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5. あの時、先生に励まされた

 とうとう、すみれちゃんに聞かれてしまった。松永先生とのことを……どうしよう。

 

 そりゃあ、あの肝試しで自分だけ男の先生とペアになれば……そしてその後の授業で私を狙ったかのように当ててくるのであれば。他の子たちには怒るのに、私にはそうでもなかったのであれば。


 

 私だって知りたいよ。

 どうして松永先生は授業中に私を叱らないのか。

 どうして松永先生は時々優しく見えるのか。

 どうして私は松永先生を気にしてしまうのか。


 

 顔が赤くなってうつむいた私を見て、すみれちゃんは何かに気づいたみたいだった。

 

「奈々美……分かる。あたしは分かるから、その気持ち! いいんだよ。先生のことが気になっても。だからさ、ファンとしてこれからも一緒に推していこ!」

「すみれちゃん……」


「松永って渋くてかっこいいって言ってもあんまりみんな反応してくれなかったんだよね。数えるくらいしかいない。やっぱり年上っていいじゃん!」

「あ……それはそうだよね! 私もそう思う!」

「でしょ? やったー! 奈々美もファンだ♪ 」


 そうか、すみれちゃん達にとっては推しなんだ。それなら何だか楽しそう。先生、全然アイドルじゃないけど。そう思っていたら、急にすみれちゃんは腕を組んできて私にしか聞こえないような小声で呟いた。

 

「けどここだけの話。あたしはさ……松永のこと、ちょっと特別に見えちゃうかも」


 

 ――――え?


 

「すみれちゃん……それって……?」

「ふふ。あたしは手を握られたんだよ……あの時! あの場所で! もうこれは……キャッ♪」

 

 彼女のヒソヒソ声がほとんど耳に入ってこなかった。松永先生のことは、ファンでいようってついさっき思ったばかりなのに。


 すみれちゃん……手を握られたら、何か意識しちゃうよね。好かれてるかもって思う気持ちも、分かる。

 ということは、私は先生にあの日、あの場所で、あんな風に背中をポンとされて、手だって……。


 いやいや、すみれちゃんがそう思っているなら……私がこんなことを考えてちゃダメだよね。すみれちゃんを応援しよう。こうやってこっそり教えてくれたんだから。


 

 キーンコーンカーンコーン


 

 チャイムの音と共に、私は現実に引き戻された。

 こんなことを考えている場合じゃないんだった。

 今年は受験生……そう。受験生だからもう考えなくていいんだ。

 

 集中しないと。

 

 すみれちゃんや先生のことが頭の中をよぎりながらも、私は机に向かった。ノートを広げてぎゅっとシャーペンを握る。



 ※※※


 

 (竹宮くん視点)

 放課後の教室はしばらく騒がしかったが、気づけばすんと静かになっていた。皆はもう出て行っていたけれど、何となくもう少しだけここにいたい気分だった。


 

「今日も塾が入ってたんだっけ。はぁ」


 

 学校は楽しい。友達にも恵まれているし勉強も塾のおかげでどうにかなっている。部活は卓球部。もともと部員数も少なくて地味だと言われていたけれど、何故か僕が入部してから男女問わず入部する人が増えた。


 

晴翔(はると)が入るなら俺も入る!』

『竹宮くんが入部したの? じゃあ入ろうよ!』

『すごくカッコいい先輩がいるらしいよ! 卓球部!』


 

 今では人気ナンバーワンとなった卓球部。室内で気軽だからというのもあるかもしれないけど、明らかに視線を感じる。そんなに僕は素質があるのだろうか。

 顧問の先生にも「竹宮君のおかげかもな」と言われた。僕は色々と活躍しているらしい。


 机にゆらゆらと広がる木目を眺めながらふと思う。

 今、何をしていたんだっけ。


 ああ、そうだ。

 あの高校に入るために塾で英語を強化するんだった。


 みんな僕を頼りにしてくれているし、みんなが僕に優しくて……僕は“優秀”だって……そう。


 

 何も困っていることなんてないんだ。


 

 だけど……こうでもしないと僕は……。


 

「竹宮君?」


 

 はっと気づくとそこには副担の松永がいた。ぬっと現れるなよ、怖いだろうが。

 でも……。


 

「顔色悪いな」


 松永はそう言って僕を見下ろす。何が言いたいのだろう。早く帰れということだろうか。

「先生にそう言われるとは……思いませんでした」

「そうか」


 

 そう言って松永は教室内の窓を閉めに行った。僕はその大きな背中を眺めながら無意識で頭の中を整理しつつ、帰る支度をした。


 そういえば今日は梅野さんが当たり日でもないのに当てられていたな。あの肝試しの時、彼女は松永に何と言われたのだろう。それ以降、梅野さんは松永ばかり見ているんだよな。


 ――聞いてみようか。


「先生は、修学旅行の肝試しの時に梅野さんに何を言ったのですか」

 松永は黒板の前で動きが止まり、ゆっくりと振り向く。相変わらず怖い顔だな。


「軽く励ましただけだ。あの日は特に暗くて風も強かったからな」


 

 ――励まされたんだ、梅野さんは。


 

 僕は何とも言えない気持ちになる。

 気づいた時にはリュックも片側だけしか肩にかかっていない状態で、教室から出ていた。

 卓球部には行かずに校舎の外の下り坂を走って校門を出る。曇り空がどんよりと僕の心まで重たくするのでうまく前に進めない。


 

「また僕は……何も言えなかった」


 

 ちゃんと先生に話したかった、本当のこと。自分が誰を見ているのか。どんな風に苦しいのか。でも、口を開けなかった。


 けれど雲の隙間から差し込んだ光が、少しだけ僕の心にも届いた気がした。今はとにかく前に進もう。家に帰って、塾に行こう。


 

 いつかそのうち、僕だって。




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