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EP 24

恋のクラウチングスタート

「キャルル……前から思っていたんだ。少し、僕について来て欲しい」

優太の低く、真剣なトーンの声がリビングに響いた。

その瞬間、その場の空気が凍りつき――そして、沸騰した。

「!!?」

キャルルの長い耳がピンと直立し、顔が一瞬で林檎のように赤くなる。

「(キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!告白かああああ!?)」

キャルルの脳内でファンファーレが鳴り響く。

二人きりで来てほしい。それはつまり、愛の告白以外にあり得ない。

ついに、胃袋と鉄靴で優太を陥落させたのだ。

「そ、そんな馬鹿な……!」

横で紅茶を飲んでいたルナが、カップを取り落とした。

背後に「世界の終わり(ラグナロク)」の幻影が浮かび上がる。

「えぇ!? 優太プロデューサー!? 私という稼ぎ頭がいながら、寿退社ですの!?」

リーザもまた、金づる(優太)を失う恐怖に戦慄した。

しかし、勝者はキャルルだ。

彼女は勝ち誇った笑みを浮かべ、震える二人に流し目を送った。

「ふふっ……ごめんねぇ♡ この恋のレースは、私の勝ちだから♡」

キャルルは弾むような足取りで立ち上がり、優太の背中を追った。

「行きましょう、優太さん♡ どこへでもついて行くわ!」

【タロウ中央公園・芝生エリア】

優太に連れられ、二人は公園の広い芝生エリアにやってきた。

人気のない、木陰のベンチ。

シチュエーションは完璧だ。

優太がくるりと振り返り、キャルルに向き直った。

「キャルル……」

「は、はい!!(来る……! 『好きだ』って! 『結婚してくれ』って!)」

キャルルは胸の前で両手を組み、目を閉じてその言葉を待った。

心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。

「君にこれを渡したくて」

「えっ……(指輪!?)」

キャルルが目を開けると、優太の手には――

『陸上競技の科学 ~スプリント・メカニズムの基礎~』

『短距離走・最強トレーニングマニュアル』

という、分厚い専門書が握られていた。

「……え?」

キャルルの思考が停止した。指輪じゃない。本だ。しかも可愛くない本だ。

「優太さん……これ、は……?」

「キャルルの足は速い。先日のオーガ戦で、はっきりと見たよ」

優太は熱っぽく語り始めた。愛の言葉ではなく、筋肉の話を。

「君の『電光流星脚』は素晴らしい。だが、助走のフォームにはまだ無駄がある。地面反力の活かし方、重心移動、そして空気抵抗の処理……もっとスポーツ科学バイオメカニクスの観点を取り入れたら、君はもっと速くなれると思うんだ!」

「は、速く……?」

「ああ! 計算上、君の脚力なら100メートル5秒台も夢じゃないはずだ!」

優太が拳を握りしめる。

人類の世界記録が9秒台の世界で、5秒台。それはもはや瞬間移動に近い。

「速度(v)の二乗がエネルギーになる。つまり、助走スピードが倍になれば、『電光流星脚』の威力は4倍になる! ドラゴンだって一撃で粉砕できるぞ!」

「えぇ~……!?」

キャルルの膝から力が抜けた。

告白じゃなかった。ただの「強化トレーニングの勧誘」だった。

木陰からこっそり覗いていたルナとリーザが、ずっこけた。

「ゆ、優太様? ……キャルルのことが好きとか、そういうのでは……?」

ルナが恐る恐る出てきて尋ねる。

「え? 好きだよ? キャルルのあのバネのような腓腹筋と、ハムストリングスの収縮速度は芸術的だからね」

優太は真顔で答えた。

「キャルルの走りが5秒台になって、必殺技の威力が上がったら……ワクワクしないか?」

その目は、純粋にして狂気。

自分の好奇心と探究心のためなら、周りが見えなくなる科学者の目だ。

リーザがポツリと呟いた。

「(……太郎様と同じ目をしてるわ。面白い玩具を見つけた時の目を……)」

この世界の日本人は、なぜこうも凝り性なのか。

しかし、キャルルは優太のキラキラした目を見て、大きなため息をついた。

「はぁ……」

ときめきは消えた。でも、彼が自分の「足(才能)」をここまで真剣に見てくれているのは事実だ。

それに、強くなれば、もっと優太を守れる。

「……うわあああん! 分かったわよ!」

キャルルは涙目で本を受け取った。

「優太さんの期待に応えればいいんでしょ! 走るわよ! 5秒でも4秒でも出してやるわよ!」

「さすがキャルルだ! よし、まずはクラウチングスタートの基礎からだ。僕が作ったスターティングブロック(自作)を使ってくれ!」

「もう、スパルタなんだからぁ!」

こうして、公園にキャルルの悲鳴と、優太の「膝をもっと高く!」「腕の振り!」というコーチングの声が響き渡った。

恋のレースは一時中断だが、キャルルの「地上最速のウサギ」への道は、ここから始まったのである。

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