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7. いつも、誰よりも

「奈々美、今日の昼休み……ちょっと付き合ってよ」

「すみれちゃん……もちろん! だけどどこに行くの? 図書室?」

「奈々美ったら相変わらず真面目なんだから……うふふ」


 

 最近のすみれちゃんは前よりも可愛いくなったような気がする。前から可愛いくて自分とは到底釣り合わない存在だと思ってたけど、気さくに話しかけてくれて、すみれちゃんを通じて他の女子達とも喋るようになった。


 みんなで竹宮くんのことをこっそり話している時が一番盛り上がる。ある女子が「竹宮くんのシャーペン、色違い買っちゃった」と言えばキャーキャー盛り上がる。さらに体育の時間で卓球をしている竹宮くんを見て別の女子が「今の竹宮サーブで心が撃ち抜かれた」と言えば、「分かるー♡」とみんなで笑顔になる。


 最初は女子仲間でこう言い合うのが楽しかった。だけどドッジボールで私の前でボールをしっかり受け止めてくれた竹宮くんを見てからだった。彼を意識したのは。その後、席も隣同士、さらに肝試しでは迎えに来てくれて……。でも、竹宮くんのことを好きな子は多いし、抜けがけなんてできるほど……私には自信も勇気もない。


 

 あの肝試しの後に竹宮くんが寂しそうに見えたこと。まだ私は気になっているの。そして「松永って……優しいのか?」と聞かれてからも私は……自意識過剰だとは思うけど、彼のことが気になってしまう。


 

 キーンコーンカーンコーン


 

 昼休みにお弁当を食べてから、私はすみれちゃんに連れられて管理棟に入る。図書室以外にどこに用事があるのだろう。

 そう思っていたら図書室とは全く別の方向……職員室までやってきた。


「松永せーんせっ♪」

 すみれちゃんが甘えた声でそう呼んだ。


 

 松永……先生……!?


 

 一気に胸の奥底のドキドキが最高潮となる。

 そうだ、すみれちゃんは松永先生のことを……。


「ん? 菊川さんか」

 

 松永先生が髪を揺らしながら職員室入口まで来てくれた。改めて見たけど……やっぱり大きい。いつも通り顔は怖いけど……入口にいる私たちのところまで来てくれた。それが嬉しかった。


 いや、他の先生も呼んだらよっぽどのことでない限り来てくれるんだけどね。どうして松永先生が来るとこんなに嬉しくて安心できるのだろう。あ、違う。松永先生に用事があったのはすみれちゃんだ。

 


「先生……アレ、書いてくれましたか?」

「アレ? ああ、ちょっと待ってて」

 すみれちゃんに言われて先生は自席に戻って、一枚の紙を持ってきてくれた。


「こんなのでいいのか?」

 そう言いながらすみれちゃんに渡された紙には、名前と好きな食べ物、好きなタイプ……などが先生の字でしっかりと書かれていた。

 これはすみれちゃんが作った自己紹介カードのようだ。


「うわぁ、先生! ありがとう! 嬉しい♪ 大事にするね! あ、そうだ先生……今度また歴史の話……聞かせてください……! あたし、先生だったら……頑張れるの」

「そうか。またいつでも来てくれたらいい」


 

 ――私は何を見せられているのだろうか。


 

 すみれちゃんのことを応援するって決めたし、先生と仲良くなってくれても彼女ならいいって思っていたはずなのに。


「……梅野さんか」

「……ま……松永先生……」

「……」

「……」

「……何か分からないことや、不安があれば言うんだぞ?」

「はい……」


 

 よくわからない不安を今感じているなんて――言えるわけがない。


 

「あ、奈々美ー! 見て! 松永の直筆♪ ふふ……これはあたしの宝物にするの♪ そうだ、前に放課後に歴史も教えてもらったんだ♪ ふふ……」

「そうなんだ……すごい、ね……」

 心からそう言いたかったのに、言葉が途中でつっかえてしまった。


 私にも……自信と勇気があればすみれちゃんみたいに楽しめるのかな。

 どうして……松永先生とすみれちゃんが2人でいるところを見るとモヤモヤしてしまうんだろう。決めたのに。すみれちゃんを応援するって決めたのに。


 

 竹宮くんも気になって松永先生も気になっている私。どこかおかしいのだろうか。受験生なのにこんなに迷っていていいのだろうか。


 それでも一度でいいから……彼女みたいに可愛い笑顔を作ってみたい。竹宮くんや松永先生と、楽しく話ができるようになりたい。

 今の自分は考えてばかりで一歩も進めていないんじゃないだろうか。でもどうすればすみれちゃんみたいに明るく前向きになれるのかが、私にはわからないよ。


 

「奈々美、ありがと♪ うふふ……」

 すみれちゃんは私に眩しいぐらいの笑顔を見せた。それに対して「うん……」と口角を無理矢理上げようとする私は……彼女みたいにはなれない。

 それがわかった時、私は心底がっかりとした気持ちになる。


 

 キーンコーンカーンコーン


 

 この日に限ってどうして5時間目の授業は松永先生なのだろうか。さっきすみれちゃんと一緒にいた先生、ちょっとだけ笑ってたよね。すみれちゃんのあの笑顔も、あの声も……きっと計算じゃなくて、素でやってる。だから先生も……。


 

「……梅野さん?」

「は……はい!」

 当てられていたのだろうか。そう思ったが課題を返却されただけであった。前まで取りに行くと先生が一言声をかけてくれた。


 

「よく頑張ったな、梅野さん」



 先生がそう言って優しい表情で課題を返してくれた。歴史の課題、各時代のエピソードをまとめていくのが大変だったけど……私なりに頑張ったんだった。それを先生は見てくれていたんだ。


 すみれちゃんにも課題を返していたけれど何も言われていなかった。そのあとの竹宮くんには「よく頑張ったな」と先生は言っていた。

 声をかけられたのはクラスの3分の1ぐらいだったと思う。


 

 先生からの「よく頑張ったな」の一言でさっきまでのモヤモヤが徐々に晴れていくのを感じた。私はこのままでいいのかな……?


 

 授業が終わってから、隣にいる竹宮くんに声をかけられる。

 

「梅野さんって……課題、丁寧だよね」

「え……そんな……竹宮くんの方が」

「あのさ、梅野さん……」

「ん?」


 

「もっと自信持ちなよ。僕は……梅野さんはいつも……誰よりも……頑張ってると思う」


 

 え……?


 

 竹宮くんはそう言うと、男子に呼ばれたのか席を立った。

 

 いつも、誰よりも、頑張っている……。

 彼からの言葉に目元が何だかじんときた。

 こういう時は「ありがとう、嬉しい」ってすみれちゃんみたいに笑顔で言えたら良かったのに……そこまではまだできなかった。


 

 だけど竹宮くんの言葉のおかげで私は……ほんの少しだけ勇気と自信を持つことができた。



 ※※※



 (竹宮くん視点)

 今日こそは梅野さんを励まそうって思ってた。思った通り歴史の課題で彼女は松永に褒められていた。

 松永が彼女をあの肝試しで励ましたと聞いて、悔しかったのもあった。僕の方が彼女の近くに……たぶん、いたはずなのだから。


 

 あんな言い方で良かったのかはわからないけど……僕にはあれが精一杯なんだ。


 

 だけど……僕も嬉しかった。

 松永の「よく頑張ったな」の声が。

 

 ああいう風に僕だって……家で優しい声をかけてもらいたかったんだ。こんなに努力しているんだって……見てほしかったんだ。

 

 普段は怖い顔だけど、注意され怒られるクラスメイトもいるけれど、僕がグラグラしているのを支えてくれるような気がするのは――どうしてだろうか。


 

 そう思いながら僕は今日も塾へ行く。だけど前にひび割れそうだった自分は、ほんの少しだけ修復されたような気がした。

 また声をかけてもらいたいかも――そんなことを思いながら、バスの窓の外を眺めていた。

 

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