EP 30
黄金の天秤と、迷いウサギの嗅覚捜査
【タロウ・シティ中心部・ゴルド・タワー最上階】
「どうぞ、最高級のアールグレイと、私の手作りマカロンよ」
タロウ・シティを一望できる全面ガラス張りのオフィス。
革張りのソファに深く腰掛けた優太とキャルルの前に、リベラがティーセットを置いた。
彼女の執務室は、成功者の証であると同時に、どこか冷徹な戦略家の空気が漂っている。
「ありがとう、リベラ姉! ……でも、今日は改まってどうしたの?」
キャルルがマカロンを一口で頬張りながら尋ねた。
普段の「スポンサーとしての食事会」とは違い、今日のリベラは眉間に深い皺を刻んでいる。
「キャルル……そして優太様。今日は貴方達に、折り入って頼みたい事があるの」
リベラは自身のデスクに戻ると、眼鏡の位置を直しながら切り出した。
「昨日、私の依頼人が行方をくらましてしまったの」
「依頼人? 行方不明?」
優太が紅茶のカップを置く。
「どうしてですか? リベラさんが弁護しているなら、安心していればいいのに」
「ええ。ですが今回の案件は少し特殊でしてね」
リベラは溜息をつき、一枚の書類をテーブルに滑らせた。
そこには、人相の悪い男の写真と『ルカラス』という名前が記されている。
「彼の名はルカラス。裏社会で流通している違法薬物……『魔草』の売人よ」
「売人か……」
「彼は組織の末端に過ぎないわ。私は彼に提案したの。『組織の内情と幹部の名前を自白すること』を条件に、彼自身の罪を不起訴、あるいは執行猶予付きの判決に持ち込むと」
「なるほど……いわゆる『司法取引』ですね」
優太が頷く。
太郎国では、太郎国王とリベラが主導して導入したばかりの新しい司法制度だ。
「ええ。検察側とも話はついていたわ。今日がその聴取の日だったのだけれど……彼は姿を現さなかった」
「逃げたの?」
キャルルが首を傾げる。
「あるいは……**『消された』**か」
リベラの瞳が鋭く光った。
「組織にとって彼は邪魔な証人よ。もし彼が口を封じられれば、組織を潰すチャンスも、私の弁護士としての顔も潰れることになる。……それは許されないわ」
リベラはデスクの引き出しから、ビニール袋に入った派手な柄のシャツを取り出した。
「これは彼が昨日まで着ていた服よ。アパートに残されていたのを回収してきたわ」
リベラはそれをキャルルに差し出した。
「キャルル。貴女の月兎族としての嗅覚は、警察犬や狼族すら凌駕するわ。……何とか探せないかしら?」
「えぇ~? 私を犬扱いしないでよぉ」
キャルルは不満そうに耳をパタパタさせたが、リベラはニッコリと微笑み、別の袋を取り出した。
「見つけてくれたら、『タロウキング・プレミアム商品券(1万円分)』を追加報酬として渡すわ」
「やる!! 任せてリベラ姉!」
キャルルの目が現金な輝きを放った。
彼女はシャツの袋を受け取ると、慎重に開封し、鼻を近づけた。
「ふんふん……くんくん……」
キャルルの表情が、真剣な「狩人」のものに変わる。
「……臭い。安っぽいコロンと、タバコの匂い。……それと、独特な甘ったるい匂いがする。これが薬物の匂いかな?」
「ええ、そうよ」
「それと……『鉄』と『ドブ川』の匂い、あと……微かだけど『湿った火薬』の匂いが混じってる」
キャルルが顔を上げ、窓の外の景色――市街地の東側を指差した。
「東の方角……スラム街の地下水道付近から、同じ匂いの風が流れてきてる。まだ時間は経ってない。匂いが新しいよ」
「地下水道……! 湿った火薬ということは、組織の人間と接触している可能性がありますね」
優太が立ち上がった。
「素晴らしいわ、キャルル。警察犬以上ね」
リベラも満足げに頷き、優太に向き直った。
「優太様、キャルルの護衛をお願いできるかしら? 相手は武装している可能性があるわ。……もしルカラスを見つけたら、『逃げれば組織に殺される。私のもとに戻れば、法が貴方を守る』と伝えて」
「分かりました。……もし、抵抗されたら?」
優太が尋ねると、リベラは眼鏡の奥で冷ややかに笑った。
「その時は、正当防衛の範囲内で、手足の1本や2本……いえ、意識を刈り取ってきても構いませんわ。治療は貴方ができるし、法的処理は私がやりますから」
「(……やっぱり一番怖いのはこの人だ)」
優太は苦笑しながら、キャルルと共にオフィスを飛び出した。
「行くよ、キャルル! 匂いを追ってくれ!」
「ラジャ! 逃さないよ、1万円の商品券!」
二人はゴルド・タワーを駆け下り、不穏な空気が漂う東のスラム街へと疾走した。
最強の弁護士の威信と、太郎国の治安を守るための追跡劇が始まった。




