19 断罪-2
「さて アメリよ、己の罪状を申してみよ!」
アメリは蒼白な顔で震えながら、必死に口を開いた。
「わ、私がしたのは……その……娘かわいさのあまり、少しだけスカーレットの答案用紙を借りただけでございます」
国王陛下は冷然と瞳を細め、重々しい声で言い放つ。
「真実を偽り、学業の成績を取り替えさせた行為を『借りた』と申すか! すなわち『学業成績の偽装』の罪に他ならぬぞ」
「偽装なんて、おおげさです。家庭教師の先生に少し頼んだだけなのですから」
「脅したくせに『頼む』とすり替えるか! 権威を盾に恐怖を与え、真実をねじ曲げさせた。それを家庭教師への脅迫というのだ。聖女殺害未遂も共謀していたな?」
「殺害未遂だなんて、とんでもないです。 手の者たちには、二度と戻って来られない遠くの地へ追いやって欲しいと命じただけで、魔の森に連れて行くように指示した覚えはありません」
「二度と戻って来られない遠くの地というのは、いわゆるあの世のことであろう? 忘れたのか? 先ほど『どうして生きているの、おかしいじゃない』とメルバと共に呟いたではないか! 痴れ者が! メルバが聖女ではないのを知っていて、それを助長させていたことも大きな罪となる」
「私はただ娘かわいさに、母親として当然のことをしたまでなのです。どんな母親だって、娘を助けたいと思うのが人情でしょう」
「普通の母親は、娘をかわいがっても犯罪はせぬ。本当にかわいいと思うなら、自ら努力させるべきだったのだ。魔道士長! アメリにも罪状の衣を作ってやれ。刻む文字は、義娘迫害、学業成績の偽装、家庭教師への脅迫、 聖女殺害未遂、虚偽の助長である」
国王陛下の命に応じ、魔導師長が再び杖を高く掲げた。荘厳な詠唱が響き渡ると、大聖堂の天井から眩い光が降り注ぎ、やがてその光は渦を巻き、ゆらめく炎のように布を織り上げていった。現れたのは、先ほどメルバに与えられたものと同じ鼠色の衣だった。
その衣に新たな罪状がひとつ、またひとつと刻みつけられていく。
「義娘迫害」
「学業成績偽装」
「家庭教師脅迫」
「聖女殺害未遂」
「虚偽助長」
金の糸のような光が布を走り、刻まれた文字は燦然と輝きながら、もはや消えることのない烙印となった。
「う、嘘……やめて……!」
アメリは顔を引きつらせ、衣が自分に降りてくるのを必死に避けようと身をよじる。
「いやぁっ! 私は悪くない! 娘のために……ほんの少し、手を貸しただけなのに!」
その叫びも虚しく、アメリは女性騎士二人に押さえつけられて別室へと連れ出された。
やがて戻ってきた彼女は、鼠色の衣をまとわされながらも、なお喚き散らした。
「私が悪いんじゃないわ……怠け者で努力もしないメルバが悪いのよ! 違う。もっと悪いのはメルバより優秀すぎたスカーレットだわ。だから、私は……私は仕方なく……!」
その醜悪な言い訳に、大聖堂の空気はざわめき、呆れるような声が次々と飛んだ。
「なんて性格の悪い女だ……」
「恐るべき言い訳だな」
「どこまでも自分勝手な母親だ」
お父様は蒼白な顔で立ち尽くし、自分も同じような罰を受けるのだろう。そう覚悟を決めているのが、怯えた眼差しの奥から伝わってきた。
けれど、国王陛下の次のお言葉はその予想を裏切った。
「カーク侯爵よ。お前は己の家を律することもできず、アメリとメルバを増長させ、かような大罪を生む温床とした。その罪、余は断じて許さぬ。ゆえに最も重き罰を科す!」
お父様は蒼白な顔で、必死に口を開いた。
「へ、陛下……! 私は……何も知りませんでした……。すべては妻と娘が勝手に……」
「愚か者め、恥を知れ! 己の行いを顧みず、責を逃れようとするその姿こそが罪の証よ。本来ならば、余は魔道士長に命ずるだけでよい。だが、余も娘を持つ父親である。父としての喜びを知る余にとって、己が娘を虐げてきた者を放置することなど、到底許されぬ」
国王陛下の一喝が大聖堂を揺るがし、ゆるやかに歩み出ると、右手を掲げた。掌に紅蓮の光が集まり、やがて小さな炎の印となって燃え上がる。
「ゆえに、この裁きは余が下す。血を流させはせぬ。めでたき年に死を与えることは避けねばならぬ。そなたの罪は、炎の印をもって刻みつけるのが最もふさわしいであろう」
そう言い放つや、国王陛下は燃え盛る炎の印を、お父様の額と両頬に押し当てた。
「ぐああああっ!」
お父様は悲鳴を上げ、顔を押さえて膝をつく。その額には「娘虐待」の文字が、両頬には「愚」「怠」の文字が、赤々と輝く罪印となって浮かび上がった。
「怠は家を律せず放置したことを意味する。愚は亡き妻の死因を子供に負わせた愚行の証。娘虐待は言うまでもあるまい」
大聖堂にいた貴族たちは国王陛下の説明に頷き、やがて口々に嘲りの声をあげた。
「なんとぴったりな罪印だ……」
「顔に炎の印を押されるなど、最も重き罪人にしか下らない裁きですわ」
お父様は呻き声を漏らしながら、地に伏し、もはや弁解の言葉すら出せなかった。
「家庭を顧みず子を慈しむこともできぬ者が、どうして領民を思い、領地を治めることができよう。家族すら幸せにできぬ者が、立派な領主になれるはずがないのだ。同様に、先妻の子を虐げ盲目的に後妻とその子だけに目をかけたそなたは、国に害をなす愚か者に他ならぬ」
国王陛下はきっぱりとそう断じ、お父様の爵位を剥奪し、家名を断絶すると宣言なさった。
❀┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❀
次回はメルバ視点のお話です。
国王に断罪され、栄華を失った彼女やアメリ、カーク侯爵が、平民としてどのような日々を過ごすのか。
その惨めな姿を、どうぞお楽しみに。




