第一章 顔と糸
この町にはいくつもの顔がある。
衰退、分断、孤立。昭和後期の夢の跡。都市化計画の波に乗り切れず、再開発は暗礁に乗り上げた。
朽ち果てもせず、若返ることも無い。ただここに在り続ける。縁綾町――それがこの町の名だ。
改築された駅から東西に横断する線路が、縁綾町の過去と未来を二分する。ロータリー周辺には北の再開発エリアに向かって新しいビル群が建ち並び、夜ごとネオンの色を競い合う。
だが一歩と南側に入れば、シャッター街と化したアーケードの剥がれ落ちた壁と油の染み込んだ路地ばかりの“ニュータウン”が息を潜める。
さらに南下すれば川沿いには倉庫街が眠り、紡績工場跡が霧を運ぶ風の抜け道となっている。
――こんな町だが案外、俺は嫌いじゃない。光と影の狭間で薄い霧の中に漂うような曖昧さに自分を重ねているからだろうか。
刑事を辞めた後、俺はまるで何かに引き寄せられるようにこの町へ来て、探偵として根を下ろした。
もつれた糸のように人間模様が絡み合い、解けることもなく澱のように積もっていく。俺も解く術を忘れた一人だ。決して目を逸らすことなく、ただ焼き付けるだけだ。
煙草の火を落としながら、俺はぼんやりと呟いた。
「……所詮、俺もこの町の顔のひとつにすぎない」
「なんか違うかな」
真白はノートに走らせていたペンを置き、取り澄ました西洋人形のような顔をこちらに向けた。物書きが趣味な彼女は暇を見つけてはきっかけが欲しいとかなんとか言って、俺に何事かを語らせたがる。
「何が違う」
「あなたの話、もっと乾いてて皮肉れたイメージだったから」
「知るか。自分のイメージに書き換えるのが物書きの面白いところだろうが」
俺はそう言って肩をすくめた。
「そういうものなのかな」
「お前のイメージと違ったか?」
俺は指で弄んでいた煙草に火をつけ、上手いこと皮肉れた満足感と煙をたっぷりと吐き出してやった。
――その時、事務所のドアが重く叩かれた。
誰かが俺を呼んでいる。過去に絡め取られ、手繰り寄せられた誰かが。




