしてんなよ。

 アンタは俺のヒーローだった。じゃあ、そのヒーローの幸せは、俺が祈っちゃいけないか。

 人として当たり前の幸せを享受してくれ。俺に幸せを与えたアンタが、幸せにならないなんてそんなのは嘘だ。そんなのはあんまりだ。

 アンタはさ、本当は子供なんだろ。世界は広いんだ。まだ、終わりなんかじゃないんだから。

 だから、アンタはこれからを見つけろよ。

 俺はアンタに充分もらってきた。


 嗚呼、もう馬鹿だな。

 なんで、アンタってそうなんだろうな。相手が恩人だからとかそんなん関係ないだろ。相手の立場重んじるあまり自分をないがしろにするなんて本物の馬鹿だよ。相手のために自分の命を差しだそうとするなんてモノホンの馬鹿だよ。

 普通はさ、自分の命を最優先にするだろ。

 俺がいえた義理じゃねえけどよ。

「兄貴!」

 凶刃が兄貴に向かう。それを横目に俺は駆ける、駆ける、駆ける。そして、俺が飛び込んできたことに驚きに見開かれたダークグレーの瞳、それが最期に俺が見た光景だった。

「ラヘッド……ッ!」

 兄貴の知り合い、多分兄貴の恩人だったらしき刺客はナイフを投げた。それを背に受け俺は倒れた。途端体中に回る怖気に似た感覚。目も体もしびれている。おそらくは毒。

 兄貴と刺客が何かを言い合っている。それすらもう碌に聞こえていない。それに、嗚呼俺は死ぬのなとそう理解した。

「……ラヘッド、おい、しっかりしろ!」

 焦る兄貴の声だけが耳に届く。なんだよ、兄貴。そんな必死な声はじめてなんじゃねえの。いつも冷静なアンタらしくねえ。でもいいや。こんなときにいうのもなんだけど、少しだけ嬉しいんだ。アンタの人間の部分は壊れてなんていないんだって、そう知覚出来たから。

 アンタはそうだ、まだ間に合うんだ。だからさ、アンタをかばえた。アンタのために動けたそんな自分自身さえ今は誇らしい。

 だからなあ、最期のこの弟からの我が儘(おねがい)だ。

「……アンタは……生きろ」

 この世にはまだまだ楽しいことや綺麗なものだっていっぱいあるんだ。だからアンタは死ぬなよ。生きて、生きて、生きて、そうして人生を謳歌してくれ。

 俺はそれで満足だから。

 まだアンタはこれからだろ。だから、生きて、生きて、生きて、本当の意味で生きてくれ。

 もういいんだ。自由に思うがままに、そうやって自分の人生を歩んでもいいんだよ。

 そのためならこの命くらいくれてやるから、なあ神様頼むよ。この大馬鹿野郎に当たり前の幸せをあげてやってくれ。

 もう、兄貴の声さえ聞こえない。

 もう、目も見えない。

 意識も、消えていく。

 嗚呼、そうだ、お別れだ。

 じゃあな、兄貴。

 アンタはどう思ってたかしらないけど、俺にとってアンタはヒーローだったよ。

 これでお別れだ。


 さよなら、偶像の英雄(ヒーロー)



 了



 挿絵(By みてみん)

ラヘッド・フォーマット。享年15歳。ブラコンここに眠る。

ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体的に 良い話でした。 良かったと思います [気になる点] 最初がドーンッとなっているので 本編のほうがしょぼく 感じてしまいます。 だから最初をしょぼく書くことによって、本編でグーッと…
2013/03/26 01:58 ちとりんご
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