シンデレラの上の義姉の供述調書
お初にお目にかかります。
私はヴィクトリア・フォン・ケテル。
ケテル子爵家長女でございます。
自己紹介は必要ない?それは大変失礼いたしました。
王子殿下のご側近より、このような尋問を受ける日が来るとは、世の中に何が起こるかわからないものですね。
されど、私は常に己の行いに一点の曇りもございません。
どうぞ、ご質問の一つひとつに、誠実にお答えいたしましょう。
ーーなぜシンデレラ嬢に下働きをさせていたのか?
……なるほど、世間で非常に憐れまれシンデレラと呼ばれている、我が義妹エラについてでございますね。
まず、ご存じの通り、血筋というものは、貴族社会を生きる我々にとって避けて通れない現実でございます。
エラは、確かに我が家の三女であり、ケテル子爵家令嬢ではありますが、端的に言えばケテル子爵家の正統な後継者の資格はないのです。理由はもちろんございます。
エラの実父であり、3年前私の母と再婚した義父は、マルスプミラ男爵家の三男でした。
家督を継げぬ貴族の男子は、成人すれば、貴族の家に婿入りするか、騎士として手柄を立てて騎士爵を手にするか、平民となるしか道はございません。
そこで義父は、平民となることを選び、幼いうちから大きな商会に奉公に出、商いを学び、独立して身を立てられたそうです。
そしてエラの母君もまた、とある男爵家の次女であり、義父と結婚後は平民となられました。
そして、義父は妻であったエラの母君を病で亡くし、男手一人で娘を育てていたところ、同じくケテル子爵家当主である、私の実父を亡くして、未亡人となっていた私の母に再婚を申し込まれたのです。
母からは、義父の商才を見込んでの政略結婚だと聞いております。
つまり、義父は入婿であり、シンデレラはその連れ子という訳です。
一方、私ヴィクトリアは、ケテル子爵の嫡女にして、伯爵家長女を母に持ちます。真っ当な貴族社会の序列において、当然のことながら、私と、同じ父の血を引く次女の妹こそが、この家の正当な後継者候補です。
しかるに、エラはあくまで、我が家に迎え入れた「養女」に過ぎません。子爵家の血を引かぬ元平民の娘が、他の貴族家に嫁げるかは未知数、いずれは平民として暮らす可能性が高うございました。
「家の手伝い」として家事全般を担わせ、ひいては将来、平民として暮らせるよう、必要な技能を身につけさせること。それは決して「意地悪」などではなく、当然であり、むしろ厚意ではないでしょうか。
ーーなぜシンデレラを灰まみれの見窄らしい姿にしていたのか?
ここに至っては、まことに滑稽なお尋ねでございます。
今のご時世、「乙女の純潔を守る」ことが家族の責務であるのは、自明の理でございましょう。
まず、エラは年頃の娘でございます。その美貌は確かに、私の目から見ても際立っておりました。実際、こたび王子殿下に見初められたことからも、それは疑いようのない事実です。
けれども、弱小貴族の娘など、美しいと知れたが最後、貴族社会の悪しき狼どもの餌食です。
名家の娘ならいざ知らず、血筋の薄い養女など、正妻扱いされないまま愛人生活を強いられる、あるいは下卑た放蕩者どもにおもちゃとして目をつけられることもありましょう。
私はかつて新聞で、隣国の有名な舞台女優が幼少時、戦禍に巻き込まれた際、母親に「小汚い男の子」の格好をさせられることで守られたという記事を目にしたことがあります。護りなき美は、しばしば災厄を招くのです。
私はその記事を思い出し、義妹には、灰をかぶらせ、古びた服を着せ、「誰の目にも止まらぬ」よう苦労を強いたのです。
義妹の品位を下げるのは心苦しい限りでしたが、不幸な目に合うよりはまし。
家族を守りたい気持ちに、身分も血筋もございません。
そもそも、王子殿下が「結婚相手を見つける」という名目で、未婚の貴族女子を爵位の高低に関わらず、一堂に会させるなど、考えただけで背筋が寒くなる話です。
ご存じないのかしら?貴族社会には、上の立場を利用して、若く見目麗しい令嬢を手籠めにし、己の欲望を満たそうとする不埒な輩が多数おりますことを。
低位貴族の令嬢など、格好の的でしてよ。
令嬢たちを危険にさらすこのような催しを、どのような心もちで主催したのでしょうか。
私自身、あの夜、会場の片隅で、令嬢に強引に言い寄る紳士ぶった下郎を見かけましたの。
たまたま私が弱みを知っている御仁だったので、うまくその場を収め、その令嬢は救い出すことができましたが。
とはいえ、一人、二人は救い出せても、私に会場の隅々まで目を配ることなどできません。
他にも被害を受けた令嬢がいたであろうことは、想像に難くありませんわ。
王子殿下には、ぜひとも現実をご理解いただき、責任をもってご対応いただきたいものです。
さて、こうして改めてお答えしますと、私が義妹に対して行った諸々の「意地悪」と呼ばれる行為は、むしろ彼女を守るためのもの。それも貴族社会という厳しい現実の中で生き抜くため、どうしても避けられぬ選択肢だったと、誇りをもって申し上げます。
男性には理解しがたいことかもしれませんが、我ら貴族子女の世界には、暗黙の掟が数多く存在し、美しきものほど脅かされる危険が多いのです。
私は義妹を「灰かぶり」とし、みすぼらしい恰好をさせ、家事に従事させてきたことに、いささかも恥じるところはございません。
もしも王子殿下が真に義妹をご所望なら……。エラが悲しき目に遭わぬよう、どうか、しっかりと守っていただきたいと願うばかりです。
ご質問は以上でしょうか。
かしこまりました。
ではこれにて失礼させていただきます。
ごきげんよう。
終