菓子魔法使い
鬱蒼と木々が繁る深い森
小間使いのリンノは
昼なお暗い森の中を
恐る恐る歩いていた
リンノが働く商家の主人に
メルドア大森林にある
魔法使いの老婆の家で
猫の髭が伸びるシャンプーを
買ってこいと言付かったのだ
うっかり者のリンノが
余りにも粗相を繰り返し
今日だけでも南蛮渡来の
絵付け皿を二枚割られた
ぬおお…と一計を案じた主人が
適当な事を言って暇を与えたのだが
意外と根性のあるリンノは
冒険者の如く大森林の奥地へと
進んでいた
「待っていて下せえませ
ご主人様このリンノ
今日こそお役に立ってみせますっ」
商家に猫は居ただろうか?
と思いながら蔦から蔦へと
飛び移り魔法使いの家を目指す
勢いよく蔦が切れ
「はーっ!!」
っと落下していくリンノ
茅葺き屋根を突き破り
転げ落ちて来たリンノに
ビクゥッと身を震わせる
頭から頭巾を被った
老婆らしき影
「いてて…」
リンノが顔を上げると
天井までびっしりと美しい菓子の
詰まった棚がずらりと並んだ
家の中
手元に転がった半透明の
キラキラしたボンボンを
口に入れようとしたリンノに
「勝手に食べるんじゃない」
と老婆らしき影は立ち上がる
「すみませんっ
だけど床に転がってしまって
勿体無いから…」
とボンボンにふーっと息を吹き掛けて
口に入れようとするリンノに
ツカツカと近寄り
「勝手に食べるな誰だ君は?」
老婆の如く踞っていたが
近づいて来たのは
背が高く髪の長い青年
通った鼻筋と憂いを帯びた眼差しを
していたが疎いリンノは
「これはこれはお嬢様」と
恭しく挨拶をする
「…は?誰がお嬢様だ」
「またまたその長い髪にお顔立ち
このリンノは騙されません」
男装の麗人扱いされる青年
ひとまず猫の髭が伸びるシャンプーを
売ってくれとリンノ
そんなもの無いしあっても
誰が売るかと青年
「良いか私はトーセ
ここで菓子を作りながら
愛する者を待っているのだ
私は魔力を持たないが
愛する者が私の菓子を食べた時
込められた魔力が発動するらしい」
「わたひはリンノと申しまふ」
トーセの話しを聞き流しながら
ボンボンをボリボリ噛んでるリンノ
「勝手に食べるなと言ったろ!?」
ひきつるトーセの眼前で
ふわりと身体が浮き上がったリンノ
「菓子魔法が発動したのかっ…?
嘘だろう、愛してないぞ?」
ふわふわ漂いながら
「御安心下せえ
私も愛しておりません」
棚の上の方のチュイールを
ポリポリ食べるリンノ
「だから勝手に食べるなっ」
床を踏み鳴らすトーセ
「とっても美味しいです
アーモンドの香ばしさも堪らない」
リンノが指先をピッと振ると
小さな稲光が出た
「っ!…そうか、旨いか
その棚の右端のヌガーも自信作だ」
菓子を褒められソワソワするトーセ
そっちのキャロットケーキはどうだ?
マカロンも旨いぞ?
とトーセ
マカロンは苦手です
と言いながらふわふわと
菓子棚を漂い
食べる度に何らかの魔法を発動
していくリンノ
クレープシュゼットを
作ってやろうじゃないかと
腕まくりするトーセ
それよりも猫の髭が伸びる
シャンプーを作って下せえとリンノ
そんなもの作らないとトーセ
旨いぞびっくりするからなと
ウキウキと撹拌
菓子魔法使いの家で始まった
奇妙なやり取り
此れが驚く程長く続く事になろうとは
鉄板の火加減を見るトーセも
ふわふわ漂い居眠りするリンノも
夢にも思っていないのだった




