7-5:決着
「既に手遅れだというの?」
トモカがそう山口へと問いかけるも、山口はどうでも良さそうにその視線を受け止めるだけでした。
そして、ユーパンドラはその間にも今ある情報を整理し、更には今必要となる情報を得るために必死で考えました。
「結局あの世界へ送られた者は何人なんだ?!そして、こちらへ帰還した者とあちらに残った者の数は!」
「知らんな、特に気にしたことはないからな、ただマナをこちらへ供給する為の鍵は5名いた。その者の内この世界へと帰還した者は0だと伝えておこう」
「「「な!」」」
ユーパンドラ、トモカ、コヒナは共にその答えに絶句してしまいました。
まさか今回の首謀者自身が転移者達の人数を把握していないとは思っていなかったのです。
その後の質問においても同様に、山口は詳細な情報を持っていませんでした。当初ユーパンドラは情報を隠していると考えていました。しかし、話せば話すほどに山口にとって転移者の事など気にする程の事ではない事が解ってきてしまいました。
「貴様は今回の事に関しての責任者ではないのか!」
ユーパンドラの言葉に、山口は正に心外そうな表情で答えます。
「勘違いして貰っては困るな、今回の事はマナを集める手段に過ぎん。そして、お前たちは道具に過ぎん。ある意味消耗する事が前提の矢の様なものっと言った方がお前たちには理解しやすいか?」
「貴様が我々をどう思っているか理解できた、ただ俺たちもこのまま放置するわけにはいかん」
ユーパンドラの言葉に、山口はさも面白そうな表情を浮かべます。
「ふむ、何をしようと言うのか解らんが、まぁ遅すぎたな。お前たちはこの地に帰還できた意味を理解できているのか?」
山口の言葉にユーパンドラ達は一斉に席を立ち、警戒の表情を浮かべます。
「全てが遅い、ましてやお前たちの中でスキルを使うことが出来るのはユーパンドラとやら、お前だけのようだな。あまりに戦力不足だ」
山口が話をしている間にもユーパンドラは素早く手元のスマートフォンを操作します。
そして、スマートホンのカメラを山口へと向けました。
「なにやら楽しい準備をしているようだな。さてさて、何が飛び出すやら」
「とりあえず貴様は黙れ」
そう言いながらスマートホンの画面をタッチしました。
カシャッ
音と共に山口を中心に魔法陣が広がりました。そして、そのまま黒色の光が広がります。しかし、その光が何かを形作る動きをした途端山口自身から光が広がり魔法陣を打ち消してしまいました。
「ふん、闇魔法、しかもサイレンスか、しかし詠唱を必要としない私には無意味だな」
「え?サイレンスって無詠唱でもスキル使えなくなってなかったっけ?」
トモカが呆然としながら呟きます。でも、そんな事一切関係なくユーパンドラの周辺に魔法陣が広がります。ユーパンドラはその状況に動揺する事無くスマートホンを操作します。
そして、ユーパンドラへと稲妻が走り、それを透明な半円が浮かび上がり遮断しているのが見えました。
「ほう、咄嗟によく防ぐものだ、しかし、今のは悪手だな」
そう告げる山口の視線の先ではユーパンドラがスマートホンへと視線を向けていました。
「はじめからこれが狙いですか」
「当たり前だ、魔法発動体が解っているのだ、それを潰せば問題あるまい。それ以外にも持っていようが今の攻撃で電子部品など破壊されていよう」
山口の言葉に慌てた様子でトモカとコヒナも自分のスマートホンを取り出してみる。すると、やはり同様に画面がブラックアウトして表示が消えていました。そして、何度ボタンを押しても起動する様子がありません。
「う~~これ買ったばかりなのに!!!」
トモカの絶叫が部屋の中に響きます。
その言葉に一斉に他の者達も大慌てでスマートホンやノートパソコンの確認を始めました。
「よ、よかった~~データー消えてたらどうなってたことか!」
無事ノートパソコンが起動した大竹が安堵の吐息をつく傍らでは、木下がポロポロと涙を流し自分のノートパソコンを触っていました。
「う、うう、お願い、お願いだから起動して・・・・」
そう呟きながら木下は何度も何度も電源スイッチを押している。
「き、起動してくれたらメモリー増設してあげるから・・・」
どうやらアナザー側では運悪くノートパソコンを机の上に出していた木下のみが被害に会ったようでした。
若干錯乱気味の木下を、山口を除く他の面々が憐みの眼差しで見ています。
「明人くんが、ランスロット様が・・・・、う、うう」
「え~っと、南無?」
トモカの慰めの言葉?にも一切反応を示す事無く、木下はバッテリーを外しては付け直したり、コンセントに電源を繋いだりと必死にノートパソコンを弄っている。しかし、その目からが止めどなく涙が流れています。
「あ~~その、山口さん、あんたこれ何とかならないの?ほら、お得意の魔法で」
木下のあまりの様子に毒っ気を抜かれたユーパンドラが、思わずそう山口へと問いかけました。
「む?なんだ、もうお遊びは終わりか?」
しかし、山口は木下の様子をまったく気にすることなく、ただユーパンドラの次の一手を待っていたようです。
「あんたまさかお互い一手ずつ攻撃してっとか考えてないかい?」
その山口の様子に、昔のMMO時代によくやった遊びを思い出しトモカが尋ねます。すると、山口はさも当然のように答えました。
「当たり前ではないか、私が一方的に攻撃すれば決着などあっという間についてしまう。それではまったく楽しくなかろう」
あくまで格下を相手に余裕を見せる態度にトモカはカチンと来ました。でも、現状山口に対抗出来そうなのがユーパンドラのみである為悔しそうに睨み付けるのみです。そして、そのユーパンドラはというと、まったく自分の事を気にする様子の無い山口の態度に絶望する木下へと声を掛けていました。
「な、あんなのが自分のトップなんだぞ?自分の事しか考えていない事は見ていて丸わかりじゃないか」
「う、ひぐ、えぐ、で、でも、お、おきゅうりょうが」
「いくら貰ってるの?でも、この感じだと遠からずここ潰れるか、消滅するぞ?」
「ひ!」
などと木下に話しながらも他のメンバーにも聞かせるようにしています。
驚きで涙が止まったのは良いのですが、木下は虚ろな眼差しで何かブツブツと言い始めています。
「車とマンションのローンが、今月のカードは・・・、あ、チャッピーのごはん買いにいかないと・・・」
精神の許容量を越してしまったのか、次第に現実逃避を始める木下を、誰もがそっとして置くことにしたようです。
トモカとコヒナはユーパンドラの横へと移動し、いつでも援護出来るようにと山口を睨み付けます。
「そこの男はともかく、その二人では戦力にはなるまいに、ましてやそこの男も武器となるスマホが使えなくなってどうする気なのかな?」
ユーパンドラはというと、木下の勧誘?籠絡?は無理だと判断し何やら手持ちのカバンをガサゴソしていました。そして、漸く何かを手にして立ち上がります。
「まぁこんな事もあるかと想定はしていましたが、その通りになったとしても嬉しくありませんねぇ。出来ればこんな状況になりたくはなかったのですが」
そう告げると手に持っている物へと息を吹きかけました。
すると、手のひらに載っていた何かが膨れ上がり、武器を手にした兵士が現れました。
「まぁこの世界原産の魔術、木人兵の応用です。じゃっかんフォルムは今風ですが」
「おおお~~新撰組じゃん!でも顔が誰かわかんない!」
「ああ、割とマイナーな方ですから。源さんです」
「「誰それ!」」
内輪で何やらもめる中、アナザーの社員達はあまりに非現実的な出来事の連続で呆然とこちらを見ているだけでした。もっとも木下は今起きている事にまったく注意を払っていませんでしたが。
「なぁ、いつの間にかVRの世界にきたんだっけ?」
「・・・俺、あの人に弟子入りする・・・」
「美味しいケーキ食べたいなぁ」
現実が壊れかけた者、現実を受け入れた者?、何かもう壊れきった者、さまざまな人間模様の中、それでも非日常は進んでいくのです。
「ほう、召喚術か?それとも呪術か?しかし、人を召喚したとて無駄であろうに」
そう告げる山口に対し、源さんは手にした刀を振りかぶり一切の躊躇いもなく切りかかります。
「ほう、中々速いな」
そう告げる山口は、しかしその攻撃をまったく苦にする事無く突然光り始めた腕で防ぎます。源さんはそれを意に介した様子もなく、すぐに連続した突きを繰り出しました。
「おおお!3段突きか!うむ、ロマンだな!」
「ええ、まぁ残念ながら実際を知らないので小説を基にしていますが、その分逆に強いですよ?」
3段突きの突き終わった状態から、そのまま刃先を横にして振り切ってくる。人であれば不可能とも思われる動きを苦もなく行う源さんに対し、山口は満面の笑顔でその攻撃を受け続ける。
「うむうむ、楽しいではないか、この狭い場所においてでさえ上手く考えて攻撃をしてくる。しかし、いかんせん攻撃力が弱すぎるな。私にまともに当たったとしてもダメージにはならんぞ?」
そう言いながらも左手を腰の後ろへと回し、右腕を前に出す、まるでフェンシングの様な体制でこちらも自在に源さんの攻撃を捌いている。
「なら、なぜ攻撃を受けているのですか?まぁもっとも腕でですが」
「うむ、ロマンだ」
訳のわからない言い訳を山口は誇らしげに答え、そして源さんの振った刃先が流れた一瞬をつき一気に前えと踏み出しました。そして、そのまま右手を鞭のようにしならせ源さんへと叩きつけます。
「これでも叶いませんか」
割れた木板が床へと落ちるのを眺め、ユーパンドラは溜息を吐きます。
「中々楽しめたぞ?だがこの様な事で私を倒せるとは思っていまい」
不安げにユーパンドラを見るコヒナと、自分にも何か出来ないかとさっきからブツブツと呟いているトモカを見て、安心させるように笑顔を向けたユーパンドラは先程木人兵の板を取り出す際においたカバンへと視線を向けた。
「トモカさん、私も戻って来て色々やりましたが、残念ながらいくら呪文を唱えてもそれだけではスキルも魔法も起動しませんでしたよ?」
「う~~ユパ!あんたこの事を予想してたなら私達にも戦う方法を教えとけ!」
そう怒鳴るトモカの横で、コヒナもうんうんと頷いている。しかし、その二人に対しユーパンドラは苦笑いを浮かべた。
「この後の事を考えるとそういう訳にもいかなかったんですよね」
ユーパンドラはそう心の中で呟くと、山口へと視線を向けた。
「残念ながら種切れ間近ではありますが、最後の攻撃とさせていただきます。これでダメージが出なければお手上げですが」
そう言うとユーパンドラはカバンから1台のビデオカメラを取り出しました。
「ふむ、マナの気配は無いな、魔方陣を組み込んでいる気配もない。それでどう攻撃するというのだ?」
「これ自体に攻撃力はまったくありませんね。ただ、映像をLIVEでネットへ流しているだけです」
そう言って笑顔を向けるユーパンドラに対し、最初はその意味が解らずキョトンとしていた山口と木下を除くアナザーの二人は、数秒後に表情を一変させたのでした。
「「ま、まさか今までの遣り取りが!」」
「ええ、まぁ突拍子もない映像が撮れたでしょうね」
二人の叫び声にも笑顔で応じながら、ユーパンドラはカメラに接続されているスマートフォンの映像を見せました。
「LIVE映像です、しかも事前に一部の異界への扉メンバーにはその旨を伝えてある。今接続している者はっと・・・・おお、5万アクセス超えてるね。ほら、せっかくのネットデビューです、みなさん笑顔ですよ、笑顔」
「う、うわ~~~」
「どうすればいいんだ!木下課長!そんなとこに座り込んでないで何とかしないと!」
「え?」
まるで悪魔の様な笑顔をみせるユーパンドラに対し、慌てるアナザーメンバーと漸く正気へと戻りかけた木下(ただし状況はまったく解っていない)に対し、突然のある意味逆転劇に対しトモカやコヒナは呆然としています。しかし、この段階でユーパンドラの表情が次第に静かに、警戒した表情へと変化していきました。
「いや、これは参ったね、そのカバンはシールドでもされているのかね?」
言葉とは正反対に、山口は明らかにこの状況を楽しんでいます。そして、ポケットより何かを取り出し覗き込みました。
「ふむ、まぁ頃合いではあるな」
「・・・・・・」
そんな山口に対し、十分に警戒した眼差しを注ぐユーパンドラ。しかし、その視線ですら山口は楽しんでいる様に思えます。
「まぁそんなに警戒するな、今更お前たちをどうこうするつもりはない。それに、お前には十分楽しませてもらったのだ。最後にとっておきのお土産を置いて行こう」
「「「最後?」」」
山口の言葉に、ユーパンドラ達は疑問の声を上げます。しかし、そんな事すら一切気にする事無く山口は言葉を続けました。
「500年近くの月日があちらでは過ぎたのだ、そろそろ送られてくるマナも少なくなってきている。それに界を渡るに十分なマナはとっくに溜まっていたのだ。しかし、この世界にも何かと愛着も湧いてしまって中々界を渡る切っ掛けが無かったが、まぁ、それも終わりだ。そろそろ自分の世界に帰るとしよう」
笑いながらそう告げる山口に対し、慌ててトモカが叫びました。
「ちょっと!あっちへ行った人達はどうなるのよ!それにこの後始末もどうするつもり!」
「さて、知らんな、楽しませてくれたとは言え、この騒動を起こしたのはそこの男だ。なに、楽しませてくれた褒美は置いて行こう。あとはお前たちで好きにするのだな」
まったくの他人事のように告げる山口に対し、ユーパンドラが口を開こうとした時、山口の立っていたはずの場所にはポッカリと開いたスペースが有るのみでした。
「ちょっとまてよ!なんだよこれ!」
とっさに叫ぶユーパンドラに対し、木下達アナザーのメンバーは今までと一転して普通に怪訝な顔をします。そしてユーパンドラへと声を掛けました。
「あの、石田社長、何を叫んでいるのですか?」
代表して尋ねる木下に対し唖然とした表情でユーパンドラこと、石田は尋ねました。
「今なんって?」
「は?」
お互いに話が進まないメンバーを他所に、トモカとコヒナが石田同様に唖然とした表情で呟きました。
「これってまさか記憶操作?」
「いえ、存在自体弄られたかも?」
二人の言葉に石田は振り向きながらも口をパクパクさせるだけで言葉にする事が出来ませんでした。そして、そんな石田を変わらず怪訝な表情で見つめるアナザー社員。慌てた様子でLIVE映像を確認するトモカとコヒナ、そして、この後の二人の言葉が今回の騒動を締めくくるのでした。
「やっぱり神様なんかに勝てないって」
「完敗ですね」
LIVE映像が流れていたはずの画面では、今まさにネット上で行われているVR版異界への扉においてイベントBOSSに蹴散らされるプレイヤー達と、どこかで聞いたような笑い声が聞こえてくるだけでした。
あと、この後日談でとりあえず異界への扉は再度完結予定です。
この終わり方は最初から決めてたのですが、思いつきで書き足すものじゃありませんね・・・
思いの外時間が掛かってしまいました。




