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18 断罪-1

 国王陛下の声が大聖堂に響き渡る。


「メルバよ。お前は一生涯、己が罪を身にまとい、生き恥を晒すがよい。魔導師長!」


 呼ばれた宮廷魔導師長が一歩進み出ると、杖を高々と掲げた。次の瞬間、眩い光が大聖堂の中央に渦を巻き、ゆらめく炎のような輝きが編み込まれてゆく。その光はやがて形を結び、一振りの衣となって宙に現れた。


 鼠色の衣に、光の文字がひとつ、またひとつと刻まれていく。


「聖女詐称」

「虚言常習」

「王を欺きし罪」

「姉への殺害未遂」

「学業成績の窃奪」


 それらは金の糸のような輝きを放ちながら布に刻み込まれ、もはや消えることのない烙印となった。


 大聖堂にざわめきが広がる。


「罪が……衣に記されていく……」

「これが、二度と脱げぬ罪状の衣か……」


 人々が息を呑む中、衣はゆっくりとメルバのもとへと降りていった。

 衣が自分の方へ降りてくるのを見て、メルバは絶叫する。


「いやっ、いやぁっ! そんなもの着たくない! 私は聖女よ、聖女なんだから!」

 必死に後ずさるが、逃げ場などどこにもない。


「メルバに罪状の衣を着せよ!」

 国王陛下の命に、女性騎士たちが動いた。二人がメルバの両腕をがっちりと掴み、泣き叫ぶ彼女をずるずると別室へ引きずっていく。


「放して! こんな衣なんて着たくないって言ってるでしょ! 離してよ!」

 悲鳴は次第に遠ざかり、やがて大聖堂に静寂が戻った。


 しばしの後、扉が開き、騎士たちに両脇を固められたメルバが、引き立てられるように戻ってきた。彼女の身にまとわれていたのは、先ほどの鼠色の衣だった。胸元から裾にかけて、びっしりと罪の文字が煌々と輝いていた。


「聖女詐称」「虚言常習」「王を欺きし罪」など、先ほどの五つの罪が見る者すべてに読み取れるように、大きく、堂々と。


 メルバは顔を真っ赤にし、両腕で必死に文字を隠そうとした。だが、その衣に刻まれた罪状は魔法の力により、まるで意思を持つかのように、逃げるように移動する。胸を覆えば背に、裾を掴めば袖へ。隠そうとすればするほど別の場所へと浮かび上がり、決して隠し通すことはできない。


「いやぁっ! 見ないで! こんなの着るくらいなら死んだ方がマシよ!」


 泣き喚く姿に、列席する貴族たちから失笑が洩れた。


「文字が動くのか。これではどこを隠しても無駄だな」

「背中にもしっかり刻まれているぞ」

「これほど似合う装いもあるまい」

「第二王子妃どころか、罪をまとった見世物ですわね」


 夫人たちは扇で口元を隠しながら笑い、若い騎士たちでさえ眉をひそめ、冷笑を抑えきれなかった。大聖堂は、当然の報いを目の当たりにした貴族たちの嘲笑で満ちたのだった。


 メルバは泣き腫らした顔を伏せ、震えながらうずくまるしかなかった。けれど衣に刻まれた罪は逃げ場を与えず、彼女の身体を縦横無尽に這い回るように移動し、なおも容赦なくその姿を照らし出していた。


「その衣はただの粗布に見えるだろうが、魔導により決して破れず、汚れず、一生脱ぐことはできない。水に浸かろうと、たちどころに乾き、常に清潔である。便利であろう? 余に感謝して身にまとうがよい」


「すごく肌触りが悪いわ……それに汚い色だし、こんなの最悪よ!」


「何を申す! 平民には上等な衣であろう? 洗濯する必要もなく常に快適に過ごせる。普通の平民には到底買えぬ高級品だ。痛くもないし、これがお前が望んでいた罰であろう。次はアメリだな、そしてその次はカーク侯爵だ!」


 国王陛下の言葉が響いたあと、メルバは『平民』という言葉に、血の気を失ったように顔を引きつらせた。


「へ、平民だなんて……そんな、そんなの耐えられない……!」


  衣に刻まれた罪状と共に、一瞬で貴族の地位を剥奪された現実に、メルバは声にならない嗚咽を洩らす。


 一方、アメリはガクガクと体を震わせ、蒼白な顔で娘を見つめていた。


 そして、お父様の顔は土気色に変わり、視線は定まらず泳いでいる。


「わ、私まで……断罪されるのか……? こ、こんなはずでは……!」


  しぼり出すようなその声は震え、卑小な恐怖を隠しきれなかった。






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