第93話 反抗作戦ー7
画面に映し出されているのは、探索者施設から提供された、天野悠人たちの攻略報告に他ならない。
彼らは、B級ダンジョンを無傷で攻略し、かつて無効化したはずの生成スキルをさらに高度な形で再構築していた。
これらの事態は、ネクロスの計算を根底から覆している。
他の幹部にクビをちらつかされ、統制機構内で自分の立場が揺らぎつつある中、ネクロスは自身の最後の切り札に目を向けた。
その切り札とは、S級探索者風間次郎ではない。
生成スキルを持つ、自分自身に他ならなかった。
機構内部の権力抗争、資源の枯渇、何より管理外の存在となった天野悠人の急成長。
すべてがネクロスを追い詰めていた。
理屈を至高の真理とし、世界を歯車のように動かしてきたプライドが、たかが一介の少年によって破壊されている屈辱。
おまけに、施設内で確認された、天野悠人たちの異常な装備。
一介の少年たちがあのレベルの装備を購入する資金などどこにもない。
あれは生成されたもので間違いなかった。
やはり天野悠人は、ネクロスが行ったはずの”無効化”を、”無効化”することに成功している。
それは自身の”生成スキル”に対する冒涜以外の何物でもない。
指先が震えているのは、恐怖からではなく、制御不能な要素に対する激しい嫌悪からだった。
「──くそ、風間次郎のやつ、何が
『脅せばすぐに降参する』
だ。
ダンジョン内でとっとと捕らえておけばよかったものの。
奴ら、降参するどころか、さらに活発に活動しているではないかッ。
──S級探索者とはいえ、奴がきちんと仕事をこなすか、もう怪しくなってしまった。
信頼できない。
……結局、私が直接手を下さねばならないのか」
独り言が冷たく響く。
これまで送り込んできた刺客たちは、ネクロスにとっての部品に過ぎなかった。
だが部品が壊れたのであれば、設計者自らがその手を汚すしかない。
ネクロスはキーボードを叩くと、風間次郎にメッセージを送った。
叩きつけられる打鍵音は、死刑宣告の鐘の音のように冷徹で、一点の迷いもない。
(少しくらいは手伝ってもらうぞ、S級)
暗い部屋の中で、ネクロスの脳内では次なる理屈が編み上げられていた。
天野悠人が”無効化を無効化する”という荒業を見せたのであれば、己はそれをさらに上回る定義の断絶を突きつければいい。
生成スキルを持つ者同士、どちらの意志がより強固に世界を規定できるか。
どちらが”本物”なのか。
その回答は、ネクロスの中で既に出ていた。
◇
「ははっ、すごいなこれは。」
風間次郎が機構本部へ到着するのにそう時間はかからなかった。
厳重な警備網を何事もなかったかのようにすり抜け、次郎はネクロスの元へとやってくる。
その足取りは軽い。
まるで友人の家に遊びに来たかのような気安さで、最高機密エリアの自動ドアを潜り抜けてきた。
ネクロスは自分の生成スキルで作り出した、新たな武装を風間次郎の前に並べる。
「どこの会社のものだ?」
「内製だ」
そこには、既存の魔力工学では到底説明のつかない不気味な美しさを備えた武装が鎮座していた。
黒檀のように滑らかな光沢を放つ胸当て。
空気を切り裂くために設計された小手。
それらはネクロス自身の生成スキルによって、極限まで最適化された殺戮の道具だった。
この風間次郎という人物は表面上明るく振る舞っているが、腹の底が知れない。
ネクロスは自分自身が生成した装備であると明かすのは得策でないと踏み、適当に装備の出どころをはぐらかした。
風間は並べられた小手に触れようとする。
だが、その手が触れる直前、小手の周囲の空気が拒絶するように微かに震えた。
ネクロスが施した”他者の干渉を限定する”概念が働いている。
「天野悠人が使用する謎の能力を分析したんだ。
自分なりに耐性を持つよう考えて設計させた装備だ」
「へぇ。
確か、あいつの能力は精神に影響を及ぼすんだよね?」
風間次郎の言葉に、ネクロスは微かに眉を動かした。
悠人の能力を”精神への干渉”と捉えるのは、表層的な分析に過ぎない。
だが、風間次郎にすべてを教える必要はなかった。
こいつは”勘”でなんとかできるタイプだ。
情報を与えずとも、うまく戦闘では立ち回るだろう。
事実、先の戦いでは何事もなく生還してきた。
「少なくとも、私はそう見ている。
詳しい仕組みは伏せるが、お前も装備しろ。
奴らは今も着々と実力を上げている。
理屈の外側で増殖するウイルスのようなものだ」
風間次郎はその言葉を聞き、軽く笑みを浮かべる。
その瞳には、ネクロスという男への不信感が隠しようもなく透けて見えていた。
彼はネクロスが差し出す力の裏にある代償を、野性的な勘で見抜いているようだ。
もちろん、ネクロスにとっても、装備の提供は本心からくるものではない。
風間のような予測不能な強者は本来排除すべき対象だ。
だが、今は悠人を仕留めるための最良の駒として利用する価値がある。
そのために提供してやっているのだ。
それ以上も、それ以下もない。
「──俺はいいや!
どうせ色々装備に仕込んでるんだろ?
盗聴器とか、その俺を分析するための機械をさ。
あんたはそういうやつだ」
「──人の厚意は真面目に受け取っておくべきだ、若造」
ネクロスの声に、抑えきれない不快感が混じる。
しかし風間次郎は意に意を介さない。
結局、風間次郎はその場で装備を身につけることはせず、手に抱えて持ち去っていった。
背中を見送るネクロスの瞳は、身につけているゴーグルの下で、暗く沈んでいる。
S級探索者という不安定な”刃”にすべてを託すほど、ネクロスは愚かではない。
彼が去った後の静寂の中で、ネクロスはモニターのデータを更新した。
風間が装備を受け取ったという事実だけで十分。
たとえ身につけずとも、その道具が彼の近くに存在するだけで、ネクロスが仕込んだ論理の種は撒かれ続ける。
管理とは、対象に気づかれずに行うものなのだ。
風間次郎が去った後、ネクロスは椅子に腰掛けると、携帯電話を手にし、もう一つのコマを動かす準備を始める。
指先が端末を滑った。
電話の発信相手は──神崎零華。
かつて自分の手足として動かしていた、機構の使いやすい下僕であり、”娘”。
離反し、悠人側に付いた裏切り者ではあった。
だが、神崎零華の精神構造を誰よりも把握しているのはネクロスだ。
弱点、後悔、守りたいもの──
”彼女の過去”。
すべてを掌握しているという自負が、ネクロスの心に冷たい充足感を与えていた。
彼女ほど管理できている人物も、そうそういない。
回線が繋がり、受話器の向こうで僅かな呼吸の乱れが聞こえていた。
「やぁ、ラーニングゼロ。
元気にしていたかな」
ネクロスはその沈黙さえも楽しむように、一呼吸置いてから話し始める。
声色は冷たく、理屈の響きだけが残っていた。
「すぐに動け……
ふふ、楽しみにしていろ、天野悠人たちのためにもな。
結局お前の居場所は、ここにしか無いのだよ」
相手は返答を待たず、一方的に通話を切る。
神崎零華が今、どのような表情で拳を握りしめているか、想像するだけでネクロスの唇には歪な笑みが浮かんだ。
裏切りには罰を。
執着には絶望を。
それが管理者の与える最も正しい教育であると考えていた。
ラーニング・ゼロに電話をかけ終わると、ネクロスは静かに携帯を机の上に置く。
部屋を支配する沈黙。
天野悠人たちが信じている絆や覚悟。
ネクロスにとって、それらは非効率なノイズでしかない。
世界は管理されるべきであり、管理から漏れるイレギュラーは抹消されなければならない。
そのための準備はすべて整った。
風間次郎という矛、神崎零華というトラップ。
最後に立ち塞がるのは、自らの生成スキルを以て完成させた究極の「理屈」だ。
「本物の生成者は俺だ。
ガキが。
すぐにバラバラにして解剖してやるからな」
ネクロスは立ち上がり、巨大なメインモニターを仰ぎ見る。
そこには、次の戦いの舞台となる地点が、血のような赤色で強調されていた。
天野悠人がこれまでに積み上げてきた希望という名の生成物を、より強固な「論理の壁」で押し潰し、無に帰す。
その瞬間、世界は再び彼の望む平穏──
すなわち完全なる支配へと戻るのだ。
モニターの光を浴びながら、ネクロスは暗闇の中で確信する。
天野悠人が絶望に染まり、自らの愚かさを呪いながら膝をつく瞬間を。
支配という名の調和が、再びこの世界を統べる未来を。
その口角は、今までになく深く上がっていた。




