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EP 26

月下の超音速と、コーチの狂気

【冒険者ギルド・掲示板前】

「さて、今日のメニュー(依頼)は……」

優太は魔導通信石のパネルをスワイプし、高難易度クエストの欄を表示させた。

ゴブリンやオークでは、今のキャルルの「テスト相手」には不足だ。もっと硬く、もっと強い相手が必要だ。

「この『地竜アース・ドラゴン討伐』なんてどうだろう? 推奨ランクはAだけど」

岩のような皮膚と、鋼鉄をも噛み砕く顎を持つ陸戦の王者。

普通ならパーティで挑む相手だが、優太は迷いなく指差した。

「はいっ! 優太コーチ! 貴方となら、火の中、水の中、地竜の巣穴へでも!」

キャルルが敬礼する。その瞳孔は少し開き気味で、テンションが異様に高い。

「ふふ、楽しみですわ。竜のステーキが食べられますわね」

ルナも呑気に微笑んでいる。

しかし、リーザだけは冷や汗を流しながら、キャルルの様子を観察していた。

「(……マズいですわ。連日の地獄の特訓で、キャルルさんの脳内麻薬エンドルフィンが過剰分泌されてハイになっています。しかも……今夜は『満月』)」

リーザはカレンダーを思い出した。

月兎族げっとぞくは、満月が近づくと身体能力と闘争本能が跳ね上がる種族。

「ランナーズハイ」×「満月補正」。

今のキャルルは、歩く爆弾だ。

【岩石山脈・中腹】

ゴツゴツとした岩場が広がる地竜の生息域。

優太たちが足を踏み入れると、地面が激しく揺れた。

「グォォォォォォォッ!!」

岩陰から、全長10メートル近い巨大な影が現れた。

全身を茶褐色の鱗と岩の棘で覆った地竜だ。その威圧感は、以前戦ったオーガの比ではない。

「来たな……! 作戦通り行くぞ!」

優太が前に出る。

彼は【地球ショッピング】のウィンドウを展開し、黒光りする無骨な拳銃を取り出した。

オーストリア製の傑作ハンドガン、『グロック20』。

対熊用としても使われる、強力な10mmオート弾を使用するモデルだ。

「俺たちがヘイトを稼ぐ! キャルルは一撃に懸けてくれ!」

優太は両手でしっかりとグリップを握り、地竜の目元を狙ってトリガーを引いた。

バン! バン! バン!

乾いた銃声が山脈にこだまする。

10mm弾が地竜の顔面に着弾し、硬い鱗を削り取った。致命傷には至らないが、強烈な衝撃と痛みを与えるには十分だ。

「グルァッ!? グゥゥッ!!」

地竜が不快そうに顔を振り、優太を睨みつけた。ヘイトが向いた。

「今だ! キャルル!!」

優太の叫びが合図だった。

「はいっ!! 優太コーチとの熱い特訓……絶対に無駄にはしない!!」

キャルルは地竜から50メートルほど離れた位置で、深く身を沈めた。

両手を地面につき、腰を高く上げる。

優太が教え込んだ、陸上競技の基本姿勢――クラウチングスタートだ。

「(イメージしろ……私は弾丸。私は雷……!)」

キャルルの両足――鉄芯入り安全靴に、満月の魔力と全闘気が収束していく。

バチバチと青白い稲妻が周囲の岩を砕く。

「行くわよ……!!」

ドォォン!!

爆発音と共に、キャルルがスタートを切った。

一歩ごとの加速が常軌を逸している。

地面を蹴るたびにクレーターができ、彼女の姿がブレる。

「(5秒……? ううん、そんな遅いタイムじゃ、優太さんは満足しない!)」

彼女は一瞬でトップスピードに乗った。

風切り音が消える。

彼女は、音の壁を突き破った。

「私は……音速を超える!!」

キィィィィィン!!

衝撃波ソニックブームを纏いながら、キャルルは地竜の懐へ飛び込み、そのまま垂直に跳躍した。

空中での前方宙返り。回転の遠心力を極限まで乗せる。

「でええええい!! 超・電光流星脚スーパー・ライトニング・メテオ!!」

落下のエネルギー、音速の運動エネルギー、そして安全靴の鉄の硬度。

全てが一点、地竜の眉間に叩き込まれた。

バリバリバリバリッ!!

ドガガガガガガアアアアアアンッ!!!

雷鳴と破壊音が重なり、閃光が迸る。

地竜の岩のような頭蓋骨が粉砕され、その巨体がボールのように後方へ吹き飛んだ。

岩壁に激突し、土煙が舞い上がる。

一撃必殺。完全なる勝利。

「う、美しい……」

優太は硝煙の匂いの中で、呆然と呟いた。

地竜が倒れたことではない。

キャルルの走りのフォーム、跳躍の放物線、そしてインパクトの瞬間の筋肉の連動。

その全てが、スポーツ医学的に完璧だったからだ。

「やりましたね! キャルル!」

「素晴らしいわ! あの地竜を、まさか一撃で……!」

ルナとリーザが駆け寄る。

土煙の中、キャルルがふらりと立ち上がった。

「はぁ……はぁ……やった……」

安全靴からは煙が上がり、彼女の足は小刻みに震えている。

全力を出し切った達成感。

「やったな! キャルル!」

優太が駆け寄り、衝動のままにキャルルを力強く抱きしめた。

「きゃっ!?」

キャルルの心臓が跳ね上がる。

勝利の直後。満月の夜。吊り橋効果。そして、愛する人からの抱擁。

彼女の脳内で、ウェディングベルがガンガン鳴り響いた。

「優太コーチ! (つ、ついに……これがプロポーズ!? ついに私が優太コーチと婚約かあああ!?)」

キャルルは優太の胸に顔を埋め、涙ぐんだ。

あぁ、厳しい特訓はこの瞬間のためだったんだ。

愛してる、優太さん――

そう言おうとした時、耳元で優太が囁いた。

「素晴らしい……素晴らしいよ、キャルル」

「は、はい……♡」

「あの『超電光流星脚』のインパクトの角度……! あと0.5度修正して、助走のストライドを広げれば、威力はさらに倍になるはずだ! まだ伸びしろがあるぞ!!」

「……え?」

キャルルの動きが止まる。

優太は彼女の肩を掴み、狂気じみた笑顔で言った。

「さあ、データは取れた! 感覚が残っているうちに帰って反復練習だ! 今夜は寝かさないぞ、キャルル!」

もちろん、トレーニング的な意味で。

キャルルは優太の顔を見つめ、そして夜空の満月を見上げ――

魂の叫びを轟かせた。

「もう嫌だああああああああ!!!」

地竜をも倒した最強のウサギの悲鳴が、岩山にこだまする。

優太の「最強育成計画」はまだ終わらない。

彼女が光速に到達するその日まで、コーポ・タロウに安息の日々は訪れないのだった。

【ピロン!】

> システム通知

> 実績解除:音速の領域へ

> 獲得ポイント:10,000 P

> (※キャルルのストレス値が限界突破しました。至急、甘い物を与えてください)

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