EP 15
医学的見地からの歌詞添削
「待ってくれ、キャルル! だから誤解だって!」
「ふんだ。聞こえないもーん」
タロウ・シティのメインストリート。
鉄靴を鳴らして早歩きするキャルルを、優太は必死に追いかけていた。
しかし、腰には「ルナ(ハーネス無しだが腕ロック状態)」という重りがへばりついているため、なかなか距離が縮まらない。
「優太さん♡ 街でもデートですの? 嬉しいですわ!」
「空気読んでルナさん! 今、パーティーの結束が崩壊の危機なんだよ!」
そんな修羅場の最中、広場の噴水前から、聞き覚えのある美しい歌声が響いてきた。
「あ、この声は……」
キャルルが足を止める。
人だかり(といっても、暇そうな老人と子供が数人)の中心に、見慣れた「みかん箱」が置かれている。
その上で、フリフリのドレスを着たリーザが、空き缶をマイク代わりに熱唱していた。
「皆さん! 季節の変わり目、体調はいかがですか!? 今日は新曲を持ってきました! 聴いてください、『インフル・バスター ~お薬の時間よ~』!」
リーザがポーズを決め、アカペラで歌い出した。
その歌声は天使のように澄んでいるが、歌詞は地獄のようだった。
> ♪ガンガンガン! アタマガガン!
> 視界が回るよ 39度!
> インフルエンザ大魔王 やっつけろ!
>
「お、おう……また凄い歌だな」
優太が呆気に取られていると、サビに入ったリーザが絶叫した。
> ♪今だ! 必殺! タミフルパーンチ!
> コウ・セイ・ザイ! ビーム!(キラッ☆)
>
さらに2番へと続く。
> ♪ガンガンガン! アタマガガン!
> 二日酔い将軍 許さない!
> 今だ! 必殺! ズルヤスミ!(有給消化!)
>
「……素敵。良い曲ね。切実な叫びが心に響くわ」
キャルルが真顔で頷いた。
「特に最後。私も明日のクエスト、ズル休みしよっかな……」
「いやいや! 違う違う! そこじゃない!」
優太の中に眠る「医学生の魂」が、キャルルへの弁解よりも先に爆発した。
彼はルナを引き剥がし、みかん箱へダッシュした。
「ストーーップ!! 演奏中止!!」
「ふぇっ!? ゆ、優太さん!?」
気持ちよく歌っていたリーザが、突然の乱入者に目を丸くする。
「リーザ! 今の歌詞はマズい! 医学的に大問題だ!」
「ええっ? 何がですの? メロディは完璧でしたでしょ?」
「メロディじゃない! 歌詞だ!」
優太は鬼の形相で指摘した。
「『タミフルパンチ』は百歩譲っていい! 抗インフルエンザ薬だからな! でもその次! 『抗生剤ビーム』ってなんだ!」
「え……? 悪い菌を殺すビームですが……」
「インフルエンザは『ウイルス』だ! 抗生剤(抗生物質)は『細菌』を殺す薬であって、ウイルスには全く効果がないんだよ! むしろ耐性菌を生むリスクがあるから、むやみに使っちゃダメなんだ!」
優太の熱弁に、リーザはポカンと口を開け、そしてオロオロと視線を泳がせた。
「で、でもぉ……この歌詞、太郎プロデューサーから頂いた由緒正しき……」
「太郎ォォォ!!」
優太は天を仰いだ。
あの適当な国王め。医学知識があるくせに、語呂の良さとノリだけで歌詞を作りやがったな。
しかも「二日酔いでズル休み」って、完全に自分の願望じゃないか。
「(ふざけてんな、太郎プロデューサーは……!)」
優太は深呼吸をし、リュックからメモ帳とペン(フリクションボールペン)を取り出した。
「貸して。僕が作り直す。正しい医療知識を広めるのも、アイドルの務めだろ?」
「は、はい! お願いしますわドクター優太!」
優太はサラサラとペンを走らせた。
数分後、修正された歌詞カードがリーザに渡された。
「よし、これで歌ってみてくれ」
「えっと……なになに……」
リーザはメモを読み上げ、コホンと咳払いをした。
そして、再び美声を響かせる。
> 【インフル・バスター(修正版)】
> ♪ガンガンガン! アタマガガン!
> 急な発熱 39度!
> インフルエンザ大魔王 現れた!
> ♪今だ! 必殺! タミフルパーンチ!
> 水分とって! 寝て治す!(安静第一!)
> 抗生剤は 効・か・な・い・ぞ!(ここテストに出るよ☆)
>
「うん! 完璧だ!」
優太が満足げに頷く。
観客の老人たちも、「ほう、風邪にあの薬は効かんのか」「勉強になるのぉ」と感心している。
「ありがとうございます優太さん! これで私も、医療系アイドルとして箔がつきますわ!」
リーザが嬉しそうに手を振り、観客からチャリン、チャリンとおひねり(銅貨)が投げ込まれた。
【ピロン!】
> システム通知
> 善行:誤った医療知識の拡散防止(公衆衛生への貢献)
> 獲得ポイント:500 P
>
優太が「よし」とガッツポーズをした時、背後からジトッとした視線を感じた。
「……優太さんってさ」
キャルルが呆れたように腕を組んで立っていた。
「女の子の機嫌を取るより、歌詞の医学的間違いを直す方が大事なんだね」
「えっ? あ、いや! そういうわけじゃなくて!」
「ふーん。ま、いいけど。……勉強熱心なとこは、嫌いじゃないし」
キャルルは小さく呟くと、少しだけ表情を緩めた。
「でも! 森での浮気(誤解)はまだ許してないからね! 今日のタロウキングのパフェ、私の分は『特盛』にしてもらうから!」
「……はい。仰せのままに」
優太は苦笑しながら敬礼した。
みかん箱の上で「水分とって~♪」と歌う貧乏姫と、パフェを楽しみにするツンデレウサギ、そして「私も食べますわ♡」と張り付く天然エルフ。
(……ま、これも悪くないか)
優太は財布の中身(稼いだばかりのポイント)を計算しながら、騒がしい帰路につくのだった。




