27 お産
楽しい学園生活と宿屋でのお手伝いの日々は、穏やかで心地よく過ぎていった。学園の休みの日に行う聖女としての仕事もずいぶん慣れ、神殿で人々の笑顔や感謝の声に触れるたび、心がじんわり温かくなるのを感じていた。
スチュアート様の半年の留学も、もうすぐ終わろうとしている。
「本音を言えば、ゴールドバーグ王国に一緒に来てほしいのだが……きっと君を困らせてしまうよね」
「……」
「冗談だよ。とりあえず一人で帰国する。頻繁に手紙を書くから、スカーレット嬢も返事をくれると嬉しいな」
「もちろんです! 私も毎日書きます。スチュアート様のお顔を思い浮かべながら、心を込めて文字にしたいです」
私たちはお互いに微笑み合い、心が自然に通じていることを感じた。私はスチュアート様の祖国で暮らすことを心に決めていた。
ただ、いつこの国を出発するかということについては、やはり女将さんの赤ちゃんが生まれてからにしたいと思う。小さな命の誕生を見届け、宿屋の人々と一緒に喜びを分かち合いたい。
そして、せっかく仲良くなった学園のクラスメイトたちとも、もう少し一緒に学び、笑い、励まし合う時間を楽しみたいと思った。
そんなわがままを告げると、スチュアート様は少し寂しそうな顔をしながらも、やさしく微笑み、私の気持ちを丸ごと受け止めてくれた。スチュアート様と一緒に学園に通えるのも、あとわずかだ。
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そんなある日、宿屋の手伝いに入ると、女将さんが厨房でうずくまっているのが見えた。額には脂汗がにじみ、肩を小さく震わせている。息も荒く、痛みに耐えているのがはっきり分かった。すぐに駆け寄る。
「女将さん、大丈夫ですか?」
「う、うぅ……お腹が……」
その時、貯蔵庫で作業をしていた旦那さんが厨房に戻ってきた。目を丸くして女将さんの姿を見つけ、駆け寄る。
「どうした!? まだお産には早いはずだが」
「と、とにかく、産婆さんを呼んできますね」
私は女将さんの手にそっと触れ、少しでも安心できるように声をかけた後、急いで産婆さんのところへ走って行った。
私が産婆さんと到着した頃には、 女将さんは寝室に寝かされていた。産婆さんは手際よく指示を出すけれど、顔色が曇っている。
「こりゃあ、ずいぶん予定より早く始まったね」
女将さんの顔色はどんどん悪くなり、陣痛が始まっているようなのに、一向に子どもは生まれない。
「困ったね。母子ともに危険な状態だよ。これは医者を呼んでも助からないかも……」
「あぁ、どうしよう。こんな時に聖女様がいてくれたら……」
旦那さんは絶望の声を上げ、手を震わせながら女将さんのベッドの前に跪いた。私がスカーレットだと知っているのは女将さんだけだったから、周囲も動揺し常連客たちがざわつく。
「神殿までひとっ走りして来ていただこうか? だって、聖女様は女将さんと、とても仲が良かったんだ」
「そうだ、そうだ! 俺が呼んでくるよ。足の速さは誰にも負けねぇ」
「その必要はありません。私がスカーレットなんです。皆さんを騙していてごめんなさい」
心配そうに見守る旦那さんと常連客たちに、私は謝りつつ女将さんに手をかざす。
(なんとか助けてほしい……神様お願いです! 女将さんを助けてください。元気な赤ちゃんを産ませてあげて!)




