EP 25
極寒のドラム缶と、狸の鎮魂歌
「はぁっ……はぁっ……! もう、動けないよぉ……!」
タロウ中央公園の芝生の上で、キャルルが大の字になって荒い息を吐いていた。
インターバル走、プライオメトリクス(ジャンプ)トレーニング、そしてフォーム矯正。
数時間に及ぶ優太の特訓メニューは、冒険者の常識を超えた過酷なものだった。
「よくやった、キャルル! 今日のタイムは過去最高だ! 乳酸が溜まっている今こそが勝負だぞ!」
優太はストップウォッチを見ながら満足げに頷くと、空間魔法を発動させた。
ズドォォン!!
重々しい音を立てて出現したのは、錆び一つない「ドラム缶」だった。
「優太さん……? それは何?」
「リカバリー用の浴槽だ。ルナ! この中に氷と水を入れてくれ! 満タンだ!」
「承知しましたわ」
待機していたルナが杖を一振りする。
『氷結生成』
ドラム缶の中に大量の氷塊と冷水が満たされ、周囲の空気が一気に冷え込んだ。
「よし! アイシング(寒冷療法)だ! キャルル、すぐさまこのドラム缶の中に入れ!」
「えぇ〜!? こ、この中に!?」
キャルルが耳を伏せて後ずさる。
運動直後の火照った体に、氷水。想像するだけで心臓が止まりそうだ。
「筋肉の炎症を抑え、疲労回復を早めるんだ! 明日も走るためには必要なことだぞ! さあ!」
「うぅ……優太さんの鬼ぃ! 分かったわよぉ!」
キャルルは覚悟を決め、服のまま(速乾性のスポーツウェア)ドラム缶へと飛び込んだ。
ザパァァァン!!
「ひゃうっ!? つ、冷たいいいいい!! 足が! 足がもげるぅぅ!!」
「我慢だ! 血管を収縮させて、老廃物を流すポンプ作用を促すんだ!」
悲鳴を上げるキャルルを、優太は心を鬼にして見守った。
【数分後】
「あがっていいぞ!」
「ぷはぁっ……! し、死ぬかと思った……」
震えるキャルルがドラム缶から這い出す。
そこへすかさずルナが駆け寄った。
「お疲れ様、キャルル。風邪を引いてしまいますわ」
ルナは大きなバスタオルでキャルルを包み込むと、反対の手から温風の魔法を放った。
『微風乾燥』
それはまさに、最高級のマイナスイオンドライヤー。濡れた髪も服も、瞬く間にふわふわに乾いていく。
「あぁ〜……あったかい……。ルナ、ありがとう……極楽……」
「よし、次は栄養補給だ!プロテイン(ホエイ100・ココア味)を一気飲みしろ!」
優太がシェイカーを差し出す。
キャルルはそれをゴクゴクと飲み干した。
「甘くて美味しい……。生き返る……」
「まだ終わりじゃないぞ。仕上げは『スポーツマッサージ』だ」
優太はレジャーシートを広げ、キャルルをうつ伏せに寝かせた。
「えっ? 優太さんが……マッサージ?」
「ああ。医大では東洋医学研究会にも入っていてね。指圧とマッサージの講習は受けてるから任せろ!」
優太はキャルルの太腿――鍛え上げられたハムストリングスに手を置いた。
「ひゃんっ♡」
「力を抜け。ここが張ってるな……」
優太の指が、正確にコリを捉えて押し込む。
医学的知識に基づいたその指圧は、痛気持ちいい絶妙なラインを攻めてくる。
「あぅ……そこっ……んっ♡ 優太さん……すご……上手ぅ……♡」
キャルルから艶めかしい声が漏れ始め、ルナが少し頬を膨らませる中、優太は指示を出した。
「よし、身体はほぐれてきた。あとは精神のリラックスだ。……リーザ! お前の出番だ!」
「はいっ! お任せください優太プロデューサー!」
リーザが一歩前に出た。
彼女の歌声には精神安定の効果がある。
優太は「ゆったりとしたバラードか子守歌を」とオーダーしていた。
「キャルルの安眠のために……歌います。『タヌキの鎮魂歌』」
リーザが厳かに歌い始めた。
> ♪ポンポンポン〜
> たぬきのお腹は ポンポコポン〜
>
「(ん?)」
優太の手が止まりかけたが、マッサージを続けた。
> ♪頭はハーゲハゲ〜
> お尻はツールツル〜
> それでも生きてる けもの道〜
>
あまりにも脱力感のある歌詞。
しかし、リーザの無駄に高い歌唱力とビブラートが、その歌詞を荘厳なアリアのように響かせていた。
「……ねぇ、リーザ。それ、リラックスさせる気ある?」
マッサージを受けながら、キャルルが突っ込んだ。
「あら、太郎様直伝の『日本のわらべ歌』ですわよ? 禿げ上がった頭とツルツルのお尻は、生命の無常さと滑らかさを表現しているとか」
「絶対違うと思う……」
しかし、氷風呂の疲労感、プロテインの満腹感、優太のマッサージの快感、そしてリーザの謎の子守歌。
これらが混ざり合い、キャルルの意識は急速にトロトロに溶けていった。
「あぁ……なんかもう……どうでもよくなってきた……。優太さんの手……気持ちいい……ムニャ……」
数分後。
キャルルはすやすやと寝息を立て始めた。
「よし、落ちたな」
優太は汗を拭った。
「ルナ、リーザ、協力ありがとう。これでキャルルの超回復は完璧だ」
「ふふ、優太さんこそお疲れ様ですわ」
「あの歌、本当に効いたんですのね……」
夕暮れの公園。
狸の歌が風に溶け、地上最速を目指すウサギは、愛するトレーナーの手によって深い眠りについた。
【ピロン!】
> システム通知
> サポート:効果的なリカバリーの実践
> 結果:キャルルの脚力・スタミナが大幅に向上(明日は5秒台が出るかもしれません)
> 獲得ポイント:1,500 P
>
優太は眠るキャルルをおんぶして立ち上がった。
その背中の重みは、確かな信頼と成長の証だった。




