EP 21
カードローンとピクニック、そして必死の現状維持
「さ、さぁて……。ルナの歯も治ったことですし……」
リーザが冷や汗を流しながら、カニ歩きでジリジリと玄関へ後退し始めた。
「わたくし、これからボイトレがありますので! 新曲『カードローン返済生活☆ ~ご利用は計画的に~』の振り付け練習が待ってますの! これにてドロンしますわ!」
「待ってくれぇぇ!!」
優太はリーザのドレスの裾をガシッと掴んだ。
「見捨てないでくれ! 君がいなくなったら、僕はこの家のパワーバランス(修羅場)に押しつぶされる!」
「い、嫌ですわ! キャルルの目が笑ってませんもの! 巻き込まれたら私が消されます!」
リーザが必死に抵抗する中、その「笑っていない目」をしたキャルルが、コツ、コツ、と安全靴の音を響かせて近づいてきた。
「ふ〜ん……。優太さん?」
キャルルは腕を組み、長い耳をピクピクと痙攣させている。
「『私』という相棒がいながら、ルナのお口の中を工事して……責任を取る、ですって?」
「ち、違うんだキャルル! あれは医療行為で!」
「言い訳は聞き飽きたわ。……で、責任ってどう取るつもり? 3枚おろし? それともミンチ?」
キャルルがトンファーを取り出し、クルクルと回し始めた。
一方、ルナは優太の腕に頬をすり寄せ、完全に自分の世界に入っている。
「優太さぁん♡ 結婚式は世界樹の前で挙げましょうね? 参列者が少ないなら、私がゴーレムを千体ほど呼び出しますわ♡」
「(どっちに転んでも地獄だ!!)」
優太の脳内会議が、かつてない速度で回転する。
このままでは、キャルルに物理的に殺されるか、ルナに社会的に埋葬されるかだ。
話題を変えろ。論点をずらせ。
平和的で、誰もが拒めない、圧倒的な「提案」をするんだ!
優太はバッと窓を指差した。
「い、いやだから!! ……見ろ! 今日はこんなに天気が良い!」
「は?」
「よし! 天気が良いから! ピクニックに行こう!!」
優太が叫んだ瞬間、時が止まった。
「……ピクニック?」
キャルルがトンファーを止めた。
リーザが足を止めた。
「そう! ピクニックだ! 広い公園で、レジャーシートを敷いて、僕の手作り弁当を食べる! サンドイッチに唐揚げ、卵焼き! 青空の下で食べるご飯は最高だぞ!」
優太は畳み掛けた。
「食」という最強のカードを切ったのだ。
「……サンドイッチ……唐揚げ……」
キャルルの耳がピーンと立ち、尻尾がブンブンと振られ始めた。
「……本当? 昨日のすき焼きみたいに、美味しいやつ?」
「もちろんだ! 特製の『タマゴサンド』と、秘伝のタレに漬け込んだ『鶏の唐揚げ』を作る!」
「行く!!」
キャルルの殺気が霧散し、食欲に変換された。チョロい。
リーザも瞳を輝かせて戻ってきた。
「ピクニック……! それはつまり、タダでお昼ご飯が食べ放題ということですわね!?」
「まあ、そうなるね」
「行きますわ! ボイトレなんてやってる場合じゃありません!」
そして、ルナ。
「まぁ、素敵……♡」
彼女はうっとりと手を組んだ。
「ピクニック……それは恋人たちの屋外デート……。優太さん、私のために……♡」
「(……まあ、そう解釈されても今はいい! とにかく外へ連れ出すんだ!)」
優太は拳を握りしめた。
「よぉし! 行こう! すぐに準備するから!」
心の中で**「現状維持! 現状維持!」**と唱えながら、優太はキッチンへと駆け込んだ。
【タロウ中央公園・芝生エリア】
一時間後。
太郎国の中心にある広大な公園には、和やかな空気が流れていた。
優太が【地球ショッピング】で購入した大きなチェック柄のレジャーシートの上には、重箱に入った色とりどりの料理が広げられている。
「うわぁぁぁ! すごーい!」
キャルルが歓声を上げる。
ふわふわの食パンに厚焼き玉子を挟んだサンドイッチ、カリッと揚がった唐揚げ、タコさんウインナー、そしてポテトサラダ。
「はい、お茶だよ」
優太が紙コップに麦茶を注いで渡す。
「いただきまーす!」
キャルルがサンドイッチを頬張り、リーザが唐揚げを両手に持って交互に齧る。
平和だ。さっきまでの修羅場が嘘のように平和だ。
「優太さん、あーん♡」
突然、ルナが卵焼きを箸でつまみ、優太の口元に突き出してきた。
「はい、あーん。お嫁さんの手料理(優太作だけど)だと思って食べてくださいな」
「えっ、いや、自分で食べれるから……」
「あら、拒否しますの? ……ショックで空から隕石を落としそうですわ……」
空が急に曇り始める。
優太は反射的に口を開けた。
「あー、うん! いただきます!」
パクッ。
「うふふ♡ 美味しい?」
「お、美味しいです……」
ルナが満足げに微笑み、空が晴れる。
しかし、その光景を黙って見ているウサギではなかった。
「……むぅ」
キャルルがサンドイッチを置き、自分も唐揚げをつまんだ。
「優太さん! 私のも食べて! はい、あーん!」
「えっ、キャルルまで?」
「ほら早く! ルナのが食べれて私のが食べられないなんて言わせないから!」
キャルルの安全靴が、優太の脛をコツコツと小突いている。拒否すれば蹴るという合図だ。
「い、いただきます!」
パクッ。
「えへへ♡ どう? 私が食べさせた方が美味しいでしょ?」
「う、うん。最高だよ」
優太が冷や汗を流しながら答えると、今度はリーザが悲しげな目で見つめてきた。
「優太さん……わたくしには……食べさせてくれないのですか……?」
「リーザちゃん!?」
「両手が唐揚げで塞がっていて、ポテトサラダが食べられませんの……。あーん、してくれませんと餓死しますわ」
「(器用な理由だな!)」
優太はスプーンを取り、リーザの口にポテトサラダを運んだ。
「あ〜ん……ハムッ。ん〜♡ 美味しいですわ〜!」
三人の美少女に囲まれ、あーん合戦を繰り広げる優太。
周囲の家族連れやカップルからの、「あいつ何者だ?」「爆発しろ」という視線が痛い。
【ピロン!】
システム通知
状態:ハーレムイベントの発生
善行:全ヒロインへの平等な愛の配分
判定:綱渡りの「現状維持」成功
獲得ポイント:5,000 P
優太は空を見上げた。
青い空、白い雲。そして逃げ場のない現実。
「(……まあ、世界が滅びるよりはマシか)」
優太は唐揚げを噛み締めながら、この奇妙で騒がしい「現状」を、もう少しだけ楽しむことにしたのだった。




