14 聖女 認定式
スチュアート様の屋敷の鏡の前に立っていたのは、見慣れた自分ではなく、まるで別人のような令嬢だった。思わず息をのむ。スチュアート様ご自身は変装の必要がないため、魔道具の指輪を貸してくださったのだ。鮮やかなルビー色の髪とサファイアブルーの瞳は、黒髪と黒瞳へと変わっていた。顔立ちは少し柔和な雰囲気になり、とても私だとはわからない。
しかも身にまとっているのは、スチュアート様が私のためにいつか贈りたいと思い、密かに用意してくださっていたという、夢のような一着。繊細なレースに縁取られた深い瑠璃色のドレスは、私をまるで王女様のように輝かせていた。
(本当に……これが私なの?)
嬉しさと同時に恥ずかしさが胸を締めつけ、私はスチュアート様の顔をまともに見ることができなかった。けれど、隣に立つ彼が穏やかな声でそっとささやく。
「……驚いたよ。こんなにも似合うとは思わなかった。想像以上だ。やはりスカーレット嬢には、この高貴で神秘的な青がぴったりだね。黒髪と黒い瞳も神秘的だし、今の君もとっても素敵だよ。この魔道具もスカーレット嬢の美しさは隠せなかったようだ」
真っ直ぐな言葉に頬が熱くなる。お世辞かと思ったのに、横目に映った彼の横顔は真剣で、少し照れくさそうに微笑んでいた。
「この認定式で……何をなさるおつもりなのですか? どうやってメルバに復讐するのか、気になります」
その問いかけに、スチュアート様は唇の端をわずかに上げて答えた。
「焦らなくていい。――楽しいショーは、ちょうど盛り上がったところで見られるさ」
こうして変装した私と本来の姿のスチュアート様は、認定式が行われる大聖堂に 向かったのだった。
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大聖堂の扉が開かれた瞬間、息をのむような光景が広がる。左右にずらりと並ぶのは、この国の名だたる貴族たち。煌めく衣装と宝石が、魔道シャンデリアに照らされて眩い光を放っていた。前方には他国からの使節や王族の姿まであり、まさしく総総たる顔ぶれと呼ぶにふさわしい場だった。
やがてその中央に、メルバが姿を現す。清楚な純白のドレスをまとい、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。ゆるやかに歩み出るその姿は、まるで自分こそが神に選ばれし聖女であると、確信しているかのようだ。
荘厳な雰囲気の中、国王陛下が立ち上がり、儀式の要である聖女認定の証を手渡す。黄金に輝く聖印の首飾りがメルバの首にかけられようとした瞬間、その空気を切り裂くように低く鋭い声が響いた。
「……お待ちください!」
スチュアート様だった。大聖堂にいた誰もが一斉に振り返り、ざわめきが広がる。
「聖女とは、清らかで、嘘をつかず、誰よりも正直であるべき存在のはずです。だが……その女は虚偽と欺瞞にまみれた人間です!」
大聖堂内の空気が凍りつく。誇らしげに微笑んでいたメルバの表情が強張り、頬に引きつった笑みだけが貼りついた。私は自分の両手を強く握りしめていることに気づいた。ようやく真実が明らかにされるのだ。はらはらした思いで、この先の展開を見守る。
「ゴールドバーグ王国の王太子よ。いまの言葉、どういう意味か――余に明らかにしてみせよ」
国王陛下が重々しい声で問いただした。スチュアート様は一歩前に出て、堂々と答える。
「つまり、彼女は常に人の手柄を奪い取ってきた邪悪な女性だということです。そこにいるメルバ嬢は、姉であるスカーレット嬢の努力と成果を幼い頃から横取りしてきたのです」
「なっ……! 証拠もなしに、何をでたらめを……大国の王太子殿下といえども、私に無実の罪を着せるなど許されませんわ。私は聖女としての力を持っていますのよ! そんなことをおっしゃるなら、これからゴールドバーグ王国で魔獣の被害が出たとしても、深刻な病がはびこったとしても、私は力を貸しませんよ。困るのはゴールドバーグ王国の民たちですよ?」
その声音は震えていたが、虚勢を張るように背筋を伸ばしている。自分の優位を必死で守ろうとしていた。
「証拠はある。君たち姉妹に勉学を教えてきた家庭教師を呼んである」
スチュアート様は冷ややかに微笑んだ。
(まさか……カーク侯爵家で、私たちに勉学を教えてくださっていた家庭教師が、この場に?)
「ミルド先生! 今まで真実を言えず、どれほど苦しんでこられたことでしょう。安心してください。あなたの生活と身の安全は、この私――ゴールドバーグ王国の王太子が保証します。どうか胸に抱えていた真実を、ここで語っていただきたい!」
スチュアート様が大聖堂の裏庭へと通じる扉に向かって声を張り上げると、そこからかつての家庭教師が緊張を帯びた面持ちで姿を現したのだった。




