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EP 2

水辺の罠と、最初の反撃

「……よし。まずは現状確認シチュエーション・チェックだ」

森の木陰に身を隠し、優太は深く深呼吸をして心拍数を整えた。

パニックは死を招く。ハワイの射撃場で、教官ボブに耳にタコができるほど聞かされた言葉だ。

彼はリュックを下ろし、中身を確認した。

分厚い内科学書(鈍器兼用)、IFAK(個人携帯用救急医療キット)、高カカオチョコレート、ソーラーバッテリー、そして空のナルゲンボトル。

スキル【地球ショッピング】のウィンドウを開くが、表示は無情にも『現在ポイント:0 P』。

水一本すら買えない。

「……OK。想定の範囲内だ。まずは『3の法則』。空気は3分、シェルターは3時間、水は3日。……水の確保が最優先だ」

優太はリュックを背負い直し、五感を研ぎ澄ませて森を歩き出した。

視覚だけに頼らず、聴覚、そして嗅覚を使う。

湿った土の匂い、微かなせせらぎの音。

「……水の匂いがする」

確信を持ち、彼は植生が濃くなる方向へと進んだ。

数分後、木々の切れ間からキラキラと輝く水面が見えた。小川だ。

「あった……!」

喉の渇きが一気に押し寄せる。優太は駆け寄り、水筒を取り出して川面に身を乗り出した。

澄んだ水だ。煮沸が必要かもしれないが、今はとにかく水分が――

ヒュンッ!!

風を切る鋭い音が耳元を掠めた。

直後、優太の足元の地面に、粗末な矢が突き刺さった。

「ッ!?」

反射的に身を捻り、射線から飛びのく。

矢が飛んできた対岸の茂みを見る。

そこにいたのは、小柄だが醜悪な緑色の皮膚を持つ人型――ゴブリンだった。

汚れた腰布を巻き、手には不格好な弓を持っている。ニタニタと笑いながら、二の矢をつがえようとしていた。

「うわあああっ!!」

優太は脱兎のごとく駆け出した。

背後で何かが木に当たる音がしたが、構わずにジグザグに走って森の奥へと逃げ込む。

心臓が早鐘を打っている。

恐怖で足が震えそうになるのを、理性が必死に叱咤する。

(落ち着け、落ち着け優太! 相手は銃を持ってない! 距離を取れば逃げ切れる!)

数百メートルほど走り、完全に気配が消えた場所で、優太は木の根元に座り込んだ。

荒い息を吐きながら、自分の愚かさを呪う。

「……はぁ、はぁ……馬鹿か、僕は……」

喉の渇きに負けて、基本中の基本を忘れていた。

「『水場には獲物が集まる。故に、捕食者はそこで待ち伏せをする』……当たり前のことじゃないか」

動物番組でもよく見る光景だ。水を飲みに来たインパラをライオンが狙う。

さっきの自分は、完全に「無防備なインパラ」だった。

水場を確保しなければ死ぬ。だが、近づけば狙われる。

優太の目つきが変わった。

恐怖の色が消え、外科医がメスを握る前の、冷徹な集中力が宿る。

「逃げてるだけじゃ、ジリ貧だ。……排除クリアリングするしかない」

彼は周囲を見渡し、手頃な長さの樫の木の枝を拾い上げた。

余分な小枝をへし折り、手で重さを確かめる。

長さは約180cm。重心は悪くない。

薙刀なぎなたの代わりにはなるか……? 刃はないけど、間合い(レンジ)はある」

優太は棒を構え、素振りを一回。ブンッ、と低い風切り音が鳴る。

殺傷力は低いが、打撃力はある。

「行くぞ」

優太は来た道を戻り始めた。

足音を消す「忍びステルス・ウォーク」。教官ボブとのサバイバルゲームで嫌というほど練習させられた技術だ。

踵から着地せず、足の外側を使って体重を移動させる。

川の音が近づく。

優太は風下に回り込み、ゴブリンがいた場所の背後へと回り込んだ。

いた。

ゴブリンはまだそこにいた。

川辺で水を飲んでいるのか、あるいは次の獲物が来るのを待って矢尻を研いでいるのか。完全に背中を向けている。

(距離、5メートル……気付いてない)

優太は呼吸を止めた。

握りしめた木の棒に、力が籠もる。

相手は人じゃない。人を殺そうとした魔物だ。躊躇えば、こちらが死ぬ。

(人体の急所……後頭部、延髄への衝撃!)

優太は一気に距離を詰めた。

足音が立った時には、もう間合いに入っていた。

ゴブリンが驚いて振り向こうとした瞬間、優太は薙刀の上段の構えから、渾身の力で木の棒を振り下ろした。

「ハッ!!」

ガゴッ!!

乾いた、しかし鈍い衝撃音が響く。

木の先端が、ゴブリンの後頭部を正確に捉えた。

脳震盪どころではない。頸椎に直接響く一撃。

「ギャ……ッ」

ゴブリンは悲鳴を上げる暇もなく、白目を剥いて前のめりに倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。

「はぁ……はぁ……やった、か……?」

優太は残心ざんしんを残したまま、棒を構えて数秒静止した。

動かない。完全に意識を断っている。

緊張の糸が切れ、優太はその場に膝をつきそうになった。

だがその時、目の前に例のホログラムウィンドウがポップアップした。

『ピンポン!』

* 社会貢献(害獣駆除):達成

* 獲得ポイント:50 P

「……は?」

優太は目をぱちくりさせた。

倒れたゴブリンと、ウィンドウを交互に見る。

「これ……『良い事』扱いになるのか?」

どうやらこの世界の基準では、魔物を倒すことは「社会貢献」らしい。

50ポイント。今のレートなら50円。

「命がけで戦って、50円かよ……うまい棒5本分か……」

優太は皮肉な笑みを浮かべたが、その目には確かな希望の光が宿っていた。

戦えば、稼げる。

稼げば、物資が手に入る。

生き残るための「ルート」が見えた瞬間だった。

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