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EP 11

伝説のメンテナンス師と、微糖の缶コーヒー

「ふぅ……午前の部はこれで終わりか」

怒涛のような診療時間を終え、優太はクリニックの裏口にある休憩スペースで一息ついていた。

白衣を脱ぎ、パイプ椅子に座る。

スキル【地球ショッピング】で購入したミネラルウォーターが、乾いた喉に染み渡る。

「よう。新入りってのはアンタか?」

不意に、野太い、しかしどこか気の良さそうな声が掛かった。

優太が顔を上げると、そこには作業着ツナギを着て、腰に工具ベルトを巻いた男が立っていた。

30代半ば。筋肉質だが威圧感はなく、どこか枯れた哀愁と頼り甲斐が同居している。

手には使い込まれたジッポライターと、箱が潰れかけたタバコを持っていた。

「あ、はい。今日から働かせてもらっている中村優太です」

「俺はリュウ。ここの設備のメンテと、嫁さん……セーラの雑用係をやってる」

男――伝説の勇者リュウは、人懐っこい笑みを浮かべて隣の椅子に腰掛けた。

彼こそが、かつて魔神王を両断した英雄だ。しかし今の彼からは、覇気よりも「仕事終わりのサラリーマン」のような疲労感が漂っている。

「セーラから聞いたよ。『面白い日本人が来た』ってな。アンタもあっち(日本)から来たんだろ?」

「ええ。リュウさんも、ですよね。……お疲れ様です」

「はは、敬語はいいって。俺も元はただの営業マンだしな。……ふぅ」

リュウはタバコを一本取り出し、愛おしそうに口にくわえた。

火を点け、紫煙を深く吸い込む。

「……あー、生き返る。やっぱこれがないとやってらんねぇよ」

優太はそのパッケージを見て、目を丸くした。

青い箱。流線型のデザイン。

「それ……**『メビウス』**ですか?」

「おう。太郎……国王陛下にお願いして、特別にスキルで出してもらってるんだが、あいつも忙しいからな。月に数カートンしか回ってこねぇんだ。貴重品だよ」

リュウは切なそうに、短くなったタバコを見つめた。

日本人の心とも言える嗜好品。しかし供給は不安定。

優太は察した。これは、恩を売る(ポイントを稼ぐ)チャンスであり、何より同郷の先輩への敬意を示す時だと。

優太はそっと空中に指を走らせた。

【地球ショッピング起動】

『購入:メビウス・ワン・100's(1カートン)』

『購入:サントリーBOSS 贅沢微糖(ショート缶)』

「リュウさん。これ、挨拶代わりです」

優太は亜空間から、未開封のタバコのカートンと、冷えた缶コーヒーを取り出した。

「……は?」

リュウの動きが止まった。

口からタバコが落ちそうになる。

「お、おい……これ……本物か? しかも、ワンのロング……俺が一番好きな銘柄……」

「僕のスキル、日本の物が買えるんです。よかったらどうぞ」

「……神か? アンタ、神なのか?」

リュウは震える手でカートンを受け取ると、拝むように額に押し当てた。

そして、缶コーヒーのプルトップを『カシュッ』と開け、一口飲む。

「っくぅぅぅ……!! この甘さと苦味……! 異世界の甘すぎるコーヒーじゃ味わえねぇ、日本のサラリーマンの血肉……!」

リュウの目尻に光るものが見えた。

伝説の勇者が、缶コーヒー一本で泣いている。

【ピロン!】

システム通知

善行:疲れた中間管理職(勇者)への精神的救済

判定:故郷の味による癒やし

獲得ポイント:1,000 P

「ありがとうな、優太くん。……よし、決めた。アンタの武器や道具のメンテは、俺が一生面倒見てやる。俺の『ウェポンズマスター』の腕にかけて、最高の状態に仕上げてやるよ」

「えっ、いいんですか?(勇者のフルメンテナンスとか、最強の特典じゃないか?)」

「おうよ。ついでに城の訓練場も使い放題にしてやる。……あ、そうだ」

リュウは作業着のポケットから、小さな金属片を取り出した。

「これ、やるよ。俺が作った『簡易結界発生装置(試作品)』だ。魔力を流すと、5秒だけ物理攻撃を無効化できる。護身用に持っとけ」

「そ、そんな凄い物を!?」

「缶コーヒーの礼だ。安いもんさ」

タバコ1カートンと缶コーヒーで、国宝級のアイテムが手に入ってしまった。

わらしべ長者にも程がある。

その時、裏口のドアが勢いよく開いた。

「パパ~!!」

「おっと!」

飛び出してきたのは、ランドセル(革製カバン)を背負った10歳くらいの少女だった。

金髪のツインテールに、活発そうな瞳。勇者と聖女の娘、リリスだ。

「リリス、学校終わったのか? お帰り」

リュウが目尻を下げて娘を受け止める。

「うん! あ、パパ! なにそれ、日本のコーヒー? ずるいー! 私もジュース飲みたいー!」

リリスはリュウの手にある缶を見て頬を膨らませ、そして優太に気づいた。

「あ、誰この人? 新しいお弟子さん?」

「初めまして、リリスちゃん。中村優太です。今日からここで働いてるんだ」

優太は目線を合わせてしゃがみ込んだ。

相手は勇者の娘。ここでも「善行」を積んでおくのが大人のマナーだ。

『購入:果汁グミ(ぶどう味)』

『購入:三菱鉛筆 クルトガ(シャープペンシル)』

「これ、お近づきの印だよ。日本のグミと、『芯が回ってトガり続けるペン』だ」

「えっ!? グミ!? それに、このペン……すごい! 書いても書いても文字が太くならない!」

リリスはシャープペンシルをカチカチさせて、持っていたノートに試し書きをして目を輝かせた。

この世界、筆記具はまだ羽ペンや付けペンが主流だ。日本の文房具は魔法の道具アーティファクトに等しい。

「すごいすごい! ありがとう優太お兄ちゃん! 私、これでお勉強頑張って、パパみたいな勇者になる!」

「ははは、頑張ってね」

「優太お兄ちゃん、大好きー!」

リリスが無邪気に優太に抱きつく。

リュウは「お前、やるなぁ」とニヤニヤし、休憩室の窓からはセーラが「あらあら」と微笑んで見ていた。

【ピロン!】

システム通知

善行:未来の勇者への教育支援(文房具の提供)

判定:家族の団欒への貢献

獲得ポイント:3,000 P

(……勇者一家、チョロい……じゃなくて、温かい人たちで良かった)

優太は確信した。

この職場は、最高の環境だ。

勇者の加護(物理)、聖女のバックアップ(医療)、そして未来の勇者の懐き。

これで異世界生活は安泰だ――

そう思っていた。

帰宅するまでは。

【コーポ・タロウ 201号室】

「ただいまー」

優太が上機嫌で玄関を開けると、そこには「絶対零度」の空気が漂っていた。

リビングの中央。

ルナ・シンフォニアが、仁王立ちで待っていた。

背後の桜の木は枯れ果て、代わりに吹雪が吹き荒れている。

「お、お帰りなさい……優太さん……」

声が低い。

キャルルとリーザが、部屋の隅でガタガタと震えながら「逃げて」とジェスチャーをしている。

「ル、ルナさん? どうしたの、部屋の中で吹雪なんて……」

「……くんくん」

ルナが無言で優太に近づき、胸元に顔を埋めて匂いを嗅いだ。

「……女の匂いがするわ」

「ひっ」

「しかも、二人分……。一人は大人の色気がある人妻……もう一人は元気な女の子……。優太さん? 初出勤じゃなかったの? 職場で何をしていたの?」

ゴゴゴゴゴ……と、ルナの背後に巨大な氷のゴーレムが生成され始める。

聖女セーラとリリスの残り香。

それが、ヤンデレ気質(世界樹譲り)のルナの逆鱗に触れたのだ。

「ち、違う! これは仕事仲間とその娘さんで! 誤解だ!」

「誤解? ……ふふ、なら、その身体ごと凍らせて、永遠に私のものにすれば、浮気なんてできなくなるわよね?」

「論理が飛躍してる!!」

【緊急警告】

危機:ルナ・シンフォニアの嫉妬による氷河期到来

回避条件:至高のスイーツによる懐柔

制限時間:10秒

「(くそっ! やっぱりこの家が一番のダンジョンだ!)」

優太は叫びながら、スキルウィンドウを連打した。

「ル、ルナちゃん! お土産! お土産買ってきたんだ! 日本の……『高級プリン』!!」

優太が差し出したのは、1個500円もする瓶入りのなめらかプリンだった。

「……プリン?」

ルナの動きが止まる。

氷のゴーレムの手が、優太の鼻先で停止した。

「そ、そう! 君のために、仕事帰りに買ってきたんだ(嘘)! 一緒に食べよう!」

「……私のために?」

「もちろんだよ!」

ルナの瞳からハイライトが戻り、吹雪が一瞬で止んだ。

代わりに、桜が一気に満開になり、花びらが舞い散る。

「まぁ♡ 嬉しい! 優太さんったら、私のことばかり考えてくれてたのね!」

ルナは満面の笑みでプリンを受け取り、優太の腕に抱きついた。

「許してあげるわ♡ さあ、リーザとキャルルも一緒に食べましょう!」

部屋の隅で凍りついていた二人が、「助かった……」と崩れ落ちる。

優太は深いため息をついた。

職場では勇者に感謝され、家では魔王級の災害をプリンで封印する。

彼の「胃袋と物量で世界を救う」戦いは、まだ始まったばかりだった。

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