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エピローグ

 俺が事務所に戻った頃には空は薄明るくなっていた。分厚い雲のディテールをなぞるような日差しが机に置かれたアルバムにピンスポットを当てている。

 俺はデスクチェアに身体を沈ませ、深く息をついた。

 真白がコーヒーを淹れたカップを俺の前に差し出してきた。今日のところはコーヒーの匂いは勘弁願いたいところだが、贅沢は言えない。礼を添えて一口啜った。安いインスタントのザラついた舌触りが今は妙に安心する。

「村崎さんは?」

「管轄の連中と現場に残るそうだ」

 真白は心配気にそう、と呟いた。

 今は仕事でもして気を紛らわせた方がいい。しばらくすれば、飲み屋に顔を出すだろう。

 俺は手帳に挟み込んでいた写真を机に滑らせた。真白はそれを手に取り、わずかに眉尻を下げた。

「余計なモノが写ってなければいい写真なのにね」

「どこが、だ。さっさと始めてくれ」

 俺がひらひらと手を振ってあしらうようにすると、真白はかぶりを振ってアルバムに向き直った。

 アルバム――影写しでフィルムに写しとることを第一の封印だとすれば、これは第二の封印ともいうべき代物だ。榊に曰く、フィルムの力に綻びが生じないように保護する機能があるらしい。小難しい名称を唱えられたが、分かりにくいからと、俺たちはアルバムと呼ぶことにしている。アルバムそれ自体にも霊的な封が施され、霊眼を持つ者でなければ開けないようになっているらしい。

 真白は両手の指で作った菱形の窓を通し、霊眼でアルバムを捉えているようだ。

 空気がにわかに冷えるのを感じ、鳥肌がたった。

 重厚なアルバムの革張りの表紙がひとりでにめくれ、次々とページが送られていく。無意識に目で追う収蔵された写真の数々は無論、これまで封じてきた怪異たち。本物の心霊写真のみを収めた不気味な写本。10を超えたくらいから数えるのは早々に止めた。

 唐突にアルバムがページ送りを止め、真白が合図を出した。

「ここでいいよ」

 俺は頷きかけ、空きスペースの一つに帰らず様の写真を挿しこんだ。いいぞ、と声を掛けると真白は窓を閉じるように指を動かし、アルバムはそれに連動して逆再生のようにページが戻っていった。

 ぱたん、と表紙が閉じるのを見届けて、咥えた煙草に火をつけた。

「あの男は、なぜこんな事を?」

 そう言って真白は長く息をついた。伏目がちな瞼の先でまつ毛が微かに震えていた。――虎鶫。正体、動機、目的、その一切が霧に包まれ、俺たちをせせら笑う声だけが聞こえてくる。ひとつ確かなのは、奴は怪異を利用して人を陥れているという事実。それはつまり、これまでにこの縁綾町で起きた怪異事件の影に虎鶫がいた可能性があるということになる。

「奴の口から直接聞くしかないな」

「いつまで続けるつもり?」

 真白の声には疲労が滲んでいた。コーヒーを啜る音も弱々しく思える。だが俺は止まるわけにはいかなかった。あいつが許しはしないだろう。

「奴を――虎鶫を捕まえるか、俺が先にくたばるかだ。悪いが、それまで付き合ってもらうぞ」

 煙草の煙が目に染みる。思わず閉じかけた視界の中で真白が頷くのが見えた。

「そのつもりだよ。まだ、物語は書き上がってないし」

「はっ、物書き風情が生意気言うじゃねえか」

 俺は窓の外に目をやる。

 夜明け前の静けさから目を覚ましつつある町の雑踏が、俺たちを現実に引き戻す。

 晶、遥、相沢。彼らもこの町の顔の一つだった。夢の底から見上げた光に届くと信じ、そしてそれは叶わなかった。俺たちは蓋を閉じ、もう苦しむ必要はないと教えてやったに過ぎない。

 俺は今、底なし沼の淵に立っている。自ら飛び込む度胸もなく、誰かに蹴飛ばされるのを待っている。

 だが、俺にはやることがある。やらなければならない事が残っている。沈むわけにはいかない。

 今は、まだ。

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