EP 22
18禁の夜と、マグロ漁船の恐怖
「はぁ……。とうとうこの日が来てしまいましたわね……」
リビングのテーブルで、リーザがこの世の終わりみたいな顔をして突っ伏していた。
その向かい側では、キャルルが電卓(スキル産)を片手に、満面の笑みで仁王立ちしている。
「ちゃんちゃかちゃ~ん! はい、徴収のお時間ですよ~!」
キャルルは楽しそうに、請求書をテーブルに叩きつけた。
「今月の家賃、食費、水道光熱費……そしてルナの『ボヤ騒ぎ修繕積立金』と『迷惑料』を締めて合わせて……一人当たり金貨5枚(約5万円)の徴収となりまーす♡」
「はい、どうぞ」
優太は財布から、今月の稼ぎ(セーラ治療院の給料+ポイント換金分)を涼しい顔で出した。
ルナもまた、優雅に革袋から金貨を取り出す。
「はい、今月分ですわ。……チップはいりまして?」
「いらないよ。……うんうん、さすが優太さん、耳を揃えて完璧だわ。ルナの金貨も……よし、今回は本物ね(魔導鑑定済み)」
キャルルはチャリンと金貨を回収し、最後にリーザの方を向いた。
「さあ、リーザ? 今月は『新曲の衣装代』とか言って、結構散財してたよね? 払えるの?」
「うっ……」
リーザは震える手で、自分の通帳(タロウ銀行発行)を開いた。
そこに記された無慈悲な数字。
【残高:銅貨 1枚(100円)】
「うぅ……! 銅貨一枚……これでは、うまい棒しか買えませんわ……! 家賃なんて到底……!」
リーザが頭を抱えて絶叫した。
アイドル活動の経費がかさみ、実入りは少ない。典型的な自転車操業だ。
「どうしたの? リーザ」
見かねた優太が声をかけた。
「実は……衣装にこだわりすぎて、お財布が氷河期なんですの……」
「そうか、お金かぁ。……いいよ、僕が貸してあげる。出世払いでいいから」
優太は困っている仲間を見捨てられない。
それに、自分にはポイントという莫大な資産がある。金貨5枚など痛くも痒くもない。
しかし、優太の申し出を聞いた瞬間、リーザは顔面蒼白になり、ガタガタと震え出した。
「だ、駄目です!! 絶対に駄目ですわ!!」
「え? なんで?」
「太郎様が……プロデューサーが言ってましたの! 『カードローンのご利用は計画的に』と! 『友達から金を借りる奴は、最後はマグロ漁船に乗せられる』って!!」
「マグロ漁船……?」
「嫌ああああ! 私、船酔いするんです! マグロと一緒に凍りたくないいいい!」
リーザが錯乱して頭を振り回す。
「(……太郎おおお!? お前、純粋な異世界人に何を吹き込んでるんだ!?)」
優太はこめかみを押さえた。
現代日本の闇知識を、変な方向で教育しないでほしい。
「落ち着いて、リーザ。僕はカードローン業者じゃないし、マグロ漁船にも乗せないよ」
「ハッ……本当ですの? ……でも、借金はアイドルの沽券に関わります……」
「じゃあ、こうしよう。なんでリーザがお金がないのか、そこを解決しよう」
優太は腕を組んで分析を始めた。
「リーザは歌声も良いし、ルックスも最高だ。アイドルとして売れないはずがない。……もしかして、歌詞が良くないんじゃないかな?」
「歌詞、ですか?」
「うん。太郎プロデューサーが作った歌だっけ? どんな歌を歌ってるの?」
「は、はい。これが今イチオシの勝負曲……『18禁の夜』です」
「……タイトルからして嫌な予感がするけど、歌ってみて」
リーザはコホン、と咳払いをし、立ち上がった。
そして、聖女のように澄んだ美しい歌声で、その曲を歌い始めた。
♪落書きの多い 個室ビデオの壁
誰にも言えない 領収書を握りしめた
「(出だしからアウトだ! なんで異世界に個室ビデオがあるんだ!)」
♪14の時 補導されたあの場所で
今はローションの ヌメリに震えている
「(14歳で何があったんだよ!? しかもローション!? ヌメリ!?)」
リーザは感情を込め、サビへと盛り上げていく。
♪とにかくここから 逃げ出したい
背後に迫る 黒服の影
ホストの売掛 払えぬままに
俺は裏口の 階段を駆け下りる
「(ホストの売掛ぇぇ!! アイドルが歌う内容じゃない!!)」
♪盗んだローションで 滑り出す
行き先も 解からぬまま
暗い歌舞伎町に 縄で縛られたくないと
交番に駆け込む 18禁の夜
歌い終わったリーザは、満足げにポーズを決めた。
「……いかがでしたか? 太郎様曰く、『若者のやり場のない性衝動と、社会の闇を切り取った名曲』だそうです」
「全然ダメだよ!! 名曲への冒涜だよ!!」
優太は机をバンと叩いた。
尾崎豊の名曲『15の夜』を、ここまで下品かつアングラに改変するとは。太郎のセンスは壊滅している。
「えぇっ!? ダメなんですの!? メロディは最高にエモいですのに!」
「メロディが良いだけに質が悪いんだよ! 盗んだローションで滑り出すな! 転んで怪我するぞ!」
優太は頭を抱えた。これでは売れるわけがない。客層が「歌舞伎町の住人」に限定されすぎる。
「貸して。僕がリライトする」
優太はペンを取り、歌詞カードを書き殴った。
「リーザの現状に合わせて、もっと共感を呼ぶ歌詞にするんだ。……こうだ!」
【15の夜(リーザVer. ~貧乏の夜~)】
♪落書きの多い アパートの壁
誰にも言えない 空腹をごまかした
昨日の夜 食べたパンの耳で
今は胃液の 酸っぱさに震えている
♪とにかくここから 抜け出したい
玄関に迫る 大家の影
今月の家賃 払えぬままに
私はトイレの 窓から逃げ出す
♪値引きの弁当を 探し出す
賞味期限も 見ないまま
暗い夜道で 半額シールが光ると
レジへと駆け込む 貧乏な夜
「これだ……!」
歌詞を読んだリーザが、ガタガタと震え出した。
「す……凄い……! 私の魂の叫びが、そのまま歌詞になっていますわ……! 特に『大家の影』のくだりなど、リアリティが凄まじいです!」
「(そりゃ、目の前にいるからね)」
キャルルが「へぇ、逃げ出すつもりだったんだ?」と笑顔でトンファーを構えている。
「優太さん、ありがとうございます! これなら……これなら歌えます! 魂を込めて!」
「うん、頑張って。……で、家賃はどうする?」
「あ」
現実に引き戻されるリーザ。
結局、その日は優太がこっそり立て替え、リーザは翌日から新曲『貧乏な夜』を街角で熱唱することになった。
その切実すぎる歌詞と歌声は、タロウ・シティの庶民たちの涙を誘い、爆発的なヒット(おひねりの嵐)を生むことになるのだが……それはまた別の話である。




