15 暴露
「私は長きにわたり、カーク侯爵家のお嬢様方に学問を教えてまいりましたが……当時、不本意ながらも、カーク侯爵夫人に命じられるまま虚偽の報告をしておりました。あの日以来、一日たりともその罪の重さを忘れたことはございません。今日こうして真実を語る機会を与えられたことで……ようやく、この胸にのしかかっていた重荷が少しだけ下りるような思いがいたします」
「ミルドと申したな。では、その口でしかと語るがよい。おぬしが背負ってきたという罪の詳細、余に、そしてこの場に集う者すべてに明らかにするのだ」
「単刀直入に申し上げます。……メルバ様の成績は、本来はすべてスカーレット様のものでした。私は家庭教師として、姉妹の学業の成果をカーク侯爵様に報告すべき立場にありながら、両者の成績を入れ替えて偽りの報告をしたのです。実際に優秀だったのはスカーレット様でございます。すべてはカーク侯爵夫人に脅されてのこと……『従わなければ解雇する』と迫られ、さらには『他の貴族の屋敷でも二度と雇わせぬよう悪評を流す』とも脅されたのです」
国王陛下が玉座から身を乗り出し、険しい眼差しを向けた。
「なんと……そのような脅しを受けていたというのか。だが、教育者である以上、あるまじきことだとは思わなかったのか?」
その声には重みと叱責が入り混じり、場に緊張が走る。
ミルド先生は蒼ざめた顔で深く頭を垂れた。
「もちろん最初はお断りいたしました。ですが私は病弱な母を抱えており、その治療費や薬代を、この家庭教師の仕事でまかなっていたのです。職を失うわけにはいきませんでした……不本意ながら従わざるを得なかったのです」
すると、メルバが勢いよく声を張り上げた。顔を赤らめ、怒りと焦りを隠しきれない様子だった。
「嘘よ! そんなの真っ赤な嘘だわ! だっておかしいじゃない? もし本当にそうだったのなら――学園に入ってからも成績がひどく悪かったお姉様を、どう説明するのよ!」
メルバの反論に、ミルド先生は苦渋の表情を浮かべながら言葉を続ける。
「それは……おそらくスカーレット様がお優しいからです。本来の力を示せば、私が虚偽の報告をしていたことが明るみに出てしまう。そうなれば私は、カーク侯爵様を欺いた罪人として断罪されてしまいます。ですから、スカーレット様はわざと自分の能力を隠しておられたのでしょう。お可哀想なスカーレット様。生まれた時からカーク侯爵様に憎まれていましたし……」
国王陛下の眉がぴくりと動き、厳しい眼差しがお父様に向けられた。
「……生まれた時から憎まれていた? それは一体どういう意味だね」
ミルド先生は、言いにくそうに言葉を紡いだ。
「スカーレット様は、生まれた時から不当な重荷を背負わされていたようです。お母様が亡くなったのはスカーレット様のせいだと、生まれて来なければよかったなどとも、ずっと言われていたようです。使用人たちの口から何度もそんな話を耳にしました。それに、スカーレット様だけが、屋敷の離れで生活していらっしゃいました。授業もそこで行われたのです」
大聖堂に重苦しい沈黙が落ちる。国王陛下は深く息を吐き、険しい眼差しをお父様とアメリに突き刺した。
「なんたることだ……難産で命を落とす女性など珍しくはない。それを子のせいにするとは、理不尽にもほどがある! それにしても、継母が姉妹の成績を入れ替えさせていたとは……。待てよ。ということは……聖女の力までも、偽られていたのか?」
視線を受けたお父様は顔を引きつらせ、狼狽を隠せないまま口を開いた。
「こ、これは……私も初耳でございます! 成績を入れ替えていたなど……私は存じませんでした! スカーレットを離れで暮らさせたのは……ただ、ただ……亡き妻を深く愛していたゆえに、その面影を残す娘を見るのが辛く……つい……」
言い訳は支離滅裂で、その場にいる誰の共感も得られなかった。むしろ耳にした貴族たちの視線は、一層冷ややかにお父様へと向けられる。 アメリは国王陛下の怒りに恐れをなしブルブルと震えていた。
「そういえば、学園で魔獣を消滅させた場に、スカーレット嬢も居合わせたと聞きましたぞ!」
「成績を偽っていたのなら、その力も怪しいものだ。もしかすると、スカーレット嬢の手柄を横取りしたのではないか?」
次々と貴族たちから上がる声に、視線が一斉にメルバへと突き刺さる。人々の目は疑念と非難の色を帯び、彼女を追い詰めていった。
「ち、違いますわ!」
メルバは顔を引きつらせ、必死に声を張り上げる。焦りで紅潮した頬を震わせながら、両手を広げた。
「魔獣を倒したのは私です! 私こそが聖女なの! どんな魔獣だって退けられるし、どんな病気だって癒せるんだから!」
虚勢を張る声は震え、言葉の端に滲む動揺は隠しきれていなかった。
その瞬間、国王陛下が胸を押さえ、苦しげに息を荒げてうずくまった。顔色はみるみる蒼白になり、玉座の前に崩れ落ちる。大聖堂に緊張と悲鳴が走り、数名の宮廷医が慌ただしく駆け寄った。薬草の香りが漂い、必死の処置が施されるが、国王陛下の容態は一向に良くならない。
張り詰めた沈黙の中、スチュアート様が一歩前に出て、鋭くも堂々たる声を放った。
「そこに聖女を名乗る者がいるではないか! メルバ嬢。君が真に聖女であるというのなら、いまこそ証明してみせろ。国王陛下を癒すのだよ。それができてこそ、聖女の名に値する!」
視線が一斉にメルバへと注がれる。追い詰められた彼女は震える手を伸ばし、国王陛下の上にかざした。瞬間、眩い光がほとばしり、大聖堂の空気を揺らし――。




