EP 10
ハローワークと戦場の聖女
「あぁ……イチゴジャム……! パンの耳が、宝石のような輝きを……!」
朝食のテーブルでは、リーザが涙を流しながらパンの耳を齧っていた。
優太がスキルで出した『アヲハタ まるごと果実』を塗っただけで、彼女にとっては王宮のデザートに昇華されたようだ。
「優太さん、ありがとう! 人参サラダのマヨネーズも日本の味がする!」
キャルルはボウル一杯の千切り人参を、麺のように吸い込んでいる。
「あら、水道の水が冷たいわね。……温泉に変えてあげましょうか?」
「ストップ!! ルナさん、蛇口から硫黄泉を出そうとしないで! 配管が溶ける!」
優太は慌ててルナの手を止めた。
朝から世界平和(アパートの配管)を守り、冷や汗を拭った優太は、身支度を整えて立ち上がった。
「それじゃ、行ってくるよ。仕事を見つけないと家賃が払えないからね」
「行ってらっしゃーい! 人材ギルドの場所、地図描いといたから!」
キャルルから渡された、意外と達筆で分かりやすいメモを手に、優太は街へと繰り出した。
【太郎国 人材ギルド(通称:ハローワーク)】
役所のような無機質な建物に入ると、そこには番号札を持った人々が並んでいた。
優太も番号札を取り、待つこと数十分。
「204番の方~、どうぞ~」
窓口に呼ばれた。担当官は眼鏡をかけた真面目そうな人間の女性だ。
「ええと、中村優太さんですね。希望職種は……医療関係、と。資格証などは?」
「いえ、独学です。ただ、外科処置の心得と知識はあります」
「ふむ……無資格ですか」
担当官は難色を示したが、優太の履歴書(スキルで出したボールペンで書いた美麗な字)を見て考え込んだ。
「実は今、猫の手も借りたいほど忙しい場所が一箇所ありまして……。そこなら、実力次第で即採用もあり得ます」
「どこですか?」
「『セーラ治療院』です。院長が非常に……厳しい方ですが、腕は確かです」
昨夜キャルルが言っていた名前だ。
優太は迷わず頷いた。
【セーラ治療院】
紹介状を持って訪れたその場所は、まさに「野戦病院」の様相を呈していた。
待合室には、魔物に切られた冒険者や、火傷を負った魔術師たちが溢れかえっている。
「次! ポーションで止血できない人は奥の処置室へ!」
怒号のような指示が飛ぶ。
白衣の上にエプロンをつけた女性が、血まみれの患者をテキパキと捌いていた。
30代半ばほどの、理知的だが眼光の鋭い美人――彼女こそが、元聖女セーラだ。
「あ、あの……人材ギルドの紹介で来た中村です」
「中村? ああ、聞いてるわ。でも今は面接してる暇なんて――」
セーラが振り返ったその時、入り口から担架が運び込まれた。
「先生! 急患です! オークに脇腹をえぐられました! 傷が深くて回復魔法が追いつきません!」
運ばれてきたのは若い剣士だ。脇腹から大量に出血しており、顔面は蒼白。ショック状態に入りかけている。
「チッ……! 血管が切れてるわね。これじゃ魔力を流しても傷口が塞がる前に血が尽きるわ」
セーラが手をかざし、光魔法で応急処置をしようとするが、傷口が複雑すぎて塞ぎきれない。
彼女の額に汗が滲む。
「……僕がやります」
優太は一歩踏み出した。
「は? あなた、素人じゃ……」
「血管の結紮と縫合ならできます。その間に先生は、全身のバイタル維持と魔力供給をお願いします!」
優太の目は、完全に「外科医」のものだった。
その気迫に押されたのか、あるいは藁にもすがる思いか、セーラは瞬時に判断した。
「……いいわ。失敗したら私が蘇生させる。やってみなさい!」
「はい!」
優太は患部の前に膝をついた。
リュックを下ろす暇はない。
彼は頭の中で、必要な器具をイメージし、スキルを発動させた。
【地球ショッピング起動】
『購入:医療用鉗子』
『購入:持針器』
『購入:ナイロン縫合糸』
『購入:滅菌ガーゼ』
光と共に、優太の手に銀色の器具が現れる。
彼は迷いのない手つきで傷口を開き、出血点を探した。
「(ここだ……! 動脈が裂けてる)」
優太の動体視力と、ハワイで習った戦場医療(TCCC)の経験が活きる。
噴き出す血の中で、鉗子を正確に突き入れ、血管を挟んで止血した。
「よし、止まった! 先生、洗浄を!」
「ええ、任せて。『ウォーター・クレンズ』!」
セーラが魔法で傷口を洗浄する。
綺麗な術野が見えた瞬間、優太は素早く縫合を開始した。
針を回し、糸を結ぶ。その速度と正確さは、医学生レベルを超えていた。
「(……凄い。魔法による強制治癒じゃない。人体の構造を理解した、物理的な修復……!)」
セーラは魔法で患者の体力を維持しながら、優太の手元に見入っていた。
太郎が持ってきた医学書で知識としては知っていたが、ここまでの技術を持つ者はこの世界にはいない。
「縫合完了。……先生、仕上げの回復魔法を」
「え、ええ。『ハイ・ヒール』!」
傷口が塞がれ、あらかじめ血管が繋がれていたため、魔法の効果は劇的だった。
みるみるうちに患者の顔に赤みが戻る。
「た、助かった……」
患者がうわ言のように呟く。
処置室に安堵の空気が流れた。
優太はゴム手袋(これも購入したもの)を脱ぎ、ふぅと息を吐いた。
「……お見事ね」
セーラが感嘆の声を上げて近づいてきた。
「その不思議な道具の出し方も気になるけど……何より、その腕。あなた、タダモノじゃないわね?」
「い、いえ。ただの医者志望です」
「合格よ。今日からここで働きなさい。給料は弾むわ」
セーラは優太の肩をバンと叩き、ニヤリと笑った。
「それに、あなた日本人でしょ? 主人が喜ぶわ。休憩時間に日本のタバコの話でもしてあげて」
「主人?」
「ええ。ウチの人はリュウっていうの。……ま、今はただの用務員のおじさんだけどね」
優太は驚いた。
キャルルが言っていた「聖女セーラ」。その旦那が、あの伝説の勇者リュウなのか。
「よろしくお願いします、セーラ先生」
「こちらこそ。……あ、ちなみに」
セーラは優太の顔を覗き込み、小声で付け加えた。
「ウチ、福利厚生で**『お昼ごはん』**が出るんだけど……あなた、料理もできる?」
「ええ、まあ。昨日はカレーを作りましたけど」
「採用決定!! 明日からお昼はカレーね! 太郎様が作ったレトルト飽きてたのよ!」
どうやら、胃袋採用の側面も強かったようだ。
【ピロン!】
システム通知
善行:人命救助(重症)
追加ボーナス:医療技術の伝播(文化的貢献)
獲得ポイント:5,000 P
(よし……これで来月の家賃と、ルナの機嫌取り用のお菓子代は確保できた)
優太はホッと胸を撫で下ろし、白衣(自前で購入)に袖を通した。
こうして、中村優太の「戦う外科医」としての生活が始まったのである。




