43. 入学式
新しい制服に袖を通す。中学生の時になかったリボンは水色と紺色のチェック柄で可愛い。ブレザーも初めてで着慣れないけど、背筋もシャキッとしてちょっと大人っぽく見えるのかな。
「やっぱり今の星山岡の制服は可愛いわね、昔はリボンなんてなかったから羨ましいわ」
お母さんの母校でもある星山岡高校の入学式。
それももちろん嬉しいけど……。
やっと――竹宮くんに会える。
春休み中にすみれちゃんたちとは遊んだけれど、竹宮くんとは合格発表の日以来、会っていない。連絡するのも恥ずかしくて、相変わらず彼の青空のアイコンばかり見ていた。
こんなことしたって何も変わらないのに。普段の春休みよりも毎日が長く感じる。早く会いたいなってこんなに思ったこと……今まであっただろうか。
そう考えていた時だった。ちょうど昨日に彼からチャットが来た。
『明日の入学式終わったら、会えない?』
思わず三度見した、そのメッセージ。心からあったかくなる気持ちは――春の風が聞こえたから、だけではない。
何かが始まるような予感。
昨日の今日で、かなりそわそわしているんだけどまずは入学式にちゃんと出て、新しいクラスに行って……。
そのあと、竹宮くんに……。
「奈々美ー! そろそろ行くよー!」
「あ、はーい!」
お母さんに呼ばれ、私は慌ててリュックを背負い玄関に行く。
※※※
(竹宮くん視点)
春休み中は制服の採寸があったり部屋を片付けたり、男子たちとも遊びに行った。
星山岡高校の入学式が近づいてくるけれど……それまでに梅野さんに会いたいなって思ってしまう。
合格発表の時に一緒に中学校に行ったけど、松永に会って2人で号泣し、そのまま帰ってきてしまった。
同じ高校だからまた会えるし、チャットもあると思っていたのに――いざとなったら何を連絡すればいいのかわからない。
用事が思いつかないのに、連絡したい。
会えない時間が長すぎて、何度もカレンダーを見てしまう。
『大事なことは早めに伝えた方がいいぞ』
わかってるよ、松永。
彼女に伝えることは――もう決まっている。
だけど入学式で会えるかどうかがわからない。
スマホも入学式の時は電源オフだったはず。
僕はチャットの梅野さんのアイコンをタップして、メッセージを送った。
『うん。入学式終わってから会えるよ』
『じゃあ、正門の近くで待ってる』
明日の入学式と一緒に、何かが始まる予感がした。
そして、入学式当日の朝。
「晴翔、ブレザーとネクタイが良く似合っているわ。星山岡の制服ってセンスいいわね」
母さんは嬉しそうに僕を見ながら支度をしている。そして父さんとも一緒に家を出た。
青空の下、満開の桜が高校へ続くアーチのよう。いよいよ新しい生活が始まると思うと緊張もするけど、ずっと行きたいと思っていた場所――期待の方が大きかった。
「これから頑張るんだぞ、晴翔」と父さんも言ってくれた。
入学式も無事に終わり、校門まで行くと多くの人が写真撮影をしていた。
「じゃあ私たちも撮影しましょう」
母さんに言われて写真待ちの行列に3人で並ぶ。
すると向こうの方から来るのは――梅野さんだ。
ただ、人が多い上に写真撮影で並んでいる。気づいてもらえるだろうか。
「あら、竹宮くん!」
先に梅野さんのお母さんに気づかれた。
隣にいる彼女と目が合い、一瞬固まっているように見えたが、すぐに嬉しそうに笑ってくれた。
ちょうど後ろにいた家族が何かあったらしく移動したので、梅野さんとお母さんは僕たちの後ろに並んでくれた。
「無事に終わりましたね」とうちの母さんも梅野さんのお母さんに声をかけている。
母親たちが話している間、僕と梅野さんは特に何か話すわけでもなく……時々ちらちらとお互いを見ていた。
そして僕たち3人の写真を梅野さんのお母さんに撮ってもらい、梅野さんとお母さんの写真をうちの母さんが撮影していた。
「入学式」と書かれた看板に太陽の光が当たり、まぶしいぐらいに目立って見える。
「奈々美、竹宮くんと撮ったら?」と梅野さんのお母さんが言い、「そうね。晴翔、そこに立って」とうちの母さんが言う。
梅野さんは……また顔が赤いような……?
ちょっと恥ずかしそうにしている彼女、襟元のリボンが少し揺れている。
――そういうところが可愛いく見えてしまう。
そして2人並んで写真を撮ってもらってから、僕は父さんと母さんに言う。
「実は、同じ中学のみんなとここで待ち合わせていて……」
「あらそうなの? じゃあ先に帰ってるわね」
「奈々美、私も先帰ってるから。気をつけてね」
「うん」
こうして、僕たちはやっと2人になれた。
「竹宮くん、他にも誰か……来るの?」
梅野さんが僕の顔色を伺うように聞いてくる。
「……来ない。梅野さんと話したくて」
「……え? あ……そうなんだ」
僕たちはとりあえずゆっくりと駅の方へ向かった。
彼女に会えたのはよかったものの、今からどうやって伝えようか。
周りには人が多すぎる……。
「竹宮くん、私……」
梅野さんが何か言おうとしている。
「どうかした?」
「今日、竹宮くんに会えて……ほっとした」
緊張がほぐれていくようなその言い方に、僕はますますドキッとする。
「僕も……ほっとした。梅野さん、元気そうで。そうだ、クラスはどんな感じ?」
彼女とは別のクラスになったので尋ねてみた。
「もう知らない人ばっかりで……だけど前の席の人とは話せたの」
「わかる。とりあえず近くの人と喋るよな」
その時だった。
「あ、梅野さん! またねー!」
一人の男子が、風のように僕たちを追い抜いていった。澄んだ瞳に穏やかな声。
「あ、またねー! 竹宮くん、前の席はあの人で……」
その瞬間――
無意識だった。
僕は彼女の手を取ってぎゅっと……握っていた。
心臓の音が、耳の奥まで響く。
「た……竹宮くんっ……?」
彼女は驚いて耳まで真っ赤になっている。
あ……そうだよな。
こんな道端で自分から手を繋ぐなんて、僕は何を……。
「えーと……その……」
「……」
梅野さんが僕の方をじっと見つめている。
その表情に、僕はますます気持ちを揺さぶられる。
「梅野さん……」
「……」
「……これからは、こうしても……いい?」
繋いだ手を彼女に見せて――今の僕にはこれが精一杯の言葉だった。




