EP 23
貧乏の歌姫と、王様の切実な願い
【タロウ・シティ中央広場】
「よし、セッティング完了だ」
優太はスキル【地球ショッピング】を駆使し、広場に異質な空間を作り出した。
『業務用通信カラオケセット(大出力スピーカー付き)』
『LEDステージ照明』
『サイリウム(ペンライト)100本セット』
「す、凄いですわ優太さん! 路上ライブの域を超えてます!」
リーザがマイクを握りしめて震えている。
「さあ、行ってこいリーザ! 魂の叫びをぶちまけるんだ!」
「はいっ! 聴いてください、新曲『貧乏の夜』!」
イントロが流れると同時に、リーザの美声が広場に響き渡る。
> ♪値引きの弁当を 探し出す
> 賞味期限も 見ないまま……
>
その歌声は、切なくも力強く、広場を行き交う人々の足を次々と止めた。
特に、日々の生活に疲れた冒険者や主婦たちの心に深く突き刺さる。
「うぅ……分かる、分かるぞぉ!」
「半額シールの輝き……俺も昨日見たよ……!」
「頑張れー! 負けるなー!」
観客が一体となり、優太が配ったサイリウムを振り始めた。
おひねりの銅貨が雨のように投げ込まれる。
「凄いな……これがアイドルの力か」
舞台袖で見守っていた優太は感嘆した。
ただの貧乏自慢が、エンターテインメントに昇華されている。
「本当ね。リーザ、輝いてる」
キャルルもペンライトを振りながら、誇らしげに微笑んでいる。
「あら、素敵ですわ。……私も歌いたいです」
隣でルナがウズウズしながら杖を取り出した。
「私は『鎮魂歌〜全てを無に〜』を……」
「ストップ! それは別の機会で! 絶対に別の機会で!」
優太は即座にルナの口を塞いだ。彼女が歌えば、観客が物理的に昇天しかねない。
その時。
優太の背後に、ふらりと一人の男が現れた。
着古したジャケットに、無精髭。そして漂う甘いバニラの香り。
「へぇ……。俺が作った『18禁の夜』の歌詞を変えたのか。……なかなかいいアレンジじゃねぇか」
「あ、貴方は……」
優太が振り返ると、そこには先日銭湯で会った男――この国の王、佐藤太郎が立っていた。
彼はリーザのステージを満足そうに眺め、煙草を燻らせた。
「あの歌詞じゃ客を選ぶからな。大衆にウケるなら、こっちが正解だ。やるな、優太」
「太郎さん……(あんたが変な歌を仕込むから苦労したんだぞ)」
優太は心の中で毒づきつつも、国王に対する最低限の礼儀として会釈した。
「優太だったな。……実はお前に、折り入って頼みがあるんだ」
太郎が声を潜め、真剣な眼差しで優太を見た。
国の存亡に関わる重大な任務か? 優太は身構えた。
「何ですか? 僕にできることなら」
「ああ。……『ONE PIECE』と『HUNTER×HUNTER』、あと『鬼滅の刃』の単行本が欲しいんだが」
「……は?」
「言い値で買うぞ。国庫を開いてもいい」
太郎の目が血走っていた。
王としての威厳など微塵もない。そこには、ただ「続きが気になって夜も眠れない元日本人」の姿があった。
「こっちに来てから日本の漫画が恋しくてな……。特にジャンプ作品の続きが気になって、執務に集中できねぇんだ」
「(……この国王、ダメだ)」
優太は呆れたが、漫画が読みたい気持ちは痛いほど分かる。
「良いですよ。出します。……お金はいいです。その代わり、これからも僕らの便宜を図ってくださいね」
「おお! 神か! 恩に着る!」
優太は【地球ショッピング】を操作した。
『購入:ONE PIECE 最新刊まで』
『購入:鬼滅の刃 全巻セット』
『購入:HUNTER×HUNTER 最新刊まで』
ドサッ、ドサッ。
積み上げられたコミックスの山を見て、太郎の手が震えた。
「こ、これが……夢にまで見た続き……!」
太郎は貪るように表紙を確認していく。
「すげぇ……『鬼滅』は完結してるのか!?」
「『ONE PIECE』……ルフィがこんな姿に!? ワノ国編終わってる!?」
太郎は歓喜の声を上げ、最後に震える手で『HUNTER×HUNTER』を手に取った。
彼がこの世界に来てから数年(あるいは十数年)が経っているはずだ。
きっと、物語は大きく進んでいると期待しているに違いない。
太郎が最新刊のページをめくる。
そして、パラパラと確認し――動きが止まった。
「……………………おい」
太郎がゆっくりと顔を上げ、絶望に満ちた瞳で優太を見た。
「優太……。いやいや、嘘だろ?」
「……はい」
「『HUNTER×HUNTER』……全然、話が進んでね〜じゃねぇか!!」
太郎の悲痛な叫びが、リーザの歌声の裏でこだました。
「クラピカは!? まだ船の中か!? 俺が転生する前から船に乗ってたよな!? 数年経ってもまだ船なのか!?」
「仕方ないんです、太郎さん……。それが『HUNTER×HUNTER』なんです……。作者の腰痛と、クオリティ維持のために、休載期間が長くて……」
優太は同情を込めて、肩を落とす国王を慰めた。
異世界に転生しようとも、魔法が使えようとも、冨樫先生の連載ペースだけはどうにもならない。それは全宇宙共通の真理なのだ。
「うぅ……嘘だ……俺は、暗黒大陸編の結末を見るまでは死ねないのに……」
膝から崩れ落ちる国王。
ステージでは、リーザがサビを熱唱している。
> ♪行き先も 解からぬまま〜
> 暗い夜道で〜
>
「(今の太郎さんには、この歌詞が刺さるだろうな……)」
優太は、絶望する国王の背中と、大盛りあがりの観客を見比べながら、漫画文化の偉大さと罪深さを同時に噛み締めるのだった。




