23 卑劣
その令嬢たちの名前は、ドロシア・モリー伯爵令嬢とケイラ・カット子爵令嬢だった。
「おかしいなあ。私の記憶が正しければ、君たちは幾度となくスカーレット嬢を『ゼロスカ』と呼んでいたはずだ。それが今になって『聖女様だと信じていました』とは……あまりにも都合が良すぎる」
スチュアート様は呆れを通り越し、冷ややかな眼差しでそう言い放つ。
「そ、それはスチュアート様の勘違いですわ! きっと別の令嬢と混同なさっているのよ」
「そ、そうよ。最初に言い出したのは私たちじゃなくて……ほら、あそこにいるマキオン男爵家のベラと、ショート男爵家のカーリーよ!」
(何を言っているの? あの方たちが、私をゼロスカ呼ばわりしているところは、聞いたことがないわ)
ベラ様とカーリー様は一瞬、目を見開いてドロシア様とケイラ様を見返した。驚愕と困惑がその顔に浮かぶ。けれど、すぐに視線を落とし、唇を噛んで沈黙してしまった。
その理由に気づいた瞬間、言いようのない怒りが込み上げてきた。彼女たちは男爵家。モリー伯爵家の寄子にすぎない。逆らえば家ごと潰されるとわかっているから、濡れ衣を着せられても声を上げられないのよ。
「一つだけ申し上げます。自らの非を省みず、人に罪を押しつける方には、いつか何かしらの巡り合わせがあるでしょう」
静かにそう告げると、私はそれ以上何も言わなかった。誰かを裁くつもりも、罰するつもりもない。ただ、弱みに付け込むような方々に、神様が自然に正しい形を示してくれるのではと、心の片隅で思っただけだった。
その日から、ドロシア様とケイラ様に話しかけられても、私は礼を欠かさず必要最小限に答えるだけで、なるべく関わらないように避けていた。
ゼロスカと呼ばれたことを恨んでいたわけではない。確かに傷ついたけれど、あの頃の私にはそう呼ばれても仕方がない部分があったと思っている。
許せなかったのは――他の令嬢のせいにした、その卑劣さよ。
たった一言、謝ってくだされば、水に流そうと思っていたのに。なぜそれができないのか、私にはどうしても理解できなかった。
side ドロシア・モリー伯爵令嬢
「カーク侯爵家のメルバ様は大嘘つきだったのよ。 姉のスカーレット様の功績を横取りしていたのですって…… 本物の聖女様はスカーレット様だったのよ」
聖女認定式の日、お母様は大聖堂から帰ってくるなり、私とお兄様をサロンに呼びつけ、開口一番そうおっしゃった。
「嘘でしょう? だって、スカーレット様は魔力がゼロで有名だったじゃない」
「魔力が桁違いに多すぎて、水晶では測れなかったのだと思うわ。しかも光の高次元属性付き……お気の毒に、学園の中でも本来の実力を出してはいけないと、 継母から脅されていたそうよ」
(ええっ、光の高次元属性!? あのゼロスカが!? しかも、わざと酷い成績をとっていたというの!?)
「全く、ひどい話だな。そんなわけだから、ドロシアもスカーレット様にお会いしたら、仲良くしていただきなさい。なんといっても、数百年ぶりの聖女様なのだから」
お父様は、私が聖女様と親しくすることを望んだ。もちろんお母様もよ。
(仲良くしなきゃいけないなんて最悪……でも、ゼロスカは退学処分になったんだし、当分会うことなんてないわ)
そう思っていたのに、翌日登校したら ゼロスカが復学していた。冴えないスチュアート様と仲良く馬車から降りてくる。彼は長すぎた前髪を少しばかり切りそろえていた。
(思ったよりも美形なのね。 でも、ゴールドバーグ王国出身とはいえ、ウィズダム男爵家の次男じゃ話にならないわ。とにかく、ゼロスカと仲良くならなきゃ)
「本当は光属性の魔法が使えたのは、スカーレット様でしたのね! 聖女に認定されたそうで、おめでとうございます。やはり、そうではないかと思っておりましたわ!」
満面の笑みで近づいたら、スチュアート様は露骨に顔をしかめ、余計な一言を放った。
「おかしいなあ。私の記憶が正しければ、君たちは幾度となくスカーレット嬢を『ゼロスカ』と呼んでいたはずだ。それが今になって『聖女様だと信じていました』とは……あまりにも都合が良すぎる」
(うるさいわね! 黙っていなさいよ。だいたいなぜ、この二人は手なんか繋いでるのよ! ……それにしても、なんとかこの場を切り抜けなきゃ)
辺りを見回すと、モリー伯爵家の寄子のベラとカーリーを見つけた。
(そうだわ。あの子達のせいにすればいいわ。どうせ私には文句が言えないはず)
でもゼロスカは凛とした声で冷たくこう言った。
「一つだけ申し上げます。自らの非を省みず、人に罪を押しつける方には、いつか何かしらの巡り合わせがあるかもしれません」
(何なの、ゼロスカのくせに! それってどういう意味よ?)
それ以降も、私は愛想笑いを浮かべながら、ゼロスカに話しかけてみた。けれど、返ってくるのは冷たく短い返答ばかり。無視はされなかったものの、関わりたくないという気持ちが手に取るように伝わってきた。
ゼロスカのことを悪く言っていた他の生徒たちは、今さらながら丁寧に謝罪していた。そんなに気を遣う必要もないのに、頭を深く下げて許しを請う姿は、なんだか滑稽で思わず噴き出してしまうわ。
ゼロスカは偉そうにその子達に向かって言う。
「気になさらなくて大丈夫です。あの当時はそう思われて当然でしたから。 これからは仲良くしてくださいね」
(なによ、いい子ぶっちゃって! 私は謝らないわよ! だって私は悪くないじゃない! あんなに何もできなければ、ゼロスカと呼ばれて当然だもの。 できないふりをしたスカーレットが悪いわよ!)
でも、まさかこんなことになるなんて……




