昨年七月からの投稿生活を振り返る
昨年2025年6月半ばから小説を書き始め、翌月1日から投稿を始めました。
細く長く続けたいと思いつつも、飽きっぽい性格ゆえ一年も続けば良い方かと冷めた目で見ている自分もいました。
作品は主に異世界もので、異世界転移やヒューマンドラマがほとんどでした。
長編はパッとしませんでしたが、短編はそれなりに読んでいただけて、ジャンル別の一位になったり、一作品だけですが日間総合の一位になったこともありました。短編二作目から表紙入りしたので、『あれ? これは案外チョロいのでは』などと調子に乗って、次々書き散らかした時期もありました。
そんなわけで、ある程度の達成感があったことと、自分の限界はこの辺りだなというのが何となく分かってきたことで、冬の終わり頃にはすっかり投稿に対する熱が冷めてしまいました。
苦戦していた長編も、終わり方は決まっているのに主人公がどんどん恋愛から遠ざかって、このまま好きに書いていたら絶対終わらないだろうと暗澹とした気分になり、大幅に書き直そうとしていたところで、遠くに住んでいる身内からそれどころではない知らせが入りました。
『青天の霹靂』という言葉を、初めて自分のこととして受け取りました。
五月の末のことです。四月の半ばに出産したばかりの娘から、『脳腫瘍が見つかったから手術する。退院する頃にお手伝いに来てほしい』との連絡がありました。腫瘍は五センチほどもあり、摘出手術一択。すでに片耳がほとんど聞こえず、顔面麻痺のせいで片目が閉じ切らず、食べ物の味もよく分からないという症状もありました。もっと早く診断がついていたところで妊娠中は手術もできず、この時期になったのは仕方のないことだったようです。
事前の説明では、入院は一ヶ月から長ければ三ヶ月。幸いなことに旦那さんが長期の育休を取ってくれていたので、新生児のお世話は何とかなるとは言うものの、上に三歳の子もいます。旦那さんのお母様と私とで順番にお手伝いに行くことになりました。
もう小説どころではありません。長編小説がエタろうと、そんなことはどうでも良いです。娘の手術が成功して、再び二人の子供を自らの手で育て上げるまでに回復してくれるのなら、いくらでもサポートしましょう。
生きていてほしい。手術当日はそればかり考えていました。あと、今日だけは地震が起きないでほしいと祈りました。十四時間ほどの長い手術でしたが、無事に終わりました。
そんなこんなで回復しつつある娘のその後は省略しますが、私も今は自宅に戻り、表面上は平穏に暮らしています。とは言え、来月の検査の結果次第では、またいつ呼ばれるかもわかりません。
そんなわけで、この先しばらくは更新も新作投稿もする予定はありません。長編小説にブックマークしてくださった方々には申し訳ないです。
投稿生活を振り返るつもりが、投稿を中断するお知らせになってしまいました。もっと色々書きたいことがあったような気もしますが、どれもこれもさほど重要なこととも思えず、書く気力が湧いてこないなあというところです。
書きかけの長編小説は、現在一覧から除外しております。




