3 出来損ないの烙印
翌日、家庭教師が私の前に深々と頭を下げ、声を震わせながら打ち明けてきた。
「……スカーレット様。本当に申し訳ございません。カーク侯爵夫人に『言うとおりにしなければ解雇する』と脅され、従うしかなかったのです。教育者として断じて許されぬ行いとわかってはおりましたが……」
苦しげに言葉を継ぐ。
「私はこの仕事で得るお給金に頼っております。病を患った母の薬代もあり、生活は決して楽ではございません。それに、カーク侯爵夫人は『従わなければ辞めさせるだけでは済まさない。悪評を流し、二度と家庭教師として雇われないようにしてやる』とまで……。どうかお許しください、スカーレット様。本意ではございませんでした」
家庭教師の目には涙がにじんでいた。
(やっぱりアメリが……。先生まで脅して、ひどい……っ)
悔しさと悲しさがないまぜになり、胸の奥が押しつぶされそうになる。気づけば頬を熱い涙が伝っていた。
けれど、しばらくすると、少しずつ気持ちが落ち着いていった。
先生を責めても仕方がない。正直に真実を語り、こうして頭を下げているのだから。考えてみれば、私の答案用紙が妹のものにされても、知識そのものまで奪われるわけではない。――きっといつか、この努力は自分を支えてくれる。だから今は耐えよう。
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そうして月日は流れ、私は16歳を迎えた。ペンフォード王国では16歳になると学園に通うのだが、私もドキドキしながら馬車に乗って学園に向かった。
入学初日の朝、生徒たちは全員、講堂に集められた。磨かれた床に長い列を作り、順番に魔力測定を受けていく。講堂の正面には、大きな水晶が据えられていた。淡い光を宿し、静かにゆらめくその水晶は、子どもたちの魔力を受け取って強さを示す魔道具だという。
「スカーレット・カーク侯爵令嬢」
名を呼ばれ、私はおそるおそる歩み出た。無数の視線が背に突き刺さる。喉はからからに乾き、呼吸さえ苦しい。それでも両手を水晶にかざす。けれど――水晶は静まり返ったまま、光を放つことはなかった。
「スカーレット・カーク侯爵令嬢、魔力ゼロ!」
測定員の冷たい声が講堂に響く。次の瞬間、ざわめきが笑い声に変わった。
「まあ……お気の毒。魔力ゼロの侯爵令嬢なんて前代未聞よ」
「ははっ。平民以下? いや、平民でも多少は光るだろう」
(どうして……? 本当に私は、魔力を持っていないの?)
必死にもう一度水晶に手を押し当てたけれど、結果は同じ。
「カーク侯爵令嬢、もう水晶が反応することはない。下がりなさい」
測定員の冷たい声が講堂に響く。次の瞬間、後ろに並んでいた少女たちが、またくすくすと笑い出し、やがてあからさまな悪口を言い出す。
「見た? 今にも泣き出しそうな顔をしていたわ」
「これからゼロ令嬢って呼びましょうよ」
「いいえ、『ゼロスカ』の方が呼びやすいわ。スカーレットのスカって、空っぽって意味にも聞こえるし」
「しっ! 声が大きいわよ。一応はカーク侯爵令嬢なんだから、侯爵家から抗議文がきちゃうわ」
嘲笑の渦を背中に浴びながら、私は足を引きずるようにしてその場を離れた。
魔力測定が終わると、講堂の外の掲示板に新入生のクラス分けが貼り出された。家庭教師から提出された成績をもとに、一年目の席次が決まるのだ。私は前に進み、震える指先で自分の名前を探す。そこに記されていたのはCクラスだった。
覚悟していたはずなのに、胸の奥がずきりと痛む。提出されていたのは、私のものではなくメルバの成績。結果がこうなるのはわかっていたのに、やっぱり悔しい。
背後からは、押し殺した笑い声が漏れ聞こえる。
「嫌だ、ないのは魔力だけじゃなかったのね? 頭のほうも空っぽなんて……」
「ゼロ判定に加えて、落ちこぼれクラス? 嘘みたい。学園始まって以来なんじゃない? 見た目だけは良いのも笑えるわね。ルビー色の髪にサファイアブルーの瞳。すごい美人で高位貴族そのものってかんじなのに、中身は残念すぎだわ」
「Aクラスは王族・有力貴族、Bクラスは普通の貴族、Cクラスは出来損ないと庶子。侯爵令嬢なら普通はAクラスよ」
突き刺さるような視線と囁きが、容赦なく私の心をえぐった。
。゜☆: *.☽ .* :☆゜
学園から離れに戻ると、侍女が慌ただしく駆け寄ってきた。
「スカーレット様。旦那様がお呼びです。サロンでお待ちですよ」
胸の奥がざわつくのを感じながら、私は足を向けた。サロンの扉を開いた途端、お父様の鋭い視線が突き刺さる。
「スカーレット、魔力測定の結果はどうだった? 属性は? 魔力量は?……さっさと、魔力測定表を見せろ!」
ソファにはアメリとメルバも並んで座っていた。神妙そうに取り繕った表情をしているが、瞳は好奇心に輝き、唇は意地悪な笑みを隠しきれていない。
魔力測定表を見せた次の瞬間を思うと、胸がぎゅっと締めつけられるように苦しくなった。




