28 この腕の中が…… 最終話
私が手を翳すと、眩い光が部屋中を柔らかく包んだ。女将さんの呼吸が少しずつ落ち着き、青ざめていた顔色も徐々に戻っていく。
「大丈夫、私がついています。元気な赤ちゃんを無事に生みましょうね」
痛みが少しでも和らぐように、そして赤ちゃんが健やかに生まれるように――心の中で力いっぱい念じる。
(絶対に、守り抜くわ……!)
「おぉ……顔色が少し良くなってきたね。これなら大丈夫かもしれない。さぁさぁ、聖女様以外は出てっておくれ」
産婆さんがにっこりと微笑みながら言うと、寝室にいる旦那さんや常連客たちは名残惜しそうに、そっと部屋を後にした。
静寂が戻った寝室に、張りつめた空気と緊張の余韻が漂う。
やがて、元気な産声とともに新しい命が誕生した。
「生まれたよ! 元気な男の子だ! 聖女様のおかげだね。母子ともに無事だよ」
産婆さんが寝室の外に向かって声高に告げると、旦那さんが勢いよく駆け込んできた。目には涙が光り、安堵の息を漏らす。
「ありがとう……ありがとうございます!」
何度も何度もお礼を言われ、私は微笑みながら当然のことだと答えた。女将さんには本当にお世話になったのだから。
常連客たちは寝室の扉の前で遠慮がちに様子を窺っていたが、元気な赤ちゃんの姿を見て、ぱっと表情が明るくなり、みんな一斉に拍手をしだす。
「おめでとう!」
「やっぱり聖女様の力はすごいわね……。ミカーレットちゃんがスカーレットちゃんだったなんて、まったく気づかなかったわ」
私は深く頭を下げ、改めて常連客の皆さんに謝った。変装をしていなければ宿屋の手伝いができなかったことを説明すると、皆はすぐに納得してくれ、温かい笑顔が返ってきた。
赤ちゃんの小さな体は弱々しいけれど、確かに生きている。私は微笑みながらそっとささやく。
「ようこそ、この世界へ……元気に育ってね」
私は女将さんと子供の命を守ったことで、恩返しができたと思い、とても嬉しかった。
。゜☆: *.☽ .* :☆゜
やがて、スチュアート様が帰国する日がやってきた。私は近衛騎士たちと船に乗りこんだ彼に、寂しい気持ちで手を振った。
(次に会えるのは、いつかしら?)
「いいのかい? このまま一人で行かせてしまって。スカーレットちゃんはまだ若いから、人生は長いと思っているかもしれないけれど……私はこの子を産むとき、命の危険を感じたのよ。ああ、いつまでも生きていられるわけじゃないんだなって、改めて思ったわ」
赤ちゃんを抱っこしている女将さんが、しみじみとつぶやいた。女将さんには、スチュアート様がゴールドバーグ王国の王太子であることは伝えてある。今日は一緒にお見送りに付き合ってくれたのよ。
お忍びでお見送りにいらっしゃった王妃殿下まで、私を迷わせるようなことをおっしゃった。
「スチュアート様は祖国に帰れば、貴族の令嬢たちすべてが憧れる王太子様でしょう? もちろん、あの方が心変わりするはずはないけれど……スカーレットがそばにいない間に、きっとたくさんの女性たちがアプローチしてくると思わない?」
「つっ・・・・・・それは困ります! どうしましょう、 船はもう出てしまいました。 私も一緒に行けば良かった……」
「そう言うと思って、船を一隻待機させておきましたよ。さあ、これにお乗りなさい」
「はい! 王妃殿下、ありがとうございます。あっ、学園のみんなにお別れの挨拶をしてませんでしたわ。どうしましょう」
「大丈夫ですよ、私の方から学園のみんなに伝えておきましょう。それよりも早く、急いで! ゴールドバーグ王国で、世界一美しい花嫁の誕生ですわ。我が国の聖女として、最高のウェディングドレスを仕立て、陛下と一緒に持って行きますからね。……そうそう、言い忘れていましたが、スカーレットは私たちの養女になっています。王女としてゴールドバーグ王国に嫁ぐのよ。辛いことがあったら、何でも言いなさいね」
王妃殿下はにっこりと微笑みながら、私を抱き寄せ励ましてくださった。
船に乗り込むと、王家の騎士たちがきびきびと漕ぎ始め、小舟はぐんぐんとスチュアート様が乗る大きな船に近づいていく。
それに気づいたスチュアート様は、思わず海に飛び込んで私のもとへ向かおうとしたが、近衛騎士たちが必死で制止していた。
「おやめください、スチュアート様! 危険です! 少し待っていれば、こちらに着きますよ」
その必死な制止の声を聞きながらも、私は思わず胸が高鳴るのを感じた――私のために飛び込もうとしてくださるなんて、愛されていることを実感してしまう。
すぐにスチュアート様が乗る船に引き上げられ、 彼の腕の中にすっぽりと抱き上げられると、波や風の音も、遠くの船の喧騒もすべて消えて、世界は二人だけのものになった。
この腕の中……ここが私の生きる場所なの!
完
❀┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❀
※最後までお読みくださりありがとうございます!
少しでも面白かったと思ってくださったら、評価のほうをしていただけると嬉しいです。




