EP 14
世界崩壊の危機と、乙女心の決壊
「あ〜あ……」
キャルルが、安全靴のつま先で黒い灰を蹴りながら、心の底から残念そうな声を上げた。
目の前に広がっているのは、かつて緑豊かだった森の一部――今は完全に炭化した黒の荒野だ。
オーガの死体もまた、キャンプファイヤーの薪のように炭になっている。
「皮も、牙も、魔石も……全部ウェルダンどころか黒焦げだよぉ。これじゃあ、ギルドの査定は最低ランクだね……」
「ま、まぁ……オーガを討伐した事実は変わらないんだから。これで信じてもらえるか分からないけど」
優太は、辛うじて原形を留めていたオーガの角(ボロボロに炭化している)をハンカチで包んで回収した。
触れるだけで崩れそうな脆さだ。
その時、背後からすすり泣くような声が聞こえた。
「ご……ごめんなさい……!」
振り返ると、ルナが両手で顔を覆い、震えていた。
「わたくし……またやってしまいましたわ……。皆さんの獲物を……森を……うぅっ……」
彼女の悲しみが臨界点を超えた、その瞬間だった。
ズズズズズズズ……ッ!!
大地が不気味な重低音を立てて振動し始めた。
優太とキャルルが立っている地面が大きく隆起する。
「な、なんだ!?」
バリバリバリッ!
アスファルトを突き破る雑草のように、しかし規模は何百倍も巨大な「世界樹の根」が、地割れから次々と噴出したのだ。
周囲の生き残っていた草木も、ルナの悲鳴に呼応するように、狂った速度で成長し、触手のように蠢き始める。
【緊急警報!!】
> システムエラー発生!
> 検知:ルナ・シンフォニアの深い絶望
> 連動:世界樹による「地上の浄化」プロトコル起動
> 予測:あと30秒で、この大陸は植物に飲み込まれ滅びます。
>
視界一杯に真っ赤な警告ウィンドウが点滅する。
ルナが泣けば、世界が沈む。文字通りの意味で。
「いやいやいや! 待って待って! ストップ!!」
優太は薙刀を放り投げ、ルナの元へ全力疾走した。
蠢く木の根が優太の足を掴もうとするのを、スライディングで回避する。
「ルナは悪くない! 全然悪くないから! 泣かないで!!」
「で、でもぉ……私、役立たずで……迷惑ばかり……」
ルナの涙一滴が地面に落ちるたびに、巨大な根が暴れ回り、空がどす黒く染まっていく。
優太はルナの肩をガシッと掴み、必死の形相で叫んだ。
「迷惑なもんか! あのオーガを一撃で倒すなんて、ルナにしかできない凄いことだよ! 焼けた森なんて、僕のスキルの肥料ですぐ元通りになる!」
「ほ、本当……?」
「ああ本当だ! だから元気を出して! ……そうだ、この後すぐに街に戻って、**『タロウキング』**に行こう!」
優太は切り札を切った。
「新作のスイーツ……『季節限定・マロンパフェ』と『チョコレートケーキ』、両方頼んでいい! 僕が奢るから! 甘いものを食べて忘れよう!」
「……甘いもの? 両方?」
ルナが顔を上げた。
涙で濡れた瞳が、優太をじっと見つめる。
「ルナは悪くない? 優太さんは、怒ってない?」
「怒るわけないだろ! 君は最高だ! 世界一の魔法使いだよ!」
優太が親指を立てて、満面の(必死の)笑顔を見せると、ルナの表情が一瞬で輝いた。
「やったあ! 優太さん、大好きっ!」
ルナは杖を放り投げ、勢いよく優太の胸に飛び込んだ。
「ぐふっ!」
柔らかく、甘い香りのする体が優太に抱きつく。
同時に、暴れ回っていた木の根がスルスルと地中に戻り、黒い雲が晴れ、焼けた大地に小さな花が一斉に咲き乱れた。
【ピロン!】
> システム通知
> ミッション:世界崩壊の回避
> 判定:奇跡的なリカバリー
> 獲得ポイント:10,000 P
>
「やったあ! (これでまた生き延びた! ポイントもゲットだ!)」
優太はルナを抱き止めながら、安堵の雄叫びを上げた。
1万ポイント。これで壊れた装備も新調できるし、キャルルへの埋め合わせもできる。
全ては丸く収まった――はずだった。
「優太さん?」
絶対零度の声が、背後から刺さった。
「ヒッ」
優太が恐る恐る振り返ると、そこにはキャルルが立っていた。
彼女は、抱き合う二人(特に、だらしなくルナを受け入れている優太)を、ゴミを見るような冷ややかな目で見下ろしていた。
「ルナと抱き合って、何をしてるの? 森の中で」
「い、いや……違うんだキャルル! これは世界平和のために必要な処置で! 不可抗力というか、緊急回避行動というか!」
優太は慌ててルナを引き剥がそうとするが、ルナは「えへへ〜♡」とタコのように張り付いて離れない。
「ふーん……。世界平和のためなら、女の子とベタベタしてもいいんだ」
キャルルはフン、と鼻を鳴らし、プイと顔を背けた。
その長い耳が、完全に伏せられている。拒絶のサインだ。
「もう知らないもん! 優太さんのバカ! 女たらし!」
「ちょ、キャルル!?」
「先に戻ってるから!」
キャルルは鉄芯入り安全靴で、わざとらしく大きな音を立てて地面を踏み鳴らし、スタスタと森の出口へ向かって歩き出してしまった。
「待ってくれ! 誤解だ! おーい!!」
優太が手を伸ばすが、ルナが腰にしがみついているせいで追いかけられない。
「優太さん♡ 早くパフェ食べに行きましょ?」
「あぁもう! 世界崩壊は防いだけど、パーティーが崩壊だよ! 誰か助けてくれぇぇ!!」
炭化した森に、優太の悲痛な叫びがこだまする。
ポイントは稼げたが、一番大切な「相棒の信頼」を取り戻すためには、1万ポイント以上の出費と努力が必要になりそうだった。




